トランプ大統領に「スパイ機関」と名指しされ、ネットでも大荒れの「孔子学院」。1年間通ってみたらこうだった

トランプ大統領に「スパイ機関」と名指しされ、ネットでも大荒れの「孔子学院」。1年間通ってみたらこうだった

ロシアの都市、カザンにある孔子学院 photo by NChutchikov / Shutterstock.com

◆米政府に「スパイ養成組織」と名指しされた「孔子学院」

 いま、にわかに「孔子学院」が注目されている。孔子学院とは中国政府が諸外国の大学などと連携し、中国語や中国文化の教育をおこなう機関。日本では早稲田大学や立命館大学など15の大学に設置されている。

 この機関がにわかに注目を集めたのは、激化する米中間の対立が原因だ。

 8月13日に、ポンペオ米国務長官は、アメリカ国内に75ある孔子学院を中国政府の在米公館と同じ「外交機関」に認定すると発表した。この認定で孔子学院が閉鎖されるわけではないが、運営や資金などを国務省に定期的に報告することが義務づけられることになる。

 アメリカ政府が今回の措置に踏み切ったのは、米中対立の中で、これまでもあった中国政府が孔子学院を通じて、プロパガンダやスパイ活動などをおこなっているという批判者の声を採用したものだ。発表の中でポンペオ国務長官は「孔子学院は中国政府が資金を出しており、中国共産党の宣伝や影響力拡大のための組織の一部だ」として、こうした批判を裏付けるようなコメントをしている。

 このアメリカの措置を受けて日本国内でも、Twitterなどで孔子学院に対して「中国共産党のスパイ養成組織」「今すぐ閉鎖すべし」とアメリカの動きに続くべきという声が多く見られるようになった。政治家の中にも佐藤正久参議院議員(自民党)が「日本にも確か15の孔子学院が大学内に設置。以前から問題になっていたが、状況を確認する」など、アメリカに追従した措置を支持することを匂わるツイートをする者も出てきている。

 日本語でも、ネットの情報だけを見ると孔子学院の評判は、この上なく悪い。なにしろ、「スパイ養成組織」どころか既に大胆なスパイ網が広がっているとか、プロパガンダが行われているとか。そして、孔子学院を設置している大学はすでに中国共産党の影響下にあるのだという。まるでショッカー日本支部みたいな風評の孔子学院。Twitterなんてみていると、よい評判というのはまるで見つからない。

 そんな恐怖の組織が日本の大学の中に巣くっている。でも、実際に筆者が訪ねた孔子学院は……まったくそんなところではなかった。

◆なぜ筆者は「孔子学院」の門を叩いたのか?

 取材に出向いて「あの〜おたくはスパイですか」と訊ねたわけではない。もう、一年ほど中国語を学びに通っているのである。

 きっかけは、昨年、何度か取材をしているゲーム制作者が中国の同人誌即売会でゲームを売るというので、同行することにしたことだ。作っているのはマニアックなアダルトゲームなのに、最近はsteamを通じて中国語版のほうが売上がよいという。見聞として「いったい、どんなヤツが買いに来るのか」を見たかったのだ。

 日本の同人誌即売会とは違う雰囲気は楽しかったが、困ったことがある。言葉が通じないのである。今どき中国でも英語は通じるだろうと、たかをくくっていたのだが、存外に英語が通じる人は少ない。華やかなコスプレイヤーも多く、たくさん写真を撮ったのだが、「目線下さい」ってなんていえばいいかわからないので、単に無様に撮影しているオッサンである。

 ここはネタの宝庫、再び来ることもあるだろう。そこで、ニーハオくらいしか話せないのではどうしようもない。そう考えた筆者は、帰国後、さっそく独学で中国語の勉強を始めた。同じ漢字文化圏なので字面の意味はわかるが発音が重要なのが、中国語学習の問題点。仕事で中国語を使う機会が多い人からも「発音は独学は無理だよ」という意見も聞いて、学校に通って学ぶことした。なお、この間、コミックマーケットに参加するために来日した中国人コスプレイヤーの前で中国語を話したら「発音が全然ダメ……」と呆れられたことも、原動力になっている。

 そして、ここと決めたのが某大学の孔子学院が都内で開講している中国語講座である。決めた理由は授業料の安さと交通の便である。そして、当時からネットで検索すると「スパイ組織」という風聞ばかりが目立った孔子学院がどんなところが見てみたいという気持ちもあったのだ。

◆1年ほど中国語を学びに通ってみた実感

 平日夜の授業の顔ぶれは、授業では物足りないと受講しているその大学の学生と、あとは社会人。「中国語は発音が重要です。発音が重要ですから中国人はうるさいんですよ」と、笑ってよいのかどうかわからないネタを話してくる、中国人講師に促されてまずは自己紹介。講師は「みなさんは、中国にいかれたことがありますか?」と受講生に話を振る。

 ここで筆者の隣に座っていた女性がにこやかに、こう話したのでちょっとのけぞった。

「はい、台湾にいきました!」

 

 政治的に微妙な問題のような気もするが、講師も受講生も誰も気にしている風はない。

 授業を重ねるうちに私語も交わすようになったので、色々と訊ねて見た。受講している理由は仕事が販売業で中国人客が増えているとか、なにか語学を勉強しようと思って選んだという、ふんわりとした人が中心。なによりSNSで書かれているような悪評を、ほとんど見たこともない人ばかりだった。

 授業は教科書を元に会話と発音を中心に進んでいく。しかし、いくら授業に参加してもスパイ化工作は始まらない。それは冗談としても、中国共産党のプロパガンダもまったく始まらない。ここまで一年ほど授業を受けたが、毛沢東の話はこっちから観光地になっている毛沢東の生家の話を振ったら出た。けれども習近平もケ小平も一度も話題になったことはない。そんな露骨な方法以外に、巧妙に中国の主張を支持させるような話題が出てるかといえば、そんなこともない。

