「オンライン授業は机上の空論」 新型コロナウイルスで広がる教育格差

「オンライン授業は机上の空論」 新型コロナウイルスで広がる教育格差

「オンライン授業は机上の空論」 新型コロナウイルスで広がる教育格差の画像

◆休校措置に対応できる学校とできない学校

 緊急事態宣言の対象地域が全国に拡大され、営業を自粛する店や在宅勤務に切り替える企業が出るなど、新型コロナウイルスは様々な業界に影響を及ぼしている。

 教育界でも、2月27日の安倍首相による突然の一斉休校要請に端を発し、卒業式・入学式の中止や学校再開日の再延期など深刻な影響を与えている。そんな教育界の中で、現在深刻な問題となっているのが、持つ者と持たざる者との教育格差だ。

 公立学校に比べ金銭的に余裕のある私立学校(文部科学省の平成28年度子供の学習費調査によると、私立小学校に通う世帯の62.5%、私立中学校に通う51.9%が年収1000万円以上)や熊本市などの一部自治体では、ICTを活用したオンライン授業が行われており普段と遜色ない学習環境が整えられているが、休校措置がとられている多くの公立小・中学校ではオンライン授業実施とは程遠い現実がある。

 新型コロナウイルスで顕著になった教育格差や現場で起きている問題について、福岡県の公立中学校で働く50代の男性教員の山田さん(仮名)に話を聞いた。

◆オンライン学習は机上の空論

 「全ての発端は、2月27日に行われた安倍首相による突然の一斉休校要請です。あれは完全に寝耳に水でした」と山田さんは語る。本来であれば文部科学省から県教委と市教委を経て各学校という流れで、1週間ほど前に通達されるべき要請を夕方のニュースで聞き、29・1日が休日だったため、実質28日の1日だけで休校中の対応を決定しなければならなかった。

 その際に問題となったのは、実施されるはずだった3月中の授業の取り扱い。山田さんの自治体では、3月分の授業を来年度に繰り越すことになり、新年度の時間割をゼロから作り直した。それと並行し1週間に1度、教員が各家庭を訪問し学習課題の配布を行い、4月からの学校再開へ向け準備を整えた。

 しかし、福岡県で感染者が爆発的に増加したことにより状況は一変した。7日に福岡県で緊急事態宣言が発令されたことを受け、多くの市町村で公立小・中学校の休校期間を5月6日まで延長する決定がなされた。

 これに伴い『「新型コロナウイルス感染症に対応した臨時休業の実施に関する ガイドライン」の改訂について』という通知が文部科学省から届いた。通知の中で、緊急事態宣言の対象地域における臨時休業中の学習指導について、「臨時休業期間中に児童生徒が授業を十分に受けることができないことによって、学習に著しい遅れが生じることのないよう、学校や児童生徒の実態等に応じ、可能な限り、紙の教材やテレビ放送等を活用した学習、オンライン教材等を活用した学習、同時双方向型のオンライン指導を通じた学習などの適切な家庭学習を課す等、必要な措置を講じること」と言及されていた。

 この通知に対し山田さんは「文科省の通知は机上の空論です。オンライン授業を推奨されてもそれができるのは、研究校に指定され先進的な取り組みをしている学校や、一部の財政的に余裕のある自治体、インターネットと受信機器の普及率が高い都心部だけです。私の働く自治体をはじめとした地方では、金銭的な理由で子どもにスマホを持たせられない家庭や、スマホを買うのは高校生からという家庭が多く、オンライン授業を実施できないのが現実です。さらに、配信する学校側のインターネット環境も整っていません。文科省の調査によると、福岡県の普通教室の無線LAN整備率は14%(全国平均は41%)で全国ワースト第2位*です。これまで教育に投資してこなかったツケが、この緊急事態に一度に押し寄せてきています。そしてそのツケが、持つ者と持たざる者との教育格差を生み出しています」と怒りを露わにした。

〈*平成30年度学校における教育の情報化の 実態等に関する調査結果/文部科学省〉

 山田さんの自治体では、オンライン授業の代わりに各家庭に新学年用の教科書と予習用の課題を配布して回る予定だったが、緊急事態宣言と市内で初の新型コロナウイルス感染者が出たために中止になった。このままでは緊急事態宣言が解除される予定の5月6日まで子ども達の学習が滞ってしまうため、教科書を輸送で配布することを山田さんの学校では検討している。

