「記者クラブ問題の議論を」フリー記者の問いかけに応えた安倍総理発言を内閣記者会が“黙殺”

「記者クラブ問題の議論を」フリー記者の問いかけに応えた安倍総理発言を内閣記者会が“黙殺”

「記者クラブ問題の議論を」フリー記者の問いかけに応えた安倍総理発言を内閣記者会が“黙殺”の画像

◆首相の「記者クラブ」発言を内閣記者会が「ブラックアウト」

 報道機関が談合して重要なニュースを伝えないことを報道管制という。英語では「ブラックアウト(black out)」と表現し、「停電」「灯火管制」「瞬間的な記憶喪失」という意味もある。

 最重要の課題をスルーするのが日本メディアの特徴だ。安倍晋三首相が4月17日の記者会見(コロナ禍で5回目の会見)で、フリーランスの畠山理仁氏に「記者クラブ制度」について聞かれたのに対して、こう答えた。

「時代の流れの中において、今までのメディアが全てカバーしているのかと言えば、そうではない時代になり始めたのだから、皆様方に議論をしていただきたい」

 しかし、そのことを伝えた主要新聞・テレビ局はなかった。

 筆者が調べた限り、安倍首相の記者クラブ問題に関する言及を報じた主要メディアは、共同通信が4月17日夜に配信した<「全てカバーできない」 首相、既存メディア巡り>という見出しの記事(篠原雄也記者)だけだ。

 この記事では、首相の認識を引用した上で、<記者クラブの在り方そのものには言及しなかった>と書いたが、記者クラブ問題で報道界に対して「議論を」と呼び掛けた点については触れていない。首相が記者クラブのあり方について初めて見解を示したのに、各社で報道管制を敷いているのだ。

◆安倍首相が自らの言葉で述べた発言が“なかったこと”に

 畠山氏は『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)で開高健ノンフィクション賞を受賞し、筆者も取材現場で一緒になることがある、優秀なライター・作家だ。筆者もFacebookで「首相の回答は、日本にしかない記者クラブ制度を調査研究してきた私から見ると、画期的な内容。畠山氏がよくぞ聞いてくれた」と書いた。

 畠山氏は第二次安倍政権で7年半、会見に参加していたが、初めて指名されて質問した。安倍首相は、畠山氏が記者クラブ問題に触れた際、何度か笑みを浮かべた。回答の時にも、自然な表情を見せた。畠山氏はもちろん質問の通告はしておらず、首相は自分の考えにもとづいて、自分の言葉で答えたのだろう。

 日本の報道界は労資ともに記者クラブ制度についての議論をタブー視してきた。特に「革新」系メディア学者は、「記者クラブ制度は海外にもある」などという詭弁をばらまいて、この差別制度を擁護してきた。

 記者クラブ問題は、マスメディアとアカデミズムでは取り上げないので、一般の人々は記者クラブについてその歴史と現状をほとんど知らない。その意味で、安倍首相の問題提起を記者クラブ問題を社会化するための契機にしたいと思う。

 首相の発言から1か月になるが、内閣記者会(正式名は「永田クラブ」「官邸クラブ」とも呼ばれる)、新聞労連などメディア関係労組、市民団体、学者も首相発言を“なかったこと”にしている。いったいなぜなのか。

◆声帯を失う前の筆者が「記者クラブ廃止」を訴えてから3週間後の首相発言

 1941年、治安維持法・大政翼賛体制で誕生した「記者クラブ」は海外では“kisha kurabu”“kisha club”と訳されているので、私は外国にある“press club”“press room”“media center”などと混同されないように、「キシャクラブ」と表現している。

 筆者は4月2日、下咽頭がん再発で咽頭・喉頭の全摘手術を受けた。自分の声帯を失う直前の3月27日、ネットメディアの「インディペンデント・ウェブ・ジャーナル」(IWJ)で、「記者クラブ制度の廃止なくして、日本にジャーナリズムの創成はない」と訴えた。

