コロナ危機に乗じた法案ゴリ押し。海外では「ソーシャル・ディスタンシング・デモ」が発生

コロナ危機に乗じた法案ゴリ押し。海外では「ソーシャル・ディスタンシング・デモ」が発生

ポーランドでコロナ危機に乗じた人権侵害的な法案ゴリ押しに抵抗するソーシャルディスタンシング・デモ。 「アムネスティ・インターナショナル」のTwitterより

 各国が対応に追われているコロナウイルス対策。国民への補償や医療設備の拡充など問題は山積みだが、この混乱の最中に、慎重な議論が求められる法案を通そうとする国もある。

◆厳戒態勢で浮上した中絶禁止法案

 そのひとつがヨーロッパにあるポーランドだ。現在、ポーランドではコロナウイルス対策として、公共の場でのマスク着用が義務化され、外出や集会の規制が行われている。外出する際にも他人と2メートルの距離を保たなければならず、営業中の食料品店や薬局でも手袋の着用や入店制限が求められている。

 そんな厳戒態勢のなか、浮上したのが中絶禁止改正法案だ。EUのなかでも、中絶には厳しいポーランド。現在、人工妊娠中絶が許可されているのは、下記のようなケースだ。

・胎児に重大な障害がある場合

・ 母体に命の危険がある場合

・ レイプまたは近親相姦後

 今回の改正法案では、胎児に重大な障害がある場合でも堕児が禁止となる。これは現在合法的に行われている妊娠中絶のおよそ98%を占めるものだ。

 さらには、人権団体から「同性愛者への迫害に繋がるのではないか」と指摘されている、性教育を禁止する法案も持ち上がっている。

 集会が禁止されているなかでのこうした法案の提出に、国内外からは批判の声があがっている。

◆大統領選を前に与党の動向は

 ポーランドでは、10万人以上の署名を集めれば国民が政府に改正案を審議させることができる。中絶禁止法案は保守的なカトリックグループに後押しされたもので、こういった伝統主義的な団体は、与党である「法と正義」の大きな支持母体となっている。こうした構図を「ロイター」はこう解説する。(参照:ロイター)

 “法と正義、市民の生活により宗教的な価値観を導入するよう働きかけている政党は、5月10日の大統領選を前に自らがコントロールしている議会で法案を推し進めることに関して、前向きでないことを示した。

 この問題は法と正義にとってジレンマだ。過去には有権者の分断が進む可能性があるため、中絶禁止法案を大規模な抗議によって諦めている”

 そう、実はポーランドでこういった法案が持ち上がるのは初めてではない。過去には2016年にも与党である「法と正義」が中絶禁止法案の成立を目指していたが、10万人規模の抗議デモが行われ、下院での反対多数で否決されたことがあるのだ。

◆距離を保った抗議運動

 そんな法案が厳戒態勢下で再び持ち上がったことから、国民やメディアからはコロナ危機に乗じているとの意見も出ている。

 イギリスの「BBC」は、「ポーランドの中絶:禁止に対して抗議者たちはコロナウイルスのロックダウンに抗う」という見出しで、次のように報じた。(参照:BBC)

 “集会は禁止されているが、動画は火曜日にワルシャワとポズナンで人々が2メートル離れながら、プラカードを持っている様子を捉えている<中略>活動家たちは、反対派が大規模な路上での抗議を行えないことから、保守的な政治家がコロナウイルスによるロックダウンを利用するのではないかと懸念している”

 このように、ポーランドでは改正法案に対して、ソーシャル・ディスタンシングを保った抗議や車を使ったデモ、ストライキ、SNS上での反対キャンペーンが行われている。

 「アムネスティ・インターナショナル」はその様子を公式ツイッター上で取り上げ、下記のようなコメントを発表した。(参照:Amnesty International)

「性教育や女性の選ぶ権利ではなく、ウイルスと戦ってください。我々はポーランドの抗議者と連帯します」

◆当事者の声が無視されている

 以前は否決されたものの、定期的に議論される中絶禁止改正法案。現地で話を聞いてみると、20代後半から30代の間では、改正法案に対して否定的な意見が多かった。

「中絶禁止改正法案が可決されれば、たとえ胎児が死んでいても中絶することはできません。精神的にも肉体的にも、とても女性のことを考えているとは思えない。今はどっちつかずな姿勢を見せていますが、これまでの言動からも大統領選が終われば、与党が法案を推進することは間違いないでしょう」(女性・29歳)

「法案の支持者に多いのは、年寄りや若年層。要は直接妊娠中絶に関係のない人たちです。数の力で、実際に身籠もる女性の声がかき消されるのは非常に危険だと思います。コロナ対策に手一杯な状況なのに出すなんて、しっかり議論する気が感じられません」(女性・38歳)

 とはいえ、こうした意見やロックダウン下のデモに対して辛辣な声もある。

「カトリック信仰が根強いポーランドで、中絶や同性愛に厳しい法律が議論されるのは仕方ない。そういう文化なんだから、EUや他国の価値観を無理矢理押し進めるのもどうかと思う。それに距離を保っていても、外出が規制されているのに集まってるのは謎。抗議したいだけじゃないの?」(男性・36歳)

 そもそも、このタイミングで慎重な議論を要する法案が提出されることがなければ、デモが起きることもなかったわけだが……。

 「ポーランドの中絶禁止」と聞くと、無関係なことのように思えるかもしれない。しかし、世界がコロナショックに揺れるなか、この事態がどのような顛末を迎えるかは、決して他人事ではない。日常生活や社会活動が制限されるなかでのコロナの陰に隠れたルール変更は、どこの国でも起こりうる話だ。

 ウイルスによる影響はもちろんだが、混乱に乗じた政策によって、収束後の世界はすっかり違う景色に……という結末にならなければよいのだが。

<取材・文/林 泰人>

【林泰人】

ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン

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