 しかし、1人約10冊ほどの教科書を送るにはダンボールに詰めるしかなく、全校生徒分の数百箱におよぶダンボールを各家庭に輸送するお金は、学校にはない。山田さんは「オンライン授業用のタブレットを配布してくださいとまでは言いません。せめて国や自治体は教科書を輸送するための費用を各学校に支給してください」と切実に訴えた。

◆どこの中学校にも所属できていない新一年生たち

 ただ、問題はそれだけではない。山田さんによると一番の問題となっているのは、4月に入学してくる予定だった新1年生への対応だ。

 通常であれば4月9日の入学式に保護者と新入生が、各市町村から送付されていた入学通知書を持参し入学手続きを行う。しかし山田さんの自治体では、7日に緊急事態宣言が出された影響で、当初予定していた入学式が延期になった。

 近隣の自治体には、入学式を中止し、その代わりに入学手続き日と名前を変え、保護者と新1年生に来校してもらい、入学手続きと教科書の配布を行う予定にしていたところもあった。しかし、その自治体内で新型コロナウイルスの感染者が出たため入学手続き日も延期になった。

 そのため、小学校を卒業し義務教育上は中学生だが、どこの中学校にも所属していない新1年生が自治体によって発生していると山田さんは語る。

 当初は、教員が新1年生の各家庭を訪れ入学手続きを行うことも検討されたが、緊急事態宣言が出されている点や自宅待機している生徒の家に教員の家庭訪問を装った不審者が現れたため、安全上の理由から見送った。

 そのため現時点では、学校のホームページで新1年生に中学校連絡メールに登録してもらうように広報し、新1年生向けの情報を連絡メールで発信するに留まっており、今後の対応は市教委と検討中だ。しかし、メールでの情報発信もあくまでメール登録に辿り着けた人だけしかカバーできておらず、例年であれば授業が始まっているこの時期に、適切な学習を受けれていない新1年生が発生している。

◆公教育に予算が投じられてこなかったツケが噴出

 最後に山田さんは、こう語ってくれた。

「緊急事態の中でも、子どもたちの教育を受ける権利を守るために現場では教員たちが様々な対応をとっています。現状に対し、もっとこうした方が良いのでは?という声がたくさんあることを知っていますし、参考にさせてもらうアイデアもたくさんあります。

 しかしその一方で、公教育に適切な予算が投じられてこなかったために、企業であれば当たり前に存在する設備やリソースが学校にはほとんどありません。リソースとして唯一あるのは、教員の熱意という精神論に基づいたものだけです。熱意をエネルギーに長時間労働やサービス労働のもと、なんとか成り立っていた日本の公教育が、ウイルスという目に見えない存在によって、精神論では解決できない問題が発生し機能不全に陥っています。そして、大人たちが緊急事態でも教育を止めない体制を築けなかったために現在進行形で子どもたちが被害を受け、持つ者と持たざる者との間で教育格差が広がっています」

 山田さんの言うように、日本では、教育に対し適切な予算を費やしてこなかった。OECDの2019年版「図表で見る教育」で2016年の教育への公的支出が国内総生産(GDP)に占める割合が発表され、日本は35ヶ国中最下位の2.9%(35ヶ国の平均は4%)だった。また、2000年と2020年の国の予算を比較しても、2000年の予算89兆7702億円のうち文教及び科学振興費は6兆6470億円だったが、2020年の予算全体は102兆6580億円と20年前に比べ13兆ほど増加しているにも関わらず、文教及び科学振興費は5兆5055億円と20年前に比べ1兆1000億円ほど減少している。

 適切な教育への投資が行われてこなかったために、設備やリソースを含め緊急時に対応する体制が学校内にできておらず教育活動が停止してしまった。また、休校になった学校・なっていない学校や、緊急事態が出ている地域・出ていない地域、家にパソコンがある家庭・ない家庭、スマホを持っている生徒・持っていない生徒と言ったように、様々な状況下で教育格差が広がっている。

 政府は、2023年度までに小中学生へ1人1台のパソコンやタブレットを配備する予定を前倒しし、今年度中に全国の小中学校に配ることを目指すと決定したが、具体的にいつまでに子どもたちの手元に届くのかはわかっていない。

<取材・文/日下部智海>

※取材は4月12日、オンラインにて実施

【日下部智海】

明治大学法学部4年。フリージャーナリスト。特技:ヒモ。シリア難民やパレスチナ難民、トルコ人など世界中でヒモとして生活。社会問題から政治までヒモ目線でお届け。

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