「自粛自警団」より怖い「本物の自粛警察」の本性と内包する問題

「自粛自警団」より怖い「本物の自粛警察」の本性と内包する問題

「黒川杯」を阻止する身分すら明かさぬ警察官の制服を着た人物

◆武装した暴力集団からの「お願い」

 新型コロナウイルス対策としての「自粛」に従っていない(とみなした)人物や店舗などに嫌がらせなどをする行為が「自粛警察」と呼ばれ、メディアなどにも取り上げられる。しかしこれらは「自粛自警団」と呼ぶのがふさわしいのではないだろうか。なぜなら、「お願い」するとの名目で市民に向けて強制力や暴力を行使することをお家芸とする「本物の自粛警察」が、この日本にはもともと存在しているからだ。

 先日、本誌で〈検察庁前で”賭け麻雀”!?「黒川杯」があぶり出した警察の横暴〉という記事を書いた。ここでリポートした警察の対応は、法的根拠どころか身分すら示さずに「やめてください」という「お願い」。それでいて実力行使で麻雀を妨害するというものだった。取材中のジャーナリストに対してまで、押したり「撮影を止めて下さい」などと「お願い」をしたりしてきた。身分を明かす「筋合いはない」などと言い放った警官が、自ら参加者たちにつきまとい身体が触れるような距離で歩いておきながら「ぶつかったら公妨(公務執行妨害)で逮捕だからな」と脅してきた。参加者を押し倒すなどの暴力も行われた。

 主催者・取材者を含めてもたかだか20人程度の麻雀大会に、拳銃で武装した集団が約60人も押しかけて、暴力を用いて「自粛のお願い」をしたのである。

◆クルド人暴行事件も「お願い」からの暴行か

 同じ日の同時刻。渋谷では、警官によるクルド人への暴行に抗議するデモが行われた。報道などを総合すると、渋谷区内で自動車を運転中だったパトカーに停止を求められたクルド人男性が、警官から車の中を調べさせて欲しいと言われたものの拒否。警官に首を押さえつけられたり地面に引き倒されたりして、けがをしたという。結局、男性は逮捕もされず解放された。

 警察側にも言い分はあるのだろうが、怪我をするほどの暴力もやむを得ずと思えるような情報は今のところ出てきていない。

 被害者がクルド人男性であったことから、警官によるヘイトクライムとして批判され、渋谷での抗議デモにつながった。

 この事件については、参議院議員の有田芳生氏がツイッターで「警察庁に映像前後の事実確認を行いました」と称して警察の言い分だけを拡散し、さもクルド人側に非があるかのように騒ぎ立てる人々をアシストしているかのような結果になっている(参照:有田芳生氏のTwitter)。

 有田氏は「警視庁渋谷署警察官によるクルド人職務質問(5月22日)問題」と書いており、報道でもクルド人男性が警察から車内を調べさせるよう求められたとされている。どうやら「職務質問」だったようだ。

 警察官職務執行法は第2条で職務質問について定めており、同条3項には「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。」とある。職務質問は、警官による単なる「お願い」にすぎない。本来、答えることを強要されることわれも、身柄を拘束されるいわれもない。

 有田氏がTwitterに流している情報によると、警察側は、クルド人男性らが逃げようとしたと主張しているようだ。しかし仮に職務質問なのであれば、答えることを強要できないのだから、逃げて何が悪い。ましてや、けがをするほどの暴行を加える法的根拠がどこにあるというのか。

 警察の言い分のみを一方的に垂れ流す有田氏もどうかしているが、有田氏が流した警察の言い訳はそもそも暴行を正当化する理由になっていない。

◆問題は「差別」だけではない

 沖縄・高江地区で2016年、ヘリパッド建設への抗議活動を行っていた人々に、大阪府警の機動隊員が「土人」「シナ人」などと差別的な言葉をぶつけた問題があった。

http://youtu.be/RN4quKDmf3s

 警察に差別的な体質があることは否定できないし、今回のクルド人への暴行についても差別の側面を無視することはできない。むしろ最も重要な問題点だろう。

 しかし一方で、警察はもともと、相手が(ぱっと見た印象で)外国人であれ日本人であれ、やると決めれば法的根拠なく暴力を振るう。

 2019年には、札幌での安倍晋三首相の街頭演説中に路上から「安倍やめろ」と叫んだ男性や「増税反対」と叫んだ女性が、警官たちに取り押さえられ強制的に排除された(参照:毎日新聞)。男性は北海道を相手取って訴訟を起こしている。

