エミリオ・エステベス監督作『パブリック 図書館の奇跡』が、現実の私たちに訴えかけること

エミリオ・エステベス監督作『パブリック 図書館の奇跡』が、現実の私たちに訴えかけること

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◆行き場のないホームレスたちが図書館を占拠

 エミリオ・エステべス監督作品『パブリック 図書館の奇跡』が、7月17日からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国の劇場で公開されます。

http://youtu.be/JnKVKkYCbus

<あらすじ>

 米オハイオ州シンシナティの公共図書館で、実直な図書館員スチュアート(エミリオ・エステべス)が常連の利用者であるホームレスから思わぬことを告げられる。「今夜は帰らない。ここを占拠する」。大寒波の影響により路上で凍死者が続出しているのに、市の緊急シェルターが満杯で、行き場がないというのがその理由だった。

 約70人のホームレスの苦境を察したスチュアートは、3階に立てこもった彼らと行動を共にし、出入り口を封鎖する。それは“代わりの避難場所”を求める平和的なデモだったが、政治的なイメージアップをもくろむ検察官の偏った主張やメディアのセンセーショナルな報道によって、スチュアートは心に問題を抱えた“アブない容疑者”に仕立てられてしまう。やがて警察の機動隊が出動し、追いつめられたスチュアートとホームレスたちが決断した驚愕の行動とは……。

※以下、映画のネタバレになる内容も含みますのでご注意ください。

◆アメリカ社会の影を描く

 製作・脚本・監督・主演はエミリオ・エステベス。1962年、ニューヨークに生まれ、俳優のチャーリー・シーンを弟に持つエステべス監督は『アウトサイダー』(83)、『セント・エルモス・ファイアー』(85)、『ブレックファスト・クラブ』(85)といった80年代の青春映画に立て続けに出演、一世を風靡し、23歳の時『ウィズダム/夢のかけら』で監督デビュー。本作は監督7作品目となります。

 俳優としても監督としても豊かなキャリアを積んだエステべス監督がこの映画の製作を思い立ったのは13年以上も前のこと。2007年4月1日に「ロサンゼルス・タイムス」に掲載されたソルトレークシティー公立図書館の元職員が書いたエッセイを読んだことがきっかけでした。そこから11年もの歳月を掛けて映画はようやく完成したのです。

 エッセイには、シェルターと化した図書館に集まるホームレスの人々の多くは精神疾患を抱えていること、ホームレスであることは期間限定ではなく彼らの生き方になっていること、図書館はホテルのロビー、オフィスビルやショッピングモール等とは異なり、自由に出入りができ、追い出されることもないことが綴られています。世間は彼らを排除する一方、図書館は彼らを受け入れ、楽しませているとも。

 そして、「アメリカは、超個人主義を誇り、発明家や起業家、先駆者や芸術家の偉業を褒めたたえる。しかし、一部の個人は繁栄する一方で、慢性的なホームレスの苦境が示すのは、我々のコミュニティーが分裂し、崩壊しているという事実だ」とアメリカ社会の影についても言及しています。

◆本に救われたスチュアートの過去

 大寒波の一夜を凌ぐために図書館に立てこもったホームレスたちを守ろうとするスチュアートも、かつてはアルコール中毒や薬物で荒んだ日々を送り、暴行や万引きで逮捕された過去がありました。

 汚損された本を自宅で補修しながら「本は命の恩人だ。本は僕をしらふにし立ち直らせた。いつでも手を触れて感じ頭を働かせて向き合える相手だ。救われた」とやはりアルコール依存症から立ち直ろうとするマンションの隣人のアンジェラ(テイラー・シリング)に語ります。スチュアートは犯罪を重ねた後に図書館長であるアンダーソン(ジェフリー・ライト)の厚意で図書館に雇われ、本との出会いによって救われていたのです。

