コロナ大流行の中で移民・難民350人を釈放! NGO が”反人権的”なイギリス内務省を動かした

コロナ大流行の中で移民・難民350人を釈放! NGO が”反人権的”なイギリス内務省を動かした

イギリス内務省前。厳しい移民難民政策について抗議活動が行われている

◆入管収容施設の全被収容者の32%、350人が釈放

「ヨーロッパが新型コロナウイルスの世界的な大流行の中心地になった」とWHO(世界保健機関)が発表したのは3月13日。筆者が住むイギリスでは、政府が3月23日に国民に外出禁止令を出したため、現状外出できるのは食料を買う時や自宅勤務ではできない仕事に出かけるときなどと、行動が制限されている。

 その状況下において、外出禁止令が出る前の3月21日までの数日間で、イギリス内務省が移民・難民を収容する入管収容施設の全被収容者の32%にあたる350人を釈放していることがわかった。

 これは、@移民難民支援を行っているNGOの10団体が内務大臣宛に連名で嘆願書を送ったことと、Aその中の一団体が政府を相手取った訴訟を起こしたこと、この2つが実を結んだできごとだった。嘆願書と訴訟はそれぞれ、入管施設被収容者たちが新型コロナウイルスに感染する大きなリスクを抱えているとして、全被収容者の釈放を求めていた。

 イギリス内には収容所が7か所存在するが、350人釈放後の今、736人が収容されていることが判明している。一方、日本には移民難民を収容する入管収容施設が6箇か所あり、昨年12月時点で1125人が収容されていた。イギリスで350人が釈放される前は1086人が収容されていたことを考えると、状況は似ているともいえる。

 日本でも今後、イギリスやその他欧州のような大流行が起きるかもしれないが、入管収容所についてどう対応するかについての議論は、ほとんど聞こえてきてはいない。イギリスの移民難民政策は厳しく、人権無視とも言える対応をとっているとよく批判される。

 中でも入管収容所はヨーロッパ内で唯一、無期限で移民難民を収容できることで悪名高い。そのイギリスで起きた被収容者の釈放は、日本社会にとっても示唆を与えるできごとだろう。以下、関係者の話も含め、被収容者の釈放に至るまでを見ていきたい。

◆NGO10団体が全被収容者の釈放を求めて内務大臣へ嘆願書

 3月11日、イギリス内務大臣プリティ・パテル宛に、10ものNGO が署名をした一通のレターが出された。彼らはBail for Immigration Detainees、Detention Action等、入管収容施設にいる移民難民を支援していたり、被収容者含めた移民や難民のサポートに取り組んでいたりする団体だ。

 被収容者、収容所スタッフ、医療関係者、その他関係する人々の間で新型コロナウイルスが爆発的に広がることを防ぐため、政府は速やかに全ての被収容者を釈放すべきであると訴えている。

 筆者は、この運動を主導したBail for Immigration Detainees(略称“BiD”)のルディに話を聞いた。彼によると、ポイントは2つだという。

 まず、収容所で新型コロナウイルスが大流行し、被収容者のみならず職員等関係者全員に生命の危険が生じるリスクだ。新型コロナウイルスは簡単に人に感染するが、収容所のように人々が密閉空間で近接した状況にいる場合は、なおさら感染リスクが高い。

 また入管収容所にいる人々は喘息やさまざまな持病を抱えていて、非常に脆弱な健康状態にあることが多い。しかし十分に医療が受けられる状況にあるとは言い難く、彼らの命はより危険にさらされている。

「これらの状況を考えると、新型ウイルスが蔓延している現状では、被収容者を収容するべきではない。これは公衆衛生の問題だ。被収容者や収容所に関連する人の一群が感染したら、他にも多大な影響を及ぼしうる」と彼は言う。

◆強制送還も、弁護士との接見も行える状況ではない

 2つ目のポイントは「新型コロナの状況下において、収容所に移民・難民を収容しておくことは合法とは言えない」ということだ。入管収容所には、難民申請中の人、難民申請が不許可になった人、ビザが合法でないとして逮捕された人などが収容されている。収容の目的は「イギリスから強制送還される前に彼らが逃亡しないようにすること」である。

 しかし、「新型コロナウイルスで飛行機はキャンセルされ、強制送還に係る内務省側のスタッフも足りない状況で、強制送還自体が運営できるわけがない」とルディは指摘する。

 また入管被収容者には、本来はイギリスに滞在する権利が認められるべきであるのに、適切な対応が取られなかったために収容されているケースが多い。そのような人々は、通常であれば弁護士に相談することで収容所から出ることができる。

 しかしコロナウイルスの状況下、弁護士は被収容者への直接の接見を禁じられていて、「弁護士が接見できない状況は、被収容者から適切な法的アドバイスを受ける権利を奪っている。この点でも、収容は合法でないと考えられる」と話す。

◆いったんウイルスが収容所に入ったら、被収容者の60%が即刻感染する!?