 警官に取り押さえられた人々はヤジを飛ばしただけで、武器を持っていたわけでもなく、拡声器などを使って大音量で演説の妨害をしたわけでもない。ただの肉声での野次だ。

 それでも警察は暴力を用いて彼らを排除した。排除された「ヤジポイの会」氏は、こう書いている。

(道警・検察がヤジ排除の見解示す「排除は適法で問題なし」(後編))

 警察用語では暴力のことを「お願い」というらしい。

◆令状を示さず強行突入、取材者制圧、女性の下着をまさぐる

 2015年に私は、当時豊島区内にあったシェアハウス「りべるたん」への警視庁公安部による家宅捜索を取材した。

 安保法案に反対する人々による大規模デモが国会前で行われていた時期で、デモの際に逮捕された人のうち1人の学生(公務執行妨害)が、この「りべるたん」に関わっていた。そのため、警察は関係先として家宅捜索を行ったのである。

 警察の諸々の動きから、この日に家宅捜索が入る可能性が高いと聞き、私は「りべるたん」のメンバーや支援者と一緒に待ち構えていた。

 外で何か声がしたかと思うと、いきなり1階の窓が外から開けられ、警官が土足でなだれ込み、内側から玄関のドアを開けた。捜査令状は示されなかった。

 「りべるたん」メンバーが抗議したが、警察は「外から呼んだ返事がなかったから入った」などと言い、なおも令状を示そうとしない。

 警察の言い分は明らかにウソだった。こちらは警察が来るのが楽しみで、いつ玄関をノックする音がするか、ワクワクしながら待ち構えていた。外から何やら声が聞こえた際も、抵抗も無視もしていない。警官たちは声をかけてから間髪入れず、窓を開けなだれ込んできた。彼らは返事を待ってなどいない。

 私は、警官がなだれ込んでくる瞬間から動画で撮影していた。警官は「撮影をやめろ」と言う。別の警官が「逃げるな、おめえ、おい!」などと毒づきながら私に飛びかかってきた。非力な私はそのまま警官に組み敷かれた。メンバーたちが私を助け起こし、警官との間に入ってくれたので、撮影を再開できた。

 撮影していることを理由に令状を示さない警官。メンバーが弁護士に電話をかけようとすると、警官が「だめだ」と言って携帯電話を手で押しのけて制止する。

 警察は、代表者を残して全員屋外に出れば令状を示すと言う。順序が逆だ。捜査の法的根拠が示されないのに、なぜ退去しなければならないのか。「りべるたん」は単なる民家を利用したシェアハウス。一般市民の住居である。

 押し問答が続いたが、最終的に「りべるたん」側の立会人2人を残して全員が外に出ることで合意した。これまで「りべるたん」の密着取材を続けてきた映画監督の女性は、外に出る前にかばんを開けられ着替えの下着までまさぐられた。この時点でも令状は示されていない。

 「みだりに見るな」と抗議したメンバーに対して、警察はこう言い放った。

「捜索なんだから、みだりに見るんだよ! そうじゃなきゃ何の意味もないだろ」

 繰り返すが、下着をまさぐられた女性にも令状は示されていない。

 私達が外に出ると、屋内で警官が令状を読み上げ始める。しかし外にいた警官たちが、その光景や声を確認できない距離まで、私や映画監督を押しやっていく。一方で、警察側が連れてきたテレビ朝日だけは、「りべるたん」の窓から内部にカメラを向けて、「のぞき」撮影を続けていた。「りべるたん」側はテレビ朝日の取材を許可していない。事実上の「警察公認メディアの特権」だ。

