伝染病とは、差別の歴史だった〜健康的かつ健全にパンデミックと戦うために

伝染病とは、差別の歴史だった〜健康的かつ健全にパンデミックと戦うために

2020年春節時の横浜中華街

◆中華街の人に向けられた心無い差別

 まだ緊急事態宣言が出る前のことだ。中華街に取材で訪れていた。中華街の大通りや路地裏は、日曜日なのに閑散としていた。

 夜に取材を終え、場所を変え、とある街でバーに入った。カウンターをはさんだマスターによもやま話で「中華街に行ってきた」と言った。すると並んでいた見知らぬ常連と思しき客が、「うえっ」と声に出し大袈裟に口を覆い、近づかないでくれという身振りをしてきた。

 黴菌や汚物のような反応だった。もちろんジョークなのだろう。しかし、そのジョークが成立するには、それを理解してもらうための共通の認識が前提になる。

 今回の新型コロナウイルスの渦中で、中華街では「日本から出ていけ」というような差別が直接投げかけられることがあったという。さらには「中国人はゴミだ!細菌だ!悪魔だ!迷惑だ!早く日本から出ていけ!!」との匿名の投書もあった。

 それらの心ない差別に対して、日本人からも批判が相次ぎ、むしろ中華街には応援する声が多数届けられたという。その話を中華街の組合から聞いて、少し安心した気分になったばかりだったから、また暗澹とした気分にならざるをえなかった。

 中華街は日本に根づいて何年にもなる華人の街である。これはその時の取材で知ったことなのだが、日本国籍を持つものも多くなった華人はもとより、出稼ぎで来ている従業員のような人たちも、今回の新型コロナウイルスの騒動が広がる原因となった春節(中華圏の旧正月)には、皆日本にいたそうだ。一年でもっとも中華街が忙しいのが春節だからだ。新型コロナウイルスの封じ込めに成功して、世界で有数の罹患者の少なさを誇る台湾から来ている人も多い。さらにいうならば、もう中国は武漢でのアウトブレイクの封じ込めに成功していたのである。

◆伝染病の側につねに存在していた「差別」

 古来から伝染病は差別の歴史でもあった。

 伝染病は突然やってくる。それは人類の宿命として避けることができない。混乱は不意に訪れ、私たちのこれまでの常識が通じない事態を招く。迫りくる病いの恐怖、そして死に、人は自らが事態を何もコントロールできなくなる不条理に巻き込まれる。

 伝染病から身を守り、自分達の心理的な平穏を取り戻すために何をなすべきか。まずは余所者は排除することだ。どこかからやってきた疫病をこれ以上は私たちのそばに寄せ付けてはいけない。そうして伝染病の古典的な「ソーシャルディスタンス」は始まる。

 14世紀の欧州を襲ったペストの流行では、フランスのストラスブールでペストの感染源だとされてユダヤ人が虐殺された。その数は16,000人と言われている。スイスのバーゼルでは街のすべてのユダヤ人が殺された。街には、今後200年にわたってユダヤ人が街に立ち入ることを禁止するとのお触れが掲げられた。

 国王たちはこれが根も葉もない噂であることを知っていた。むしろこの暴挙を止めにはいりユダヤ人を保護したが無駄だった。ある領主は、やはりユダヤ人を保護したが、民衆はその領主を「ユダヤの親方」と呼んであざけ笑った。こうして欧州の全土にユダヤ人排斥と虐殺が頻発した。

 インドの不可触民への差別は現代にも執拗に残る宿痾だが、これが伝染病対策と密接な関係があると言われている。

 アーリア人がインダス川流域の乾燥地帯から、ガンジス川流域やインド南部へ征服民として進出してきたときに、その高温多湿な地方特有の伝染病に相当の被害を受けた。アーリア人はそれらの風土病に対して免疫をもたなかったからだ。そのため、被征服民に対しては、触ったり近づくことを禁止した。もしその被征服民が隔離されている村落−−今の言葉で言うならばロックダウンされた村に入ってしまったときは、穢れを落すための水などで体を清めなければならなかった。その防疫のための措置が風習化し、社会的に不可触民の制度にそのまま根づいたというわけだ。