 スチュアートは、立てこもりの一夜のある時、自らの過去について年若いホームレスに次のように語り掛けます。

君の年の頃 僕は人生のどん底にいた やがて悟った 

どんなに怒っても― 飲んでも無駄だと それで本を読み始めた 

この部屋の君が座っている席で

 ホームレスによる立てこもりの解決を市民にアピールし何とか次の市長選に勝ちたい検察官のディヴィス(クリスチャン・スレイター)、図書館を占拠する模様をセンセーショナルに伝えて注目を浴びたいレポーターのレベッカ(ガブリエル・ユニオン)。それぞれの思惑により、スチュアートは過去の素行も相俟って、あっという間に図書館の立てこもりを目論んだ危険人物に仕立て上げられてしまいますが、その思惑をかわし、知恵を絞って自分たちに有利な展開を引き出します。

 そして、スチュワートはテレビの生中継を行うレベッカから図書館に立てこもる理由について聞かれた時、ジョン・スタインベック『怒りの葡萄』の一節を読み上げるのです。

ここには―― 告発しても足りぬ罪がある

ここには―― 涙では表しきれぬ悲しみがある

我々のすべてをくつがえす失敗がある

肥えた土地 まっすぐに並ぶ木々 力強い幹 熟した果実

だが民の前には失敗があり飢えた者は怒りを募らせる 

人々の魂の中に 怒りの葡萄がずっしりと実っていく

収穫を待ちながら

 図書館は社会に流通するあらゆる情報を蓄積していく場。アメリカ社会が資本主義社会として成熟を迎え、まさに「肥えた土地に熟した果実」を実らせる一方で、「飢えた者」もいるということも忘れてはならない、歴史に刻まなければならないということをこのシーンは示唆しているのかもしれません。

 ホームレスの苦境を映す報道を見た市民は、次々と洋服や食べ物などの救援物資の提供を開始。まるで図書館はライフラインを提供するベースキャンプになったかのような様相を呈します。図書館に助けられたスチュアートは、まさにその場所で報道を利用することによって彼らを助けるのです。  

 事実の告発がムーブメントを生み出し知の集積地に人が集う。ジャーナリズムが世の中を動かす様子もしっかりと描かれています。

◆声を上げるために必要なこと

 図書館に立てこもったホームレスたちの多くは退役軍人。物語の終盤、ある人物は国に対して忠誠を誓い、真面目に働き納税して来たにもかかわらず、失業がきっかけでホームレスになったことが明かされます。

 なぜ自分たちはこのような目に遭わなくてはならないのか。

 この映画が製作されたのは2018年ですが、2017年から続く#Me Tooはもちろん、今年に入って湧き起こった「Black Lives Matter」を予見するかのような事象が描かれています。

 たった一人のホームレスが図書館で口にした「Make some noise」(声を上げろ)はあっという間に他のホームレスたちに伝播。図書館に鳴り響く声はうねりを生み出し、その様子は館内のカメラに映し出され、警察権力を翻弄します。

 アフリカ系アメリカ人ジョージ・フロイド氏の警察官による「暴行殺人」をきっかけに始まった抗議デモ。それは今もなお続く黒人差別を告発しましたが、一方で暴徒化し略奪を行うなど新たな悲劇を生んでいます。故フロイド氏の弟、テレンス・フロイド氏の「暴力ではなく投票を」というスピーチも記憶に新しいところです。

 この映画では図書館での立てこもりという「平和的なデモ」に対して警察権力が強行突破を仕掛けますが、彼らはそれに対して暴力で対抗することはしませんでした。

 自分たちが受けている理不尽を世間の人たちに知ってもらい、改善行動を大きなムーブメントにするために何をすれば良いのか。

 映画のラストシーン、ジミー・クリフの『I can See Clearly Now』を口ずさみながら、彼らがTVカメラの前で機動隊に対して取った行動とは――

 『パブリック 図書館の奇跡』の原題は『The Public』。映画を見終わった後、「公共」とは何か、そしてその場は誰に対して開かれていなければならないのかについて考えずにはいられませんでした。この映画は「公共」の場を健全に維持してより良い社会を作るために、私たちは政治やジャーナリズムに対して目を開いていなければならないということを教えてくれるのかもしれません。

<文/熊野雅恵>

【熊野雅恵】

くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わっています。

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