明るすぎる時代の美意識〜清潔感、女子力、映え<史的ルッキズム研究5>

明るすぎる時代の美意識〜清潔感、女子力、映え<史的ルッキズム研究5>

明るすぎる時代の美意識〜清潔感、女子力、映え<史的ルッキズム研究5>の画像

◆フェミニンで清潔感のあるパッケージ

 この記事が掲載される頃には旧聞になっているかもしれませんが、あるコンビニエンスストアチェーンが販売するプライベートブランド商品のパッケージデザインが話題になっています。話題といっても良い話題ではなく、悪い評判です。絵柄や色彩を抑制したシンプルなパッケージで、フォントも細く、視認性が悪いというのです。カレーの「辛口」と「中辛」を間違えて購入してしまったという苦情から、このデザインの悪さが話題になりました。以前にも他のコンビニチェーンのコーヒーメーカーのデザインが問題になりましたが、今回はさらに批判が拡大し、デザイナーの資質に言及する人もあらわれています。

 多くの人が商品デザインに批判を加えるようになったのは、たんに機能性に問題があるというだけでなく、美意識の傾向が変化しているということだと思います。地の色のアイボリーを前面にうちだした「フェミニン」で「清潔感」のあるパッケージは、10年前であれば無条件に受け入れられたかもしれません。しかし現在では、そうではなくなりつつあります。企業や広告業者が考えるような「フェミニン」や「清潔感」のスタイルに、疑問符が付き始めたのかもしれません。

 あるいは、もっとうがった見方をすれば、こういうことかもしれません。大企業によって提示された「フェミニン」なデザインは、かつてのように革新的・創造的なものとして受容されるのでなく、むしろ、制度的で押しつけがましいものと受け取られるようになったのではないか。商品を通して再生産される「女子力」や「映える」という価値観は、女性の「女性らしさ」を制度化する主要な舞台となっているわけですが、それが生活に身近な領域であるコンビニエンスストアにまで拡張されようとしたとき、生活文化への重大な侵害と受け取られたのではないか。まあ、これは、考えすぎかもしれません。

◆無印良品と商品のフェティシズム

 さて、歴史を振り返ってみます。

 プライベートブランドは、小売業者が商品開発を手掛けるものです。メーカーが生産する商品をただ右から左へと販売するのではなく、小売業者が商品開発を主導し、内容を決定するのです。1960年代、ダイエー、西友といった小売業大手と、生活協同組合が、それぞれ独自の商品開発にのりだします。そうした競合のなかから誕生したのが、1980年、西友の無印良品です。

 無印良品は、絵柄を排したシンプルなパッケージで好評を得ます。このスタイルは生協商品と対照的な結果を導きます。生協商品は、商品・商業にたいする対抗文化としてシンプルさを追求するのですが、無印良品はこれを商業のメインステージに押し上げていきます。抑制された色とタイポグラフィのみという構成は、商品自体がもつフェティシズムを引き出し、先進性や高級感を与えることに成功するのです。

 では、無印良品の地味なパッケージは、なぜ成功したのでしょうか。このことを考えるには、パッケージデザインそのものでなく、商品が陳列される売り場の変化を見なくてはなりません。

◆煌々とした照明のもとで輝く商品

 1977年、西武流通グループ(のちのセゾングループ)の社長・堤清二氏は、名古屋市の北側に隣接する愛知県春日井市を訪れ、住民説明会に臨みました。西武流通グループの中京地区進出第一号店となる「西武春日井ショッピングセンター」の、地元向け説明会です。70年代は小売業のチェーン展開が支配的になっていった時期です。1960年代以来、小売業は、価格競争に打ち勝つために「規模の経済」を追求し、店舗の拡大競争を繰り広げていましたが、なかでも堤氏の率いる西友は、アメリカの販売技法を積極的にとりいれ、「西のダイエー、東の西友」と並び称されるほど勢力を拡大していました。その西友の中京地区進出の第一手として選んだのが、名古屋市郊外に位置する春日井市でした。

 西武春日井ショッピングセンターは、日本で最初に登場した自動車生活型のショッピングモールです。鉄道駅を離れた国道19線沿いの広大な敷地に、1500台の駐車場を備える巨大ショッピングモールが建設されます。このショッピングセンターの開業に先立って、堤氏は春日井市の地元説明会に出席します。説明会に出席した人によれば、堤氏は小売業の現代化について熱っぽく語ったそうです。その席で、堤氏はこう言ったそうです。

