リニア工事再開を求め静岡県知事と会談、JR東海が急ぐ「2027年開通」が不可能な理由

リニア工事再開を求め静岡県知事と会談、JR東海が急ぐ「2027年開通」が不可能な理由

山梨県のリニア実験線(将来の本線を兼ねる)

◆リニア工事の早期再開を求めてJR東海社長が静岡県知事と会談

 2020年6月26日、静岡県庁で川勝平太知事とJR東海の金子慎社長とのトップ会談が実現した。これは「全面公開」として地元テレビでも生放送された。

「会いたい」と言い出したのはJR東海のほうからだった。

 その目的はただ一つ。「6月中に静岡県内でのヤード(作業基地)工事を認めてほしい」というものだ。そうすれば、念願の2027年リニア中央新幹線開通(東京・名古屋間)に間に合うから……と。

◆大井川の水量問題に無回答のまま要求するJR東海

 だが、会談の結論から言えば、知事はこれにゴーサインを出さなかった。その理由はいたって簡単だ。

 2013年10月、JR東海はリニア計画沿線で環境アセスメントをした結果である「環境影響評価準備書」を公開した。静岡県民が驚いたのが、県北部の南アルプスでトンネル掘削工事をすれば、大井川の水量が「毎秒2トン減る」とJR東海が予測したことだ。これは大井川を水源とする中下流域の8市2町62万人分の水利権量に匹敵する。

 2014年から、静岡県、JR東海、そして専門家で構成した「中央新幹線環境保全連絡会議」(以下、連絡会議)では、いかにして失われた水を大井川水系に戻すかが話し合われている。だが5年経っても、JR東海は未だにその決め手を提示できない。この状況で知事が首を縦に振るはずがなかった。

 今回の結論はある程度予測できた。というのは、10日前の6月16日、川勝知事は県の8市2町の首長たちとオンライン会議を実施した。その場で首長たちから「私たちの思いを金子社長に伝えてほしい」との要望があったからこそ、会談実現に踏み切ったからだ。

 この8市2町、県の事務方(くらし・環境部)、そして「静岡県中央新幹線環境保全連絡会議」(以下、連絡会議)に参加する専門家たちとの間でこの5年間積み重ねてきた議論は、「県民の水を守る」との点で一致していた。この“オール静岡”の力を知事は無視できない。というよりも、知事はそれに従わねばならない。

 さて、このトップ会談にはざっと60人ほどのメディア関係者が押し寄せ、実際、当日か翌日には報道されている。ここでは、このトップ会談を巡ってあまり報道されていないことを伝えたい。

◆知事は「準備工事の総面積が5ha超なら、協定締結が必要」と回答

 リニア工事には以下の2つがある。

1.準備工事 宿舎建設、ヤード整備、雨水排水施設等々、トンネル工事の前段階となる工事

2.本体工事 いわゆるトンネル掘削、そしてそれに付随する工事(非常口掘削、濁水処理施設、沈砂池建設等々)

「本体工事」については、現在「連絡会議」でのJR東海と県との一致点が見出されていない以上、始められるものではない。

 また「準備工事」のうち宿舎建設などは2018年9月に始まっていたが、翌2019年5月、ヤード整備の一部が本体工事に直結するのではとの県の判断で、準備工事は中断している。今回の対談は、金子社長がその準備工事の「再開」を目指したものだ。

 約1時間20分の会談中、金子社長は何度も「ヤード整備をさせていただけないか。なし崩し的にトンネル工事をすることはありませんから」と知事に打診した。知事ははっきりと「反対」とは言わないものの、「準備工事の総面積が5haを超えるのなら、県条例に従って協定を結ばなければならない」と回答した。

 これは逆に言えば、5ha未満なら協定は不要ということ。そして実際、2018年にJR東海が始めた準備工事の総面積は4.9haである。おそらく準備工事を再開すれば、残り0.1haは確実に超える。ということは協定締結が必要になる……と知事は回答したのだ。

 一方で、川勝知事は「リニアに反対していない(これは、知事だけではなく県としての従来からの姿勢)。その一方、命の水も守る。これは両立したい。JR東海と私たちは運命共同体です」とも発言した。

 金子社長は閉会後の囲み取材で(幹事社以外の質問はわずか1問受けつけただけで帰ってしまったが)、幹事社の「6月中の工事再開へのスケジュールはあるか?」との質問に「条例をクリアして協定を結べば工事を認めてもらえる。県とは時間を置かずに確認したい」と回答した。

 知事も「5ha以上の工事には協定が必要だが、4.9haではご自由にどうぞということです」と、準備工事再開への明確な説明をしなかった。

◆「本体工事と一体化するヤード整備は認めない」と知事が明言

 この囲み取材のあと、条例や協定について「くらし・環境部」から説明があった。条例は、正確には「静岡県自然環境保全条例第24条」。これに基づき、5ha以上の土地の改変には「自然保護協定」の締結が必要だとの内容だった。

