85歳以上の日本の「長老」たちが不戦を掲げて立ち上がったワケ

85歳以上の日本の「長老」たちが不戦を掲げて立ち上がったワケ

東アジア不戦推進機構代表発足記者会見。元早稲田大学総長の西原春夫さん(92歳・左)、 元東京大学総長の有馬朗人さん(90歳)

◆最後の戦争世代が不戦の訴え

 8月12日、都内で「東アジア不戦 推進プロジェクト」の提言を発表する記者会見が行われた。提言者には、各界を代表する85 歳以上の有識者たちが「長老」として名を連ねた。

 彼らが掲げた提言は次のようなもの。

《提言の内容》

1:東アジア全首脳の共同宣言

 私たちは、戦争時代を直接体験した最後の世代に属する者として、まずもって東アジアの全首脳が次のような共同宣言、又は個別同時の宣言を発出することを提言する。

 (1)あらゆる対立を超えて人類全体の連帯を図り、人類絶滅の危機を回避するよう努力する。

 (2)少なくともまず東アジアを戦争のない地域とする。

2:日本国政府のこの宣言への参加を熱望する

3:東アジアの政府を動かす運動を切望する

4:東アジアのみならず、ほかの地域の戦争放棄に一歩近づけたい

 85歳以上といえば、戦争を知る最後の世代と言える。彼らはなぜ今、東アジアの不戦を訴えるのか。発案者であり元早稲田大学総長の西原春夫氏(92歳)に詳しい話を聞いた。

◆日本の「長老」が不戦を呼びかける

―― 西原さんは自ら呼びかけて「東アジア不戦プロジェクト」を立ち上げました。

西原春夫氏(以下、西原):私はここ数年の国際情勢を見ながら「危ない」と感じていました。冷戦終結後、世界は平和になるかと思われた。しかし冷戦の勝者である自由主義国陣営の中から新自由主義経済のグローバル化が始まり、地球規模の格差拡大や環境破壊、温暖化などの現象が顕在化しました。

 こうしたグローバリズムの反動として、各国では個人や国家の独自性を強調する傾向が生まれ、EUの移民問題やブレグジット、トランプ現象、中国の膨張主義に象徴される排外ナショナリズムや一国中心主義が台頭してきました。「世界は戦争に向かっているのではないか」という憂慮は深まるばかりでした。何かをしなければいけない。

 その時は突然来ました。2019年5月16日午前5時にふと目覚めた私は、突如、落雷に打たれるかのように閃いたのです。「東アジア不戦条約を結び、まずもって東アジアを戦争のない地域にしよう」と。

 しかし、あまりに突飛な構想なので自信はありませんでした。そこでこの考えを友人知人に打ち明けると、みな一様に「やるべきだ。やろう!」と賛成してくれました。その中で、すでにASEAN諸国が主導した「東南アジア友好協力条約」という不戦条約が存在し、日本、中国、韓国、北朝鮮などアジア諸国はもちろん、米ロなど世界主要国も批准していることを知りました。

 それではどうするか。そう頭を悩ませていた7月6日、再び突如として閃きました。「2022年2月22日22時22分22秒に、まずもって東アジアの全構成国の首脳が不戦宣言を行う、という提言をしよう」と。

 最終的には旧知の友人である福田康夫元総理に相談した結果、東アジアの全構成国の首脳に不戦宣言を行うよう提言する「東アジア不戦推進プロジェクト」を立ち上げることにしたのです。

 それを提言するのは、85歳以上の「長老」の方々が望ましいのではないか。戦争を経験した日本の長老が自らの経験に基づいて不戦を訴えることほど説得力のある方法はありません。ご縁のある方に声をかけた結果、大正11年生まれの瀬戸内寂聴さん(作家・宗教家)を最年長として、約20名の方々が「長老」として提言者に名を連ねてくださいました。

 その一人である茶道裏千家大宗匠の千玄室さんは大正12年生まれで、特攻隊の生き残りでもあります。千玄室さんは亡き戦友と沖縄線の犠牲者に対する鎮魂の念を強く抱いており、「戦争は絶対にいかん。茶道家の自分に何ができるか。茶道で戦争を超えた心境に達する、そういう茶の心を持つ人を増やす、それによって戦争を食い止める。そういう思いでやってきた」とおっしゃっていました。「長老」の経験や思いはそれぞれです。しかし、「戦争は絶対にいけない」という問題意識は全員に共通しています。