◆伝染病の原因は、「穢れ」として弱者に押し付けられる

 人類が伝染病に苛まされるようになったのは、都市化での人口の稠密と家畜の存在が大きいとされている。農業の発展は都市をつくり、そこに人が集まる。そして人と人が「密」となると、そこには疫病はたやすく人に伝播するようになる。

 家畜は動物由来の伝染病をもたらした。鳥インフルエンザや豚インフルエンザと、そのものズバリの名前がついている伝染病からもわかるとおり、疫病の多くは家畜から由来する。

 そうすると肉食を穢れとして、仏教やヒンズー教でも肉食そのものをタブーとしたのはそこに出発点があるのかもしれない。そして、日本でも動物の屍体を取り扱う職業は卑賎なものとして近年まで固定化された。これが部落差別につながっていく。

 伝染病の原因を穢れとして忌避し弱者に押し付けていくのは近現代に至っても続く。19世紀のアメリカでは、伝染病は移民のせいとされた。コレラはアイルランド人の持ち込んだものとして、結核はユダヤ人、ポリオはイタリア人が原因だと大真面目に語られた。どの民族もアメリカ社会では後発の移民であり被差別民として苦労を重ねていた。貧困もあり清潔とはいえない環境に住み栄養も行き届かないために、確かに伝染病はそれらのコミュニティを中心に発生したかもしれない。そしてそれが差別の理由となった。

 20世紀初頭になると中国人が伝染病を持ち込むとして迫害された。

”1918年のスペイン風邪のときには、インフルエンザの原因にあげられていたのは、肉体の露出、泥、ほこり、不潔なパジャマ、閉め切った窓などだが、それらともに、ドイツ人が汚染させた魚や、そのものずばり中国人ともされていた。”(出典:『カミング・プレイグ』ローリー・ギャレット/河出書房新社)

 そして現代。100年前からなんの進歩もない。今、町では飲食店などで働く中国の方へ心ない言葉がかけられていることを聞いた。「コロナが心配だったら、中国人を入れなければいい」という声も飲食店で聞いたことがある。

 「JAPANESE ONLY」と店頭に貼り紙を出したラーメン店が日本で賛否両論を呼んだ。店側は従業員を守るためだという。

◆既存の差別構造が増幅されて顕在化しただけ

 しかし、そのあたりから欧米をはじめとする世界で、日本人も含むアジア人差別が始まっていた。つい先月まで、海外では、日本は中国につづいてアウトブレイクが始まるだろう国とみなされていた。汚い言葉を投げかけられたり、つばを吐かれたり、暴力を振るわれたりすることが相次いだ。この標的には日本人も含まれていた。

 ドイツのサッカースタジアムでは日本人団体客がセキュリティスタッフによって試合中に退場するように求められた。

 アメリカではさらにエスカレートしていった。2歳と6歳の幼い子供を含むアジア系アメリカ人の家族が、スーパーマーケットの買い物の最中で刺された(参照:Daily Beast)。中国人が伝染病を持ち込んだので腹がたったというような理由だったらしい。心が痛んでならない。

 それに危機感を抱いた台湾や香港の人はこれ見よがしに「私たちは台湾人です」「中国人ではありません。香港人です」というバッジやTシャツをつくった。そのふるまいも、自己防衛だったにしても、差別を肯定し、助長することにしかならない。

 それからしばらくすると欧米で感染が爆発的に広がり悲劇的な状況になっていった。今度は欧米人のほうが危ないということになるのではないかということになるはずだが、そのようにはなっていない。何をかいわんやである。結局はこれまであった差別の構造がそのまま伝染病の恐怖に増幅されて正体を現しただけなのである。そして、その社会で少数の人間に病いは罪として押しつけられていく。