 この一年、ひたすら講師の口から繰り返されているのは「その発音違う」「もう一回」「そこは半三声」「一声はもっと高いよ」くらいである。

 見ると聞くとでは違う、その実態。まさにネットのあちこちに溢れている、自分と異なる意見を持つ「敵」と見做すものを、悪魔的に肥大化して脅威として喧伝する手法、そのままなんじゃないかと思う。

◆真に脅威なのは「教育に対する投資の姿勢」

 こうして親切な指導で学んでいることで、次第に中国に対する親しみを持つこと事態がプロパガンダの餌食になっているといわれれば、その通りかも知れぬ。実際、こうして記事を書いているわけで。とはいえ、文化事業や語学を通じて自国に対する支持層の獲得していくのはあらゆる国が行っていること。中国の脅威があるとすれば、中国の他国に対するこうした施策が、強大なことであろうか。例えば、孔子学院では事業の一環で中国に留学する学生のために奨学金制度を実施している。この中で、もっとも手厚いものだと中国本土の大学の本科生として学費は4年間にプラスして毎月生活費も支給とある。

 孔子学院を設置する大学のメリットも極めて大きい。孔子学院は、日本の文部科学省に相当する教育部の下部組織である国家漢語国際推広領導小組弁公室(漢弁)が管轄している。開設にあたって漢弁は開設資金を提供。また助成金は最初の3年が原則とされているが、それ以降も支払われる場合もあるとされる。さらに、中国人教師の給与および海外生活手当の全額または相当額も負担してくれる。こうした手厚い施策が世界各国に向けて国家的な政策として実施されている。その巨大さが対立を孕む国々には脅威として見えていることは否めない。

 もちろん、筆者のような吹けば飛ぶような物書きが、ネットで喧伝されているようなスパイ活動やプロパガンダ活動を「ない」とも「ある」とも断言し尽くすことはできない。もしかしたら、自分以外の生徒はスパイ養成されているかもしれない。ただ、1年間通って勉強している身で実感することは、スパイ養成機関だとか工作活動の拠点なんて非難は荒唐無稽だと思うってことだ。

◆わざわざ「危険な組織だ」と噂される公然拠点を構えるメリットはない

 少し前に、友人の中国史研究者(訪中できなくなるので匿名である)と話す機会があった時にも、こんな話になった。

「ネットじゃあんなに書かれてるのに、まったくスパイの勧誘が来ませんよ」

「当たり前じゃないですか、本気で信じて通ってたんですか?」

 彼の話は明快だった。どこの国でも、その国の言葉に堪能な中国人がいないところはない。日本に限っても、わざわざ語学教室にカモフラージュして、日本人をスパイに養成するよりも、日本語が堪能な留学生にバイトさせたほうが効率的だ。わざわざ「あそこは危険な組織だ」と噂される公然拠点を構えるメリットはないのだ。

 ただ一方でこんな話も。

「研究者の中にも、あの人は中国から資金提供を受けていると噂される人がいます。特に、戦時中の日本軍の戦争犯罪に関する資料を収集しています。中国本土では日本の戦争犯罪の証拠となる資料が極めて少ないために、将来の利用価値を考えて資金を提供し収集しているのではないかともいうのです」

 日本では公文書を廃棄することが一種の”流行”だが、中国では歴代王朝が滅亡するたびに次の王朝が先代王朝の文書を確保し歴史をまとめることが行われてきた。「正史」を記述することで、その後継である王朝の正当性を主張することができるわけだ。辛亥革命後の『清史』は、国民政府が一旦は刊行。中華人民共和国では国家清史編纂委員会による編纂が行われ、そろそろ刊行が始まるようだ。こうした、巨大なスケールの動きも驚異と捉え、孔子学院へのあらぬ妄想を肥大化させている理由かも知れない。

◆本土在住中国人Twitterアカウントは工作員!?

 いずれにしても、一連のトランプ政権への追従に過ぎない中国への批判がネットで拡大していく背景にあるのは、日本があらゆる意味で疲弊し衰退しているからかも知れない。

 この記事を書くにあたって、SNSを眺めていると、また驚くものがあった。ネット検閲の厳しい中国ではTwitterやFacebookは使えない。だから、Twitter上にある本土在住の中国人のアカウントはみんな中国共産党の工作員だというものだ。確かに禁止はされているものの、VPNを使えば中国国内からのアクセスは可能で、Twitterを使っている中国人も少なくない(もっとも、いつも快適に接続とはいかない)。中には、そのことは知っているのか、「VPNを使えるのは中国共産党員だけ」というようなことを書いている人も。昨年取材した、中国人のコスプレイヤーが日々、Twitterで少々過激な自撮りをアップロードしているのだが、あの娘は工作員だったのか……。

 所詮、中国への過激な非難はアメリカの傘の下での従属を前提にしたもの。終戦の日に靖国参拝した閣僚の一人も対米従属の打破を叫べない現状では、語学学校を「スパイ機関」などとSNSに書き綴ってカタルシスを満たすしかないのだろうか。

<取材・文/昼間たかし>

【昼間たかし】

ひるまたかし●Twitter ID:@quadrumviro。

ルポライター。1975年岡山県に生まれる。県立金川高等学校を卒業後、上京。立正大学文学部史学科卒業。東京大学情報学環教育部修了。ルポライターとして様々な媒体に寄稿、取材を続ける。政治からエロ、東京都条例によるマンガ・アニメ・性表現規制問題を長く取材する

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