 その番組から3週間後、安倍首相が記者クラブ問題で会見参加者に「皆さんで議論をしてほしい」と要望したのだ。 

 私はこの会見をNHKの中継で見ていたが、NHKは幹事社の質問が終わった数分後に中継を止めたため、ネットの動画で視聴し、官邸ウェブサイトの会見記録でも確認した。

◆フリー畠山記者の質問をさえぎった長谷川榮一・内閣広報官

 官邸のウェブサイトによると、畠山氏と首相の質疑応答は以下のようだった。コロナ禍の下での選挙のあり方についての質疑の部分は省略した。記者会見の司会を務める内閣広報官は長谷川榮一・首相補佐官である。

畠山:(前略)総理は常々、「国民にていねいな説明をする」というふうに発言をされていますけれども、記者会見というのは参加する記者がすごく限定されていて質問の数も限られているわけです。

 このように限定された形での記者会見を可能にしている現在の記者クラブ制度について、総理がどのようにお考えになっているか。それから今後、よりオープンな形での記者会見を開いていくお考えがあるのか、お聞かせいただければと思います。

安倍首相:(前略)記者クラブの在り方というのは、私が申し上げることではないかもしれません。それはまた時代の流れの中において、今までのメディアがすべてカバーしているのかと言えば、そうではない時代になり始めましたよね。ですから、その中でどう考えるかということについては、正に皆様方に議論をしていただきたいなと思います。

 ただ自民党政権の中において、こうした形でご質問をいただいたのは初めてのことだろうと思います。こうした形で、できる限り皆さんの機会も確保していきたい。どうしても総理大臣としての質問は、皆さんの質問も受けると何時間にもなることにもなりますので、ある程度時間は限らせていただきたいと思いますが、なるべくそうした機会も増やしていきたいと思っています。

長谷川内閣広報官:すみません。後の、ほかの皆さんが御質問を希望されているので、ほかの方に譲りたいと思います。それではほかの方、どうぞ。では国貞さん、手を挙げているかな。

ほかの記者:『京都新聞』の国貞と申します(後略)。

 畠山氏は自分の席から「日本記者クラブでの会見に応じるお考えはありますか」と追加質問を発しようとした。しかし、長谷川内閣広報官がそれをさえぎって『京都新聞』の国貞記者が名指しで指名された。国貞記者は同志社大学社会学部メディア学科卒で、筆者も知っている記者だ。彼はここで「総理は今の追加質問に答えてほしい」と言うべきだったのではないか。

◆7年3か月にわたる安倍政権の会見取材で、初めて指名された畠山氏

 歴史的な質問をした畠山氏に5月8日、筆者はインタビュー取材を行った。

――安倍首相の記者会見で、指名されたのは初めてですか。

畠山:初めてです。私が首相官邸での記者会見に初めて参加したのは、2010年3月26日の鳩山由紀夫首相の記者会見からです。この会見がフリーランスの記者(以下、フリー記者)が初めて参加した首相会見です。

 民主党政権下で行われた記者会見では、フリー記者が質問者として指名されることは何度もありました。しかし、2012年12月に第二次安倍政権が発足してから、フリーランスの記者が質問者として指名されることはありませんでした。

 第二次安倍政権の首相会見でフリー記者が初めて質問できたのは、2020年3月14日です。指名されたのは、フリーの安積明子記者、IWJの岩上安身記者でした。3月28日、4月7日の記者会見では、フリーの江川紹子記者が指名されました。

 3月14日以降、フリー記者が指名されるようになっています。これは2月29日の記者会見の最後に、江川紹子記者が「まだ質問があります」と声を上げ、それを打ち切る形で会見が終了したことに批判が集まったことがきっかけだったと私は考えています。

◆会見に参加させてもらえないジャーナリストからの質問をぶつけた

――記者クラブ問題について質問するということは、前から決めていましたか。

畠山:4月17日の会見前夜、ジャーナリストの寺澤有さんに「明日、首相会見がある。寺澤さんは申し込まないのか」とフェイスブックのメッセンジャーで話をしていました。寺澤さんが首相会見への参加を官邸側から拒否されていることを知っていたからです。