 昔ながらの商店というのは、商品をただ陳列棚に置くだけでした。しかし我々は違います。我々は、商品に照明をあてて、輝かせて、商品を魅力的なものに見せていく。これが現代的な小売業です。

 アメリカから導入された新しい販売技法は、商品のフェティシズムを引き出す陳列に力を注ぎます。人々に幻惑を与えるほど大量に陳列すること、強い照明をあてて商品を輝かせること。この年に公開された映画「ゾンビ」(原題「DAWN OF THE DEAD」)には、この時代のショッピングモールの様子が描かれています。舞台となるのは、アメリカ、ハリスバーグ郊外のショッピングモールです。人間が死に絶えゾンビに占拠されてしまったショッピングモール。電源室のスイッチを入れると、店内の照明が煌々と輝き、膨大な商品を照らし出します。大量生産・大量流通・大量消費の時代は、商業施設が大規模化し、同時に、照明設備の強化が始まった時代です。

◆明るすぎる時代の美意識

 70年代以降、私たちは徐々に暗がりを失っていきます。昼も夜も照明設備によって室内が照らされているのです。オフィスやデパートはもちろん、駅舎もコンビニエンスストアも、区役所も美容室も、すべての建物が充分すぎる照明を備え、白く輝くようになりました。東京では、90年代の都市再開発が、この傾向を決定的にしました。新しい都庁舎をおいた新宿駅西側や、埋め立て地に大規模施設を誘致したお台場などがそうです。当時ヒットしたテレビドラマ『踊る大捜査線』は、お台場地区の台場署を舞台にしていますが、その画面は真っ白に輝いています。新設された警察署はまるでデパートのように白く輝き、人間は全方向から光を当てられています。建物の中でも、外でも、物陰はありません。トイレで用を足すときにも充分すぎる光をあてられるのです。

 建築物は窓の機能を変えていきました。商業施設のガラス窓は、外光を店内に取り入れる採光のための窓ではなく、反対に、店内に充満する光を外に向けて放射するためのものになっていきました。

 始まりは商品を照らし出すための照明でした。しかし、強化された照明は、商品だけでなく、人間を照らし出すことにもなりました。人間もまた商品と同様にショーケースで照らされる対象になったのです。この充満する光が、現代の「女子力」や「映える」の基盤となっていくのです。

 現代の私たちが人間の外見を見るとき、それは、異常に強化された照明設備の下で見ているのだということを忘れてはいけません。かつてはそうではなかったのです。光があって暗がりがあって、そのひだとゆらぎのなかで人間は見られていた。19世紀の画家・ロートレックがパリの女性を描いていたとき、それは現在よりももっと少ない光量の下で見て、美しいと感じていたのです。「ナチュラルメイク」も、「陶器肌」も、「透明感」という概念も、ない時代です。顔面の小さなシミなど見えなかったし、「映える」という感覚もなかったのです。

 話を冒頭に戻します。商品のパッケージデザインが「清潔感」をもったものになる。それは80年代以降の、光が充満する時代が生み出した美意識です。しかし現在の私たちは、その「清潔感」を無邪気に喜ぶことはできません。光が充満する時代がもっている抑圧的で非人間的な側面を知っているからです。現代人は、強化された照明に親しみながら、同時に、うんざりしてもいるのです。

※近日公開予定の<史的ルッキズム研究6>に続きます。

<文/矢部史郎>

【矢部史郎】

愛知県春日井市在住。その思考は、フェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズ、アントニオ・ネグリ、パオロ・ヴィルノなど、フランス・イタリアの現代思想を基礎にしている。1990年代よりネオリベラリズム批判、管理社会批判を山の手緑らと行っている。ナショナリズムや男性中心主義への批判、大学問題なども論じている。ミニコミの編集・執筆などを経て,1990年代後半より、「現代思想」(青土社)、「文藝」(河出書房新社)などの思想誌・文芸誌などで執筆活動を行う。2006年には思想誌「VOL」(以文社)編集委員として同誌を立ち上げた。著書は無産大衆神髄(山の手緑との共著 河出書房新社、2001年)、愛と暴力の現代思想(山の手緑との共著 青土社、2006年)、原子力都市(以文社、2010年)、3・12の思想(以文社、2012年3月)など。

関連記事(外部サイト)