受刑者を積極的に雇う企業のネットワークが北海道で広がる

受刑者を積極的に雇う企業のネットワークが北海道で広がる

立ち上げ集会には、約20社が集まった

◆出所者に就労の機会を与えれば再犯も減るはず

 2月5日。北海道札幌市に約20の企業が集い「再犯防止シンポジウム in 北海道」(主催:日本財団)が開催された。これは違う言葉で言えば「職親(しょくしん)プロジェクト立ち上げ集会 in 北海道」でもある。

「職親プロジェクト」とは、2013年に日本財団が始めた、刑務所や少年院からの出所者を仕事で支えようという活動だ。日本では2018年に刑務所に入った受刑者は1万8272人。そして、その約39%が以前の出所から5年以内の、約46%が10年以内の再犯者だ。

 なぜこれほど多くの人が再犯するのかの理由は多々ある。大きな要因として、出所はしたがどこも前科者を雇ってもらえない。出所時の所持金がすぐに底をつくと、敢えて微罪を犯すことがあげられる。そうすれば3食が保証され、雨風がしのげる場所=刑務所に戻れるからだ。

 日本財団は「それならば、出所者に就労の機会を与えれば再犯も減るはず」との方針をもち、2013年から、出所者の更生に貢献したいという企業と、どうしても働いて更生したいとの意思をもつ受刑者や少年院在院生とをマッチングする取り組みを始めた。それが「職親プロジェクト」だ。

 日本財団は、所持金の少ない出所者には何かとお金がかかることから、出所者を採用した企業には月8万円の奨励金を最長6か月間にわたり支払っていた(2015年度から法務省が同様の制度を始めたことで、奨励金支払いは法務省に引き継がれた)。

 2019年5月時点での実績で見れば、職親企業への応募者数は427人。そのうち、実際に就労した177人のうち6か月以上を働く出所者は52人(約29%)となっている。現在、167社が加盟しているが、実は一昨年まで北海道での職親企業はわずか1社でしかなかった。それが昨年から今年にかけて31社にまで増えた。今回は、その立ち上げ集会となったのだ。

◆雇った出所者のうち8人が幹部候補に育ったお好み焼き店

 集会の冒頭では、大阪市で積極的に出所者採用を行う「千房」(お好み焼き店経営)の中井正嗣会長が基調講演を行った。

 大阪では2013年2月28日に職親プロジェクトが立ち上がった。当初は会社の内外からも「出所者を雇うなんて」との不安の声が飛び交ったが、中井社長(当時)は「それで倒産するなら、こんな日本もうええわ」と、自分の責任で職親になることを決めた。

 以後、千房では38人の出所者を採用したが、このうち残った8人が今や幹部候補となり会社の柱として育ったことを誇らしげに語った。そして「辞めた社員も自分の道を見つけての転職がほとんどで、その転職にしても、他社と転職情報を共有したからこそ可能になっている」と示した。

 この集会を立ち上げた仕掛け人が、北海道小樽市でコンサルタント事業を営む「TrY」の中川健社長だ。中川社長は2018年に開催された社長交流会で、中井会長と知り合うことで職親プロジェクトに関心を持った。すると偶然にもその4、5日後にテレビ番組で、北海道で唯一の職親企業である「北洋建設」の小澤輝真(てるまさ)社長の活動を見た。

◆刑務所に出向いて面接を行い、積極的に受刑者を雇う建設会社

 北洋建設は、小澤社長の父である小澤政洋(まさひろ)氏が1973年に設立した建設会社。当時から積極的に出所者を採用していた。とはいえ、それは「更生」というよりも人材確保が目的であったようだ。だが政洋社長は彼らに寮をあてがって3食を支給し、差別をしなかった。その姿を幼少期から見ていた小澤社長も出所者への偏見を持つことなく育った。

 だが小澤社長が17歳のときに政洋社長は「脊髄小脳変性症」という、知能は保たれるが身体機能が徐々に奪われる難病にかかり50歳で逝去。社長業は母の静江さんが継ぎ、小澤社長も急きょ入社した。そして2013年、38歳で社長に就任する。だが小澤社長もまた、その前年の2012年に父と同じ難病に罹患した。医師が宣告した余命は10年。

