衝撃の冬コミ事実上中止。追い詰められる同人誌即売会に活路はあるのか?

衝撃の冬コミ事実上中止。追い詰められる同人誌即売会に活路はあるのか?

2019年の夏コミ。 photo by dekitateyo / Shutterstock.com

「同人誌関連の仕事で食べている人たちを延命させること……ようは、印刷所を維持させるのが、もっとも大事な課題じゃないかな」

 きっと、この人はなにかの知見をもっているだろう。そう思って電話をした相手は、そういって話し始めた。

「もう、どうすればいいのだろうか」と、なにも解決の糸口が見つからないままで、大方の人は誰かがなにかをしてくれることを待っているような風にも見える――それが、止まらない新型コロナウイルスと東京五輪の延期によって窮地に追い込まれている同人誌の現在である。

◆同人作家・印刷会社激震の「冬コミも中止」発表

 去る7月12日、世界最大級の同人誌即売会コミックマーケット(以下コミケ)を主催するコミックマーケット準備会の告知に、世間はざわめいた。今年の12月に予定されていたコミックマーケット99を開催を事実上断念*することが発表されたのである。〈*発表によれば「コミックマーケット99」は2021年ゴールデンウイークに”延期”となる〉

 今や夏冬の季節の風物詩となった、コミケ。今年が類いまれな受難の年になることはわかっていた。長らく会場としてきた東京ビッグサイトが東京五輪の期間中にメディアセンターとして使われる影響で、夏の開催が不可能になったからである。コミケ以外にも、東京ビッグサイトを会場として使っている同人誌即売会は多い。東京ビックサイトにとって「お得意様」であるコミケをはじめとする同人誌即売会がどのような金銭的損害を受けるかは明白だった。そこで、東京都から示された妥協案が2020年5月のゴールデンウィーク期間中にコミケを開催するというものであった。

 減収は避けられないが、コミケが5月に開催されることによって、出血は抑えられる。それが同人誌にとって欠かせない産業である印刷会社の見方だった。東京ビッグサイトを利用している様々な産業と同じく、東京五輪による影響は避けられないが、なんとか持ち堪える……2020年初頭は、そんな空気感があった。

 だが、新型コロナウイルスという予想外の災厄は、決意を土台から揺るがせた。人が集まる催しが次々と中止になる中で全国で同人誌即売会そのものが開催中止を余儀なくされた。そうした中で開催の可能性を探っていたコミケも、5月の開催まで残り一ヶ月近くなった3月27日に開催断念を決めた。1975年の開始以来、幾度も開催の危機を経験しているコミケであったが、戦争に匹敵する感染症には抗することができなかったのである。

◆印刷会社では30%以上の売り上げ減少も

 新型コロナウイルスの流行が拡大していた、今年の2月頃、ある印刷会社に5月のコミケまでもが中止になった場合の損害はいかほどのものかと尋ねてみた。

「だいたい、どこも年間売り上げの15%程度は減少すると考えています」

 既に東京ビッグサイトが東京五輪のために工事に入っていたので規模は縮小している。それでも、印刷会社の売上に対するコミケの割合の大きさが見て取れた。でも、これはあくまで、コミケ単体の数字。この人物は「ただし……」と話を続けた。

「仮に3月、4月、5月とすべてが中止になると、どこも年間売上の30%減少になると思っていますよ」

 先の暗い予測。でも、現実はそれ以上であった。都の緊急事態宣言が解除されて以降、東京都に限らず全国で中小規模の同人誌即売会は再開されている。でも、その先行きは極めて不安定なものだ。政府では8月1日以降、5000人規模のイベントを開催できるよう制限を緩和する方針だったが、感染者が再び増加していることから撤回。東京ビッグサイトで開催されるような同人誌即売会では、5000人規模が緩和されても焼け石に水なのだが、それ以下の規模でも日程を告知しても、本当に開催できるかは確証が持てない。

◆東京五輪の会場使用不可にコロナの追撃

 冬の開催を断念したコミケでは、東京五輪延期により東京ビッグサイトが全館使用できないことと並んで、流行が続いたとした場合に十分な対策が取れないことを挙げている。また、5月の中止ではキャンセル料は免除となったが、今後も同様の措置が取れる確証はない。多くの即売会が、必ず開催できるという確証を持てないのが現状である。

 こうした状況の中でも、いくつかの即売会は、考えつく限りの対策を実施した上で開削を告知している。対策の方法は様々だ。マスクや消毒の徹底を呼びかけるのは当然だが、行列は感覚を1メートル以上あけるとか、不特定多数が手に取る見本を置かないようにすることなどを挙げている即売会もある。ただ、この負担は極めて過重だし、東京ビッグサイトで開催されるような極めて多人数が集まる規模になると不可能である。単なる販売のためだけではない、作者と読者が交流する場としての、同人誌即売会はいま危機に瀕しているといえる。