◆新型コロナウイルス禍の香港で顕在化する大陸人差別

 一方の香港では、根強く続いている大陸人差別が新型コロナウイルスへの怖れで収拾がつかない。

 香港の大陸人差別はナチュラルに蔓延している。香港に行ったら試してみればいい。レストランでもタクシーでもいい。片言でかまわないので、北京語で話しかけて、それから英語に切り替えてみてほしい。途中で日本人だと明らかにするのでもいい。完全に態度が変わるのを身をもって知ることができる。香港では広東語以外をしゃべる中国人はよそ者であり、田舎者ということである。そして香港の民主派の若者にとっては敵である。

 香港で民主化運動が、元からあった大陸人差別と密接な関係があるというのは否定できないことだろう。香港のインターネットには「支那」という言葉が頻発する。これは日本人が使っていた侮蔑的ニュアンスがある中国の俗称をそのまま使ったものである。自分達が中国人ではないという強い排他的ナショナリズムが憎悪としてあふれ出している。

 もちろん中国政府による民主化に対する弾圧は由々しきものだ。香港の人達が生存をかけて戦うのは理解できる。しかし、彼らの差別意識で香港の大陸人はひたすら迫害をうけているのも事実である。大陸人への暴行や傷害事件は、昨年の香港民主化運動の間、いたるところで頻発していたことは知る人ぞ知る話である。

「あなた自身を非大陸人化しなければならない、病気と同じように」

 ロイター通信が伝える香港の民主化運動に参加している大陸人学生の話は衝撃的だ。

 本国の中国政府に知られないように、香港で民主化運動に参加していた学生がネットでFacebookで投げつけられた言葉だ。この新型コロナウイルスによって、いかに民主化運動が大陸人差別に密接な関係があるのか。この民族浄化のような書き込みは象徴している。大陸人の香港民主化運動の参加者はいう。「彼らは大陸人は人間ではなく、死ぬべき存在だと思っている」「広東語の発音を間違っただけで危険が待っている」

 しかし、その香港から程近い中国の広州では、コロナウイルスの海外からの逆流入を恐れる人々によって、黒人差別が行われているとも伝わってきている。少数派や弱いものは常に迫害される。どこの世界でも伝染病は差別の構造は遍く繰り返されている。

◆隠喩がらみの病気観との訣別

 スーザン・ソンタグは、かつて『隠喩としての病い』という評論を書いた。いかに現代の病が本来の疾病を超えた過剰な意味をもっているかを記号論的に読み解いた論評だ。結核や癌といった病気は不治の病として社会的に扱われ、様々な意味をもってきたか。

 この論評は大きな評判を呼んだが、その理由は、筆者自らが癌で闘病中に書いたからである。

”病気に対処するには―最も健康に病気になるには―隠喩がらみの病気観を一掃すること、なるたけそれに抵抗することが最も正しい方法である”(出典:『隠喩としての病い』スーザン・ソンタグ(みすず書房)

 この言葉は、伝染病にも言えることだ。健康的にパンデミックに対処するために「隠喩と神話」は必要ない。

 加藤茂孝・元国立感染症研究所室長は、現在の日本が「致死率だけでは説明できない心理的パニックをCOVID-19が引き起こしている」という。

”スペインかぜは、世界的な患者数が世界人口の25〜30%(WHO)に達したといわれ、致死率(感染して病気になった場合に死亡する確率)は2.5%以上、最大の推計値で世界で5000万人、日本だけで48万人亡くなったといわれている。そこまでの死者が出るとは思わない。

(中略)

 不安感が高まると、ペスト流行時の欧州のような混乱が起きるかもしれない。感染の原因になった人や事象を探し出し、それを攻撃するようなことが起こりうる”(参照:新型コロナの21世紀型パンデミック≠ノおびえる世界|wedge)

 アルベルト・カミュの小説『ペスト』の主人公は言っている。

「ペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです」

 健康的に伝染病のパンデミックに対処するための誠実さ。私たちに今求められているのはそれである。

<文/清義明>

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