 取材目的でその場に来ていた私と映画監督は警察に抗議したが、警察は最後まで実力で取材を妨害した。体を押したり行く手を阻んだりするだけではなく、カメラに手をかざすなどした。

http://youtu.be/L9-hodVeNuY

 この捜索で警察は、ビラなどの書類をたった6点だけ押収。逮捕されていた学生は最終的に不起訴となった。

 学生の容疑は、デモで揉み合っていた中での「公務執行妨害」である。凶悪犯罪でも組織犯罪でもない。「りべるたん」は政治活動を行う学生や社会人が出入りしていたが過激派のアジトでもヤクザの事務所でもない。捜索に際して誰も暴力的な抵抗をしていないし、私自身もカメラを構えて取材していただけだ。警察が暴力を正当化できる理由は、何一つ思いつかない。

 このケースでは、警察は「お願い」は一切しなかった。問答無用に暴力を振るった。しかもテレビ朝日を引き連れ、カメラの前で堂々と。それでいて、こうした警察の横暴がニュースになることもなかった。

◆デモ規制も「お願い」

 私自身、デモなどを何度か主催したことがある。週刊文春の報道に抗議する統一教会信者たちの眼前での「暴飲暴食デモ」(2011年)や、全屠殺場の閉鎖を求める「アニマルライツ」のデモを歩道から追尾し肉を食べまくる「動物はおかずだデモ」(2019年)。また、幸福の科学が香港民主活動家アグネス・チョウ氏についてデマを流したことに抗議して、高輪にある幸福の科学の「東京正心館」前の歩道で3度、抗議活動を行った(2019年)。また今年3月には、国会前での「リモートデモ」(私1人が国会前に立ち、首からぶら下げたタブレットから、Zoomによるデモ参加者たちの映像と音声を流すというもの)も行った。

 いずれも歩道での抗議活動だ。デモの告知やリポートをネットに掲載すると、よく「デモの届け出」とか「道路使用許可」が云々といった、知ったかぶりコメントが寄せられる。幸福の科学前でのデモでは、教団職員らが私達に向けて「無許可デモは違法」などというプラカードを掲げた。

 しかし歩道での抗議活動については、事前に警察に届けを出そうとしても「届け出は不要」と言われ、受け付けてもらえない。届け出は不要なのだから、無届けで実行して問題ない。にもかかわらず、現場では警察官からも「示威活動(届け出が必要なデモ行為等)に当たる」などと「注意」を受ける。

 「リモートデモ」の際は車道の使用を申請しようとしたが、国会前を歩くのが私1人であるため、警察からはこういった趣旨のことを言われた。

「都条例が定める集団行動及び集団示威行動に当たらないため車道の利用は許可できない。歩道でやって下さい。歩道については届け出の必要はいない」

 それでもなお、現場では抗議の声をあげる場所を指定され、それ以外の場所でのシュプレヒコール等を禁じられた。法的根拠はない。「お願い」だ。歩道でやれと言ったのは警察の方なのに。

 私は主催者ではないが、今年、「コロナ片手に散歩する会」が国会周辺の歩道を歩きながら「自粛させるならカネよこせ」と抗議したことがある。私も参加した。

 このときも警察官につきまとわれ、指定の場所以外ではプラカードすら隠せと言われて行く手を阻まれた。プラカードを掲げると「無届けデモ」になるという。それを理由に、歩道の往来すら自由にさせない。

 主催者は「集団」でなければいいのだろうとばかりに、「解散!」「ソーシャル・ディスタンス展開!」などと宣言。次の抗議ポイントまで移動する間は、参加者たちが1〜数メートルの間隔を空けて「集団ではなく個人」としてプラカードを掲げるなどした。抗議ポイントに着くたびに「集合!」の声がかかり、再び「集団」に戻る。それでも警察は、プラカードを掲げる行為を執拗に制止した。

 抗議活動をする側の目的は警察と揉めることではなく、政府なり何なりへの抗議活動である。本来の目的を果たすには、警察と妥協してでも抗議活動そのものを円滑に行うことを目指す以外にない。私自身も「コロナ片手に散歩する会」も、やむを得ない妥協を強いられた。

 今に始まったことではない。東京だけの話でもない。おそらく、これまでデモを開催してきた様々な団体や個人たちも、同じような場面を嫌というほど目にしてきているだろう。基地問題をめぐるデモ等が繰り返されている沖縄では、なおひどいのではないかと思う。2016年には取材中の沖縄タイムスの記者が市民とともに警察から拘束される事件も起きている。

 日本では、「デモや集会の自由」も「報道の自由」も絵に描いた餅にすぎないと思える場面が多々ある。

 抵抗すれば、どうぜ「公務執行妨害」との口実で逮捕されるのだろうが、そもそも法的根拠のない警察の行動は「公務」なのか?