 その際、記者会見での質問内容が話題に上りました。私は新型コロナウイルスの感染が拡大する中で行われる選挙や布マスクについて質問するつもりでしたが、寺澤さんから「記者クラブをどう思うか質問してよ」と提案がありました。

「コロナのことは他の記者が聞くはず。畠山さんがコロナのことを質問しても面白くない。記者クラブのことは畠山さんしか聞けない」と言われました。

 寺澤さんは民主党政権時代から官邸記者会見への参加を申し込んでいますが、拒否されています。一方、私はなんとか参加することができています。参加できるのであれば、参加できない寺澤さんからの質問をぶつけることには意味があると考えました。

 なお、寺澤さんが参加できない件については、菅直人首相時代の記者会見(2010年6月8日)で私が菅首相に質問しています。この質問中で私が「断られたフリージャーナリストの一人」と言っているのは寺澤さんのことです。

 官邸会見は「1人1問」が原則とされています。4月17日の記者会見のときも、会見冒頭に司会進行役の長谷川内閣広報官から釘を差されていました。そのため「選挙の質問」をしたところで「1問」とカウントされて広報官に質問を切られてしまわないように、まるで関連質問であるかのように記者クラブについての質問を続けました。

◆安倍首相にとってメディアは「報道機関」ではなく「広報機関」という認識!?

――首相が言った「皆様方」は、どういう人を指すと考えますか。

畠山:内閣記者会とフリーランスの記者、国民を指しているものだと考えます。ただし、安倍首相は私の質問に対して「皆様方に議論していただきたい」と余裕しゃくしゃくの表情で答えています。

「内閣記者会の壁を超えられるわけがないだろう」という安倍首相の意識が透けて見えた気がします。内閣記者会が「官邸の情報を独占する」という自らの利権を捨てるはずがないからです。安倍首相の回答は、そのことを十分にわかったうえでの発言だろうと感じました。

 そもそも内閣記者会が主催しているといいながら、参加についてのやりとりは「官邸報道室」が窓口になっています。内閣記者会がリードして何かを決める権限を持っているとは思えません。議論しようにも、内閣記者会の窓口がどこなのかすらわかりません。それなのに「皆様方で議論して」というのはありえない話です。

――首相の発言の意味をどうとらえていますか。

畠山:この日の会見で安倍首相は布マスクについての質問をした『朝日新聞』の記者に対して「御社でも3300円で販売していた」と皮肉を述べています。これはSNSなどで広まっていた話を前提にしていると思います。つまり、インターネットでの情報を安倍首相が重視していることを指しています。

 安倍政権は、FacebookやTwitterなど、SNSの反応を非常に気にしています。インターネットは発信者側が言いたいことを言いっぱなしにできるメディアなので、そこを利用したいのだと思います。安倍首相にとって、メディアとは「報道機関」ではなく「広報機関」という認識なのでしょう。

◆再質問できないところが、首相会見がオープンではない証

――追加質問はどういう意図によるものでしたか。長谷川内閣広報官はそれにどう対応しましたか。

畠山:私が自席から発したのは「日本記者クラブでの会見に応じるお考えはありますか」というものです。実際には「日本記者クラブでの会見」とまで言ったところで、長谷川内閣広報官が割って入り「すみません。後の、ほかの皆さんがご質問を希望されているので」という流れになりました。

 安倍総理の具体的な言質を取れなかったことが悔やまれます。表面上は「応じる姿勢がある」という印象を観ていた人に与えたからです。私が「日本記者クラブでの会見」と言ったのは、3月5日からインターネット上の署名サイト「change.org」で始まった「十分な時間を確保したオープンな首相記者会見を求めます」という署名活動が前提にありました。