 世界で対立が深まる今、東アジア不戦推進プロジェクトの設立を宣言し、世界に対して「人類の連帯」と「戦争放棄」という希望の旗を掲げることができた意味は決して小さくないと考えています。

◆「対立」の解決は困難でも「超克」はできる

―― 確かに「人類の連帯」と「戦争放棄」は人類の理想です。しかし、この理想は実現可能なのですか。

西原:戦争の原因は「対立」です。確かに対立を「解決」することは困難です。しかし「超克」することはできる。2と3が対立しているならば、6という共通分母を見つければいい。それによって2と3は対立を「解決」できなくても「超克」によって和解することができるのです。

 たとえば、現在米中の対立が激化しています。その対立を超克するには、米中の共通分母あるいは共通の利益を設定すればいい。仮に宇宙人が攻めてきたら、米中で対立している場合ではありません。

 すでに現在は新型コロナウイルスという人類共通の脅威に脅かされています。今後、地球温暖化の影響で新型コロナ以上に恐ろしいウイルスが誕生する可能性は否定できないどころか高まっている。

 確かにコロナ危機により、世界では排外ナショナリズムや一国中心主義、国家同士の対立に拍車がかかっています。しかし、他方、コロナ危機は人類共通の課題として、人類を結びつけるチャンスでもあるのです。

◆不戦の訴えは日本の使命である

―― 西原さんの体験や思いはどういうものですか。

西原:私は治安維持法が改正され、張作霖爆殺事件が起きた昭和3年に東京で生まれました。日本がまさに戦争へ転がり落ちる時代に生まれたのです。

 昭和11年2月26日には大雪のなか小学校に行きましたが、休校の張り紙がしてあり、首を傾げながら家に帰ると家族が騒いでいました。二・二六事件の時、目の前で父親を殺された渡辺和子さん(元ノートルダム清心学園理事長)は姉の同級生であり、子供心に「大変なことが起きた」と身震いした記憶があります。翌12年には日中戦争が始まり、16年には太平洋戦争が始まりました。

 昭和19年にはサイパン、グアムが陥落して本土空襲が現実味を帯びました。当時、私が住んでいた武蔵野には、中島飛行機株式会社の武蔵製作所という国内最大級の工場があり、本土空襲の時は真っ先に狙われると言われていました。しかし、武蔵野消防署の消防隊員はみな兵隊に取られていて、いざという時に消防活動ができない。そこで、私が通っていた中学校の中から運動神経の良い生徒を20人選んで、臨時の消防隊員にすることになりました。私もその一員に選ばれて同級生たちと消防訓練に励みました。

 そして同年11月から武蔵製作所を標的とする空襲が始まり、爆弾や焼夷弾が降り注ぐ中で消火活動に走り回りました。出動命令が発令されて飛び出した数十秒後に元いた場所に爆弾が落ちるなど、ギリギリのタイミングで命拾いしたこともあります。

 しかし学徒動員で工場に働いていた妹は工場内で結核をうつされ、終戦後に亡くなりました。妹も戦争犠牲者です。兄として妹を救えなかった、戦争さえなければ幸せな人生を送っていたと思うと、今でも胸が締め付けられます。

 そして昭和20年8月15日が来ました。当時17歳だった私には、8月15日は単に戦争が終わった日、日本が敗れた日ではありません。それは、自分の価値観が根底から覆された日でした。

 その日を境に、それまで善とされてきたことが悪になり、それまで悪とされてきたことが善になった。多情多感な時期に、価値観の激烈な転換を強いられる苦痛は想像を絶するものです。「騙された」と思いました。「大人は我々を騙した。もはや誰も、何物も信じられない。信じられるのは自分だけだ」と。それから怒りが湧いてきた。「戦争で罪もない民衆が命を落とした。俺の妹も命を落とした。誰がこんなバカげた戦争を起こしたのか。絶対に許せない」と。

 それ以来、「名目如何を問わず、戦争は絶対にいけない」という信念が血肉化されました。同時に「全員が正しいと思っていることはどこか間違っている」という違和感も骨肉に刻み込まれた。そういう言説はどこか胡散臭い。しかし不戦だけは絶対に正しい。なぜなら、戦争はそれこそ絶対的な価値を持