お揃いのハッピを着た「キモい」男たち 女性専用車両への反対運動とアイドルのファンクラブ<史的ルッキズム研究2>

お揃いのハッピを着た「キモい」男たち 女性専用車両への反対運動とアイドルのファンクラブ<史的ルッキズム研究2>

ハッピを着たアイドルのファンたち(時事通信フォト)

 つれづれなるままにルッキズムを考えるこのコラム。

 前回は1970年代、工場に産業用ロボットが導入され始めたころの「キモい」エピソードを紹介しました。産業用ロボットに「百恵ちゃん」「宏美ちゃん」といった愛称をつけて呼び、これでロボットに親しみをもてる、良いアイデアだった、とニヤけている。キモいです。

 

 そして私の仮説。「キモい」の起源は70年代の経済構造の転換のなかにあるのではないか、という仮説を提示しました。かっこ良い/かっこ悪いという感じ方は古くからあるものですが、私たちがいま見ている「キモい」という様態は、それほど古いものではない。せいぜい50年ほどの歴史しかないだろう。そういう仮説です。

◆女性専用車両は「男性差別」と主張する男たちの登場

 では、比較的最近の話題から。

 今世紀に入ってから、鉄道に女性専用車両という制度が登場しました。女性専用車両とは、通勤通学などで痴漢の被害にあった女性たちが、その後も引き続き鉄道を利用できるように設置されたものです。鉄道での痴漢犯罪を根絶できないために、やむをえずとられた避難措置です。

 これにたいして、「女性専用車両設置は男性差別だ」と主張する中高年男性のグループが登場します。私の記憶では、関東で、2000年代の中頃にはあらわれます。彼らは女性専用車両に無理やり乗車し、退出を要請されても応じずそのまま居座るというやり方で、乗客とのトラブルを繰り返してきました。

 この「直接抗議行動」は、客観的には痴漢行為にあたるものですが、彼らの主張するところでは「社会運動」です。「女性専用車両を廃止しろ運動」。リーダーは男性差別と闘う「反差別の闘士」です。まあ、キモいです。

◆お揃いの蛍光色のハッピの謎

 このグループの画像を見たことがあります。3名の中高年男性がそろいのハッピを羽織って並んでいます。ハッピと言っても、伝統行事などで使われる渋いハッピではなくて、家電量販店の歳末セールなどで使われるような、蛍光色のテロンとしたハッピです。仲間たちが、黄色いハッピを羽織り、真ん中に立つリーダーはサングラスをかけていました。このサングラスがちょっと古風なかたちで、70年代のジュリーがかけていたようなタイプです。まあ、サングラスはともかく、問題はハッピです。

 「社会運動の闘士たち」が羽織るハッピとは、なにか。このハッピは、なにに由来して、どんな歴史的文脈をもって、ここにあらわれたのか。

 

 私が一瞬連想したのは、ドリフターズです。ドリフのテレビ番組「8時だヨ! 全員集合!!」は、当時非常に人気のあった番組ですが、ここでドリフターズは必ずハッピを着て登場していました。ハッピに鉢巻がドリフのトレードマークでした。しかし、うーん、これは違うな。彼らは人を楽しませようとしているわけではないのです。

 まじめに考えれば、これは、町会・青年団のハッピでしょうか。地元のトビの組や大工の組が揃いのハッピを着て、いざというときには消火活動や捜索活動に取り組む。あの勇壮な男たちのハッピです。おそらく彼らの主観では、このあたりになるのでしょう。彼らは大真面目に世直し運動をやっているつもりなのです。闘う男たちには勇壮なハッピが必要です。しかしなあ。やってることは迷惑行為ですから。現実と表象とのギャップが、ひどい。

 私の友人の女性は、このハッピにもうひとつ別の説をとなえます。この蛍光色のテロンとしたハッピは、アイドルのファンクラブのハッピだ、と。なるほど。これはたぶん正解ではないけれども、ストンと腑に落ちる、いい説です。「女性専用車両を廃止しろ運動」のハッピは、アイドルのファンクラブのハッピに由来する説。この説のよいところは、「キモい男性集団」という線で、ピタリとつながるところです。