 3月14日には、内務大臣宛嘆願書に署名したうちの1つのNGO「Detention Action」が、政府を相手取り緊急の訴訟を起こしていることが判明した。世界的に人の移動が制限され、強制送還が困難な中での「収容」の合法性が疑われること、また収容施設内での新型コロナウイルス大流行の可能性が高く、死者や重篤者も発生する懸念もあるとして、全被収容者のチェックと釈放、そして新たな収容の停止を求めるものであった。

 訴訟には、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院の名誉教授のレポートがサポート資料として添付された。そこでは「収容所は新型ウイルスの爆発的な流行には“最適”な場所であり、いったん新型コロナウイルスが収容所に入ったならば、被収容者の60%が即刻感染する。よって、被収容者は可能であれば釈放されるべきだ」と警告と提案がなされている。

 また被収容者に石鹸や消毒液が十分に支給されず、トイレやシャワーも多くの人によって共同で使われ、収容所内がひどい衛生状況であるとも指摘されている。

 BiDのルディは、「司法審査で収容の違法性を問うことは、被収容者の釈放を求める1つの手段としてNGOがよく使う手法であるが、ここまで多くの被収容者を対象にした前例は、自分の知る限りない」と話す。

◆裁判所は被収容者全員の釈放要求を却下

 内務大臣宛嘆願書とそれに続く緊急の訴訟は、政府と裁判所の迅速な対応をもたらした。3月16日には、刑務所や入管収容所における新型コロナウイルス対応手引きが公表された。そして、3月20日には翌週25日の法廷での審理が決定した。

 その審理では、入管収容所の350人がすでに釈放されて736人が現状収容されていることと、3か所の収容所において新型ウイルスの症状が確認されていることが新たに判明した。

 しかし裁判所は、内務省が350人もの被収容者の釈放を実施したことや、被収容者に対して脆弱性のアセスメントを行なっていることなど、「すでに必要な措置を講じている」として被収容者全員の釈放の要求を却下した。

 350人もの釈放、そして裁判所の却下についてルディはこう話した。

「思った以上に釈放人数が多くて少し驚いたものの、公衆衛生の観点からも、被収容者の釈放は政府がとりうる唯一のオプションだろう。内務省を支持した裁判所の決定は残念だ。今後はここまで大きな数の釈放は起こらないだろうが、小規模の釈放はありうるだろう。団体としては、今後も被収容者の釈放についてキャンペーンを続け、国会議員、議会に働きかけていこうと考えている」

◆まだ残る被収容者たちは引き続き感染のリスクに瀕している

 内務省は「収容所に到着した被収容者は、到着後2時間以内に看護婦から、24時間以内に医師からの診察を受けている。手洗いはすべての収容所で可能であり、石鹸などの消毒用品が十分に行き渡るように業者と密に連携している」と話す。

 一方、NGO側は「対策はまったく不十分であり、収容所内での新型コロナウイルスの全件検査をすべきだ」と主張している。収容所では検査をせずに複数名を一緒の部屋に隔離しているため、感染のリスクが高いという。

 また「被収容者への精神的な影響も大きい」とルディは指摘する。

「収容所内では、収容所からの新型コロナウイルスに関するアナウンスは特になく、自分たちで情報を得るしかない。ましてや誰かが釈放されている状況を見て、深刻な状況になっていることは分かる。だから余計に不安になり、みな感染の恐怖に怯えている」

 NGO「Medical Justice」の医療専門家からは「隔離・情報の欠如や健康上の不安が自傷や自殺願望を引き起こし、ほとんどすべての被収容者の精神状況が悪化している」という声があがっている。

◆“保守的で移民に厳しい”内務大臣のもとで起きた350人の釈放

 内務大臣のプリティ・パテルは、イギリスの厳しい移民難民施策を作り上げてきた中核的人物であり、反人権的と評されることが多い。その内務大臣のもとで起きた入管被収容者全体の32%、350人もの釈放は、人権団体が求めていた全被収容者の釈放には至らなかったものの、画期的なことと言えるだろう。

 翻って日本の入管収容所の状況は、3月30日公表の「新型コロナウイルス関連の関係省庁における対応状況一覧」を見る限り、「3月4日、入国者収容所に対し、収容施設における感染症拡大防止に努めるよう指示する通知を発出」と書かれているのが最後で他に記述がなく、特段対策を立てているようには見受けられない。

 日本の入管収容所では、無期限拘束、集団暴力など著しい人権侵害が行われている。人権団体や弁護士、ジャーナリストが声を上げ続けているものの、状況はなかなか変わらない。

 しかし、今後日本で新型コロナウイルスが大流行する可能性もある。被収容者や周りの職員が集団感染するリスクや、もともと脆弱な健康状態の被収容者の重病化、死の危険はイギリス同様に考えられる。とすれば、コロナ下における入管収容所の状況についても声をあげ考えていく必要はあるのではないだろうか。

<文/谷口真梨子 写真/Rudy Schulkind>

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