 限りある命をどう使うか。小澤社長が決めたのが、出所者をより積極的に雇用してその更生を図ることだった。小澤社長は罹患後、徐々に体の機能が奪われ、今では車椅子での移動となった。言語も不明瞭となりパソコンも人差し指だけでキーを押している。

 だが、その更生にかける活動が知られるようになると全国の刑務所の受刑者から「働きたい」との手紙が送られてくるようになる。そのなかで自身の罪を真摯に反省し、かつ更生意欲が強いと見た受刑者には、小澤社長は秘書とともに刑務所にまで面接に訪れるのだ。

 だが、そこで内定を出して実際に雇用しても、その9割以上が突然辞めてしまう。それでも小澤社長は、残る少数者が一所懸命頑張る姿に励まされながら活動を続けていた。

◆今までは小澤社長だけがひとり頑張っていた

 中川社長はテレビ番組を見た翌日には小澤社長に「北海道で職親を立ち上げましょう」と電話した。これで意気投合したことから、中川社長はすぐに動いた。自身の知人や心当たりのある30社に直接、職親プロジェクト参加についての呼びかけを行った。

 そして2019年夏、札幌市で20社が集っての職親プロジェクトの説明会にこぎつけた。すると多くの会社が関心を示し、最終的には北洋建設も含めると31社が北海道での職親プロジェクトへの参加を決めたのだ。

 中川さんは職親プロジェクトが始まることのメリットをこう説明する。

「今までは小澤社長だけが頑張っていた。でも、出所者のなかには、建設業が合わない人や、北洋建設が合わない人もいる。だから北洋建設では9割以上の出所者が辞めます。でも、そういうときに職親のネットワークがあれば、『建設業が合わなくても、この飲食業や介護施設が人材を募集しているが、どう?』と次の道を示すことができます。ただし、そういう役目を負える調整員の配備は必要ですね」

◆課題は、企業同士の横のつながりを増やしていくこと

 もちろん課題もある。31社のなかには、実際に少年院や刑務所に複数回入所した経験をもつ社長も複数人いる。その一人であるA社長はこう話した。

「職親プロジェクトは、『みんなで一つの会社』として考えなければなりません。つまり、出所者が『建設業が合わない』からと辞めそうなときは、じゃあ『大阪の千房(前出)とかに行く?』とかを勧める。だから、どこで働くかの入り口はどこでもいい。みんなでやる。その姿勢が大切です。

 そのために必要なのは、参加企業同士の付き合い。それがなければ、出所者の道は絶対に途切れる。31社集まったとはいえ、まだ単なる『点』の集まりです。まずは点と点を繋ぎ、今後それを『面』というネットワークとして運営するためにも、定期的に話し合う必要がある」

 おそらく今後、企業単体で職親をマイペースでやりたい企業と、A社長のように『みんなで一つの会社』として動きたい企業との意見のすり合わせが行われるはずだ。話し合いといっても、広い北海道で全企業が一堂に会するのは難しい。そこで北海道では、西北海道の職親企業は中川社長が窓口となり、東北海道では「ドリームジャパン」(帯広市)の長原和宜社長が窓口となる。

 実は今回の31社のうち半数以上の18社が北海道東部にあり、それをまとめたのは長原社長だ。長原社長は覚せい剤使用で逮捕され、周囲を不幸にした過去がある。そこから多くの人の支えで立ち直っただけに、今度は自分がと、2015年から出所者を雇用しているだけに職親プロジェクトに賭ける思いは強い。集会ではこう断言した。

「私の夢は、帯広地域の職親企業と連携して出所者の雇用を広げること。そのためにも、今後は、根室市、網走市、北見市にも職親企業を増やすよう奔走します」

 北海道で始まったばかりのこの取り組み。新型コロナウイルス収束の見通しも不透明で、おそらく山あり谷ありになるが、今後随時情報収集をして報告したい。

<文・写真/樫田秀樹>

【樫田秀樹】

かしだひでき●Twitter ID:@kashidahideki。フリージャーナリスト。社会問題や環境問題、リニア中央新幹線などを精力的に取材している。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)で2015年度JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。

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