◆キャンディーズとファンクラブの始まり

 アイドルのファンクラブの起源は、72年にデビューし78年に解散したキャンディーズです。キャディーズは、若い女性の三人組です。

 1970年代は日本の歌謡曲文化が全盛期をむかえた時代です。浪曲、童謡、シャンソン、ムード歌謡から、ブルース、演歌、ロック、フォーク、ニューミュージック、ファンク、ディスコ、等々、多種多様な楽曲が発表され、音楽産業がうなぎのぼりに成長していった時期です。そんな歌謡曲全盛期、百花繚乱のなかにデビューしたキャンディーズは、あまりパッとしない地味なグループでした。

 当時は強烈な個性を放つ女性歌手が次から次へと登場し、力強く朗々と歌い上げていました。研ナオコ、和田アキ子、荒井由実(松任谷由実)、イルカ、中島みゆき、内藤やす子、そして、ピンクレディーの激しいダンスが女子児童のあいだで爆発的な流行となりました。なにそれ聞いたことねえという若い読者の方は、ぜひ検索してみてください。動画投稿サイトでは当時の映像がいくつもアップされています。70年代は、歌謡曲とそのステージパフォーマンスを通して、女性像がおおきく刷新されていった時代です。

 そのなかでキャンディーズは、一時代前のおとなしい女性像を保ったグループでした。歌の内容は非常に保守的で、退屈ともいえるものでした。「保守的」というのは、おしとやかでとがったところのない、という程度の意味です。ピンクレディーの歌が挑発的で批評的であったのにたいして、キャンディーズの歌は何も脅かすことのないおとなしいものでした。

◆キャンディーズはファンが「キモい」から解散した!?

 キャンディーズはいいのです。彼女たちにおかしなところはないのです。問題は、ファンの質が異常だったことです。キャンディーズファンは、この三人を異常なやり方で応援しました。テレビ・ラジオへのリクエストはがきを毎日大量に出し続ける、とか、レコード屋をまわって大量に買いあさる、というような異常な応援をしたのです。しかもこれを組織的に行った。全国キャンディーズ連盟というファン団体をつくって。

 彼らはたんなるファンというのではなく、キャンディーズをヒットチャートにねじ込むための組織活動をおこなう集団になっていったのです。それは商業的には不正ではないけれども、文化的にはアンフェアで、強引で、無粋なやり方でした。文化的な評価を力づくでもぎとろうとする団体活動、大げさに言えば、組織された政治力で文化をねじ伏せようとしたわけです。そしてさらにキモいことに、彼らはこの組織化された異常な応援活動を、「俺たちの青春」とうそぶいたのです。

 77年、キャンディーズは突然解散を宣言します。ライブステージで「普通の女の子に戻りたい」と叫んだエピソードは有名です。三人が解散を決めた理由は、明らかにされませんでした。解散理由について、三人は固く口を閉ざします。

 客観的には解散の理由は明白です。ファンがキモいからです。前例のないほど熱狂的なファン、ファン団体、そして彼らの異常な行動に、キャンディーズの三人はドンびきしたのでしょう。まあ、ひくでしょう。キモすぎるのです。

※近日公開予定の<史的ルッキズム研究3>に続きます。

<文/矢部史郎>

【矢部史郎】

愛知県春日井市在住。その思考は、フェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズ、アントニオ・ネグリ、パオロ・ヴィルノなど、フランス・イタリアの現代思想を基礎にしている。1990年代よりネオリベラリズム批判、管理社会批判を山の手緑らと行っている。ナショナリズムや男性中心主義への批判、大学問題なども論じている。ミニコミの編集・執筆などを経て,1990年代後半より、「現代思想」(青土社)、「文藝」(河出書房新社)などの思想誌・文芸誌などで執筆活動を行う。2006年には思想誌「VOL」(以文社)編集委員として同誌を立ち上げた。著書は無産大衆神髄(山の手緑との共著 河出書房新社、2001年)、愛と暴力の現代思想(山の手緑との共著 青土社、2006年)、原子力都市(以文社、2010年)、3・12の思想(以文社、2012年3月)など。

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