 こうした状況を受けて、メディアでは即売会主催者や印刷会社の苦境がたびたび報じられるようになっている。そうした報道は概して収益の減少と業界の危機を語るばかりで、その次の一歩に踏み出すものは少ない。同人誌即売会に限らず5月頃はまだ「コロナが開けたら……」という淡い期待があった。でも、緊急事態宣言後も再び感染者数が増加する中で、この状況は年内どころか数年に渡って続くことが予感されている。つまり、来年も再来年も、これまで参加してきたような同人誌即売会が回帰することはないと覚悟を決めなくてはならなくなっているのだ。

◆ある古参に聞く、同人誌即売会の活路

 この記事を書くにあたって考えたのは、この未曾有の危機をどう乗り越えていくかということである。主催者や印刷会社に、現在の危機を尋ねてお茶を濁す記事ではあまりに凡庸だと思った。

 それを尋ねるに値する人物は誰かと考えて、ある人物のことを思い出した。自分の知りうる限り、もっとも古くからコミケに参加していて、ほとんど欠席したことがない人物である。いや、本来なら「○○さんに話を聞いた」として記事が始まるのだが、本人から「自分の名前を出す必要はないと思う」と、強く固辞された。なるほど、当人の名前がでると古くから同人誌の世界に関わっている人として、発言が別の意味を持ってしまうかも知れない。そう思って、そこは食い下がることなく、話を聞くことにした。そして、出てきたのが、この文章の冒頭に記した言葉であった。

 今SNSを眺めていたりしてみると、冬のコミケまで中止になった状況には、大きな話が目立つように見える。開催ごとに数十万の人間が集まるということや、そこで動く金額の規模に触れて、その巨大な「業界」を、どうやって維持していくべきかといったような話である。でも、この人物……文章を円滑に進めるために仮にYさんとしておこう……は、違った。どんなに大きな同人誌即売会でも、まだ小さな会場に数百人が集まる程度だった時代を知るYさんは、どうやってこの文化を守るかの具体的な策を提示しているのだ。

◆「同人誌」の原点に立ち戻ること

「主催者はまだなんとかなると思うけど、印刷所は維持しなくちゃいけない。だから、いまやることは変わらず同人誌を作り続けることでしょう。コロナが治まるまでは、規模の大きな同人誌即売会を開くことはできないでしょう。でも、そうやって維持していれいば、また再開できるじゃないですか」

 

 そしてYさんは、大規模な同人誌即売会が無理なら、自分の手で開けばいいというのだ。

「自分の家で10人くらいが集まる交換会。そんなのを全国でやることはできるでしょう。もう少し規模を拡げて、10サークルくらいが、ソーシャルディスタンスしながら集まるくらいだったら個人でも主催できる……そう、自分が代表になればいいんですよ」

 コミケをはじめとした同人誌が「業界」と称するような利潤を目的とした、巨大な市場になっているのは否定できない事実である。一方で同人誌文化は、商業誌では利益のでないようなもの。あるいは商業誌ではできないような表現に挑戦する一種のカウンターカルチャーとして発展してきたという経緯があると思う。経済規模だとか、社会的に価値があるものなんてことは関係なく、自分のやりたいことを、なんの制約もなく表現し、人に見てもらう。そして、まだ見ぬ「同志」と出会う場が同人誌即売会の意義といえる。SNSでも、毎日のように様々なマンガやイラスト、文章などが話題になっていることから、も明らかだが、新しい表現したい、みたいという欲求は利潤とは別のところにある。

 コミケが中止になったことから巻き起こっている騒ぎは、いかに年2回のコミケの開催に作者も読者も依存してきたかを示していると思う。これまで、年2回コミケがあることが当たり前というルーティーンの中で展開されてきた同人誌文化。もしも、本当に文化を守ろうとするのであれば、できる形で個々人が同人誌をつくり、頒布する方法を考える。それがアフターコロナの世界で、再び同人誌即売会が栄える爆発力になるのではないか。

◆それでも横たわる多くの障壁

 そんな理想も思い描かれるが、それは簡単な話ではない。やはり、交流のための場をつくるには困難もあるからだ。

 あるイベント主催者からは、こんな話も聞かれた。

「以前、オタク系の催しのために同人誌即売会によく開催されている展示場に申込みをおこなったところ、断られてしまいました。展示内容にアダルト系があるから駄目だというのです。同人誌即売会でもアダルト系はあるわけですから、そこを尋ねてみたところ<同人誌即売会は、前例があるから認めざるを得ないが、本当は許可したくない>というのです。同人誌即売会も、なんらかの中断により前例から外れてしまえば、簡単に施設を貸してくれない扱いになる危うさがあると思いますよ」

 あたかも巨大な市場を持つ産業という幻想が打ち砕かれた今、文化としての同人誌をどうやって維持していくか、改めて同人誌を愛する人々皆が考える時期になっているのは間違いないだろう。

<取材・文/昼間たかし>

【昼間たかし】

ひるまたかし●Twitter ID:@quadrumviro。

ルポライター。1975年岡山県に生まれる。県立金川高等学校を卒業後、上京。立正大学文学部史学科卒業。東京大学情報学環教育部修了。ルポライターとして様々な媒体に寄稿、取材を続ける。政治からエロ、東京都条例によるマンガ・アニメ・性表現規制問題を長く取材する

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