◆コロナで勢いづく「本物の自粛警察」

 新型コロナウイルスへの対策として、政府や自治体が店舗の営業等に対して自粛を呼びかけた。中でもライブハウスや「バーやナイトクラブ」がやたらと槍玉に挙げられ、「夜の街」がターゲットにされた。

 4月9日には「カナコロ 神奈川新聞」が【新型コロナ】外出自粛徹底へ、県が県警に協力依頼 警察官「声掛け」と題する記事を配信している。これによると、黒岩祐治知事・神奈川県知事が県警に対し、夜の繁華街などでの市民への声かけなどを要請したという。

 同じく4月9日に「毎日新聞」が、千葉市長、ナイトクラブ取り締まり強化要請も…県警「権限ない」 新型コロナと題する記事を配信。熊谷俊人・千葉市長が「夜のクラスター発生を防止するべく、県警に対してナイトクラブ等への一斉立ち入りなどの取り締まり強化を要請しています」と発言したと報じた。さすがにこれは、県警が「風営法上の権限に基づいて立ち入りをすることはあるが、法的権限を有さない事案ですることはない」(同記事より)と応じている。

 4月12日に「朝日新聞」が配信した警官声かけ「外出自粛に協力を」 職務質問との線引きもには、抜身の警棒片手に歌舞伎町を見回り通行人に「声かけ」をする警官の写真が掲載されている。

 緊急事態宣言が解除されたものの再び感染者が増加の兆しを見せている東京都では6月2日に小池百合子知事が「東京アラート」を発し都庁とレインボーブリッジを赤くライトアップした。同日、「日テレNEWS24」などが夜の歓楽街「見回り隊」結成を検討 東京都と報じた。警視庁と協力して見回りを行うという。小池知事は都庁とレインボーブリッジのライトアップで見物目的の人々の外出意欲を高めておきながら、一方では繁華街に再び警官を動員して市民を威圧させるつもりのようだ。

 警官が警棒片手に朝夕の通勤電車で乗客を威圧して回ったというニュースを目にした記憶はないのだが、「夜の街」には自治体が「本物の自粛警察」を投入している。極めて恣意的な暴力装置の活用だ。

 新型コロナ対策をめぐっては、至るところで「自粛の要請」「自粛のお願い」という崩壊した日本語が横行している。法律上の強制力を持たない中での苦肉の策であり、こうした対策を不要とまでは言わない。

 しかしコロナ対策として必要なのであれば、法律を整備し、基準と歯止めをしっかり設定した上で強制力を用いるべきだ。現状は、恣意的に選んだ対象に対して、法的根拠なく事実上の強制力を用いたり暴力と強制力を背景に威圧したりすることで「自粛させる」(これも日本語として崩壊しているが)という警察の本領に、自治体が苦し紛れに頼ろうとしているにすぎない。

 安倍政権の諸々の問題にも絡むものであり、差別問題でもあり、新型コロナ対策の問題でもあるそれぞれの事例は、同時に、安倍政権以前からの日本の警察のありようの問題だ。

<取材・文・撮影/藤倉善郎>

【藤倉善郎】

ふじくらよしろう●やや日刊カルト新聞総裁兼刑事被告人 Twitter ID:@daily_cult4。1974年、東京生まれ。北海道大学文学部中退。在学中から「北海道大学新聞会」で自己啓発セミナーを取材し、中退後、東京でフリーライターとしてカルト問題のほか、チベット問題やチェルノブイリ・福島第一両原発事故の現場を取材。ライター活動と並行して2009年からニュースサイト「やや日刊カルト新聞」(記者9名)を開設し、主筆として活動。著書に『「カルト宗教」取材したらこうだった』(宝島社新書)

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