 私はこの署名に4万筆以上集まっていることを前提に、「日本記者クラブの会見に応じるつもりはあるか」と追加質問を席から投げかけようとしたのです。再質問できないところが、官邸会見がオープンではない証です。

 再質問できていれば「首相の言いっぱなし」を防ぐこともできるのに、それができない。参加者が極めて限られていることと併せて、官邸での記者会見が政権のPRの場になっている。こうした記者会見のあり方は必ず改善しなければならないと思います。

――畠山さんの質問、首相の回答に関して、どんな反響がありましたか

畠山:複数の友人・知人から「記者会見、見たよ」とすぐに連絡が来ました。私が『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)を書いた時から知っている人や同書の読者の方、SNSで私が記者会見オープン化の問題に取り組んでいたことを知っていた人たちから、「ようやく当たりましたね」と祝福の連絡が来たり、SNSで「記者クラブのことをよくぞ聞いてくれた」と大きな反響があったりました。

 記者クラブに関する質問、首相会見のあり方についての記事は、これから『週刊プレイボーイ』(集英社)で書く予定です(同誌5月25日号に掲載)。

◆内閣記者会「記者クラブに関して議論は行われていない」

 安倍首相に記者クラブについて「皆さんで議論を」と要請された内閣記者会に質問書を送ったところ、5月8日にメールの添付文書で回答があった。畠山氏の首相との質疑応答に関する部分を紹介する。

――内閣記者会として、首相の「今までのメディアがすべてカバーしているのかと言えば、そうではない時代になり始めました」という認識について、記者会としてどう思いますか。

内閣記者会:記者会としましては、引き続き時代の変化とメディアの多様性を認識した運営に努めてまいりたいと思います。

――記者会として、総会などの場で議論をしましたか。

内閣記者会:お尋ねの件に関しまして、現時点(5月8日時点)で総会での議論は行われておりません。今後についても未定ではありますが、加盟社から要請があった場合に検討することになろうかと思います。

――首相は「自民党政権の中において、こうした形で(記者クラブに関して)ご質問をいただいたのは初めてのこと」と回答しましたが、これは事実でしょうか。

内閣記者会:内閣記者会として「自民党政権下で初めてのこと」かどうか確認できておりません。首相サイドや自民党本部などにあわせてお問い合わせいただけますでしょうか。

◆「どこからもアクションはない」―官邸報道室調査官

 回答をみてもわかるように、内閣記者会は首相の呼び掛けにまったく応じていないのだ。

 筆者は、首相会見を事実上仕切っている官邸側にも取材した。4月30日、総理大臣官邸報道室の坂上調査官に電話をかけ「取材依頼書を送りたい」と述べてFAX番号を聞いたが、「質問が曖昧で、教えられない」と拒否された。筆者は声を出せないので、妻が代理で聞いた。

 

 坂上調査官は「自民党政権下で首相が記者クラブ問題で答えたのは初めて、というのは事実か」という電話での問いに、「私はわからないが、首相がそう言っているのだからそのとおりではないでしょうか」と答えた。また、「報道室に関する限り、このことで内閣記者会からは何のアクションもない。またどこからも反響がない」と述べた。

 ある内閣記者会メンバーが報道室のFAX番号を教えてくれたので、「内閣記者会から報道室に聞いてほしいという回答があったので、質問に答えてほしい」と5月11日に取材依頼書を安倍首相、上村秀紀報道室長、坂上氏の3名に送った。13項目の質問書を添えたが、期限の14日夕方までに回答はなかった。

 安倍首相は「オープンな会見」を約束したが、官邸報道室は官房長官の会見出席者を「1社1人」に制限するなど、報道規制を強めている。一方、『東京新聞』の望月衣塑子記者が首相の問題提起に応えて「記者クラブ問題を討議しよう」と呼び掛け始めた。筆者も改めて記者クラブについての記事を書きたい。

<文/浅野健一>

【浅野健一】

あさのけんいち●ジャーナリスト、元同志社大学大学院教授

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