 ここで記者団から出た質問は、「知事が協定の説明を強調した印象がある。つまり金子社長は、その手続きさえ踏めば、準備工事をさせてもらえると思って帰ったのではないのか」ということだ。知事には「くらし・環境部」から事前に情報提供もあったが、職員の田嶋氏は改めて「県としては、本体工事と一体化となるヤード整備は認めない」と説明した。

 筆者が受けた印象では、知事は会談で金子社長の要請をのらりくらりとかわし、遠回しに「NO」を言ったつもりだった。だが記者たちは、知事の会談での発言は金子社長に「準備工事はできるんだ」との誤解を与えた可能性もあるとして、再度の知事会見を要請した。つまり、「知事の口からはっきりと『再開工事は認めない』と言う必要があるのでは」と。

 筆者は、これは後日行われるものだと思い、すぐに県庁を後にした。あとで知ったことだが、「くらし・環境部」はその後すぐに知事にアポを取り、1時間後に、2回目の知事会見が実現したという。そこで知事ははっきりと「本体工事と一体化するヤード整備は認めない」と明言したのだ。

◆JR東海が「連絡会議」参加に応じない限り、「工事再開」は実現しない

 そして新聞各紙は、「2027年開通は延期される」との論調の記事を載せた。だが、今ごろになってその論調を載せることへの違和感を筆者は覚える。その理由を以下、説明したい。

?6月の準備工事再開は時間的に無理。

 協定締結するには、それを県の「連絡会議」で話し合わねばならないから。連絡会議が最後に開催されたのは4か月前の2020年2月。それ以来、県がJR東海に連絡会議の開催を呼び掛けても、JR東海はその日程を組もうとしていない。

 もっとも、4月から始まった国土交通省が主宰する「有識者会議」の準備や参加、そして6月23日の株主総会もあっただろうから、時間的に難しかった一面はある。JR東海が「連絡会議」参加に応じない限り、「工事再開」は実現しない。6月26日に会談をして、残る平日である6月29日と30日のどちらかで「連絡会議」開催を調整するのは絶対に無理だ。

◆静岡県だけでなく、各地で工事の遅れが頻発している

?他県も工事が遅れている。

 実は、これは川勝知事が今回の対談のなかで金子社長に投げていた説明だ。

「名古屋駅周辺では用地買収が終わっていない。2021年3月まで延期される予定だ。岐阜県では非常口のトンネル崩落があり工事が中断した。長野県大鹿村の除き山非常口工事も2年遅れだ。それを言わないで、静岡県だけが工事を遅らせているように言われている」

 これに対して、金子社長は明確には回答せず「静岡県だけの原因と言っているのではない。ただ静岡での工事にいちばん時間がかかるから、という切迫感があります。2027年末までになんとか竣工したい」と説明した。

 おそらく、今回の会談を取材した記者たちの多くは地元記者であることから、静岡県以外の情報を持っていなかった。だから、知事と社長のこのやりとりに焦点を当てた記事はなかったのだ。

 もし彼らが他県の工事の遅れを知っていれば、もう昨年や一昨年の時点で「2027年の開通は無理」との判断ができたはずだ。

 なぜ断言できるかというと、筆者は他県での工事の遅れの情報を集めているからだ。それによると、2年遅れ、3年遅れのリニア工事が当たり前にある。それを見る限り、「2027年開通は完全に無理」だと言える。

 例えば、長野県大鹿村での釜沢非常口(斜坑)の掘削工事は、計画では2017年第2四半期から行う予定だったが、始まったのは2020年3月。実に3年遅れとなっている。6月26日現在で、その進捗は2割にすぎない。

 また例えば、長野県豊丘村の坂島工区でのトンネル掘削は2018年開始予定だったが、未だに始まらず、来年に始まったとしても3年遅れである。

 実は今、静岡県も他県での工事の遅れの情報を収集しているところだという。というのは、今回「2027年開通が延期」と報道されたことで、リニアが通る他県は「お前のところのせいで開通が遅れる」と、静岡県を冷ややかな目で見るはずだ。

 静岡県としては、他県で工事の遅れが頻発しているのはまさしくJR東海自身の責任であるということを明らかにする必要があると考えている。

 ともあれ、トップ会談で収穫のなかったJR東海が、次に国や静岡県にどうアプローチするのかについて注視していきたい。

<文・写真/樫田秀樹>

【樫田秀樹】

かしだひでき●Twitter ID:@kashidahideki。フリージャーナリスト。社会問題や環境問題、リニア中央新幹線などを精力的に取材している。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)で2015年度JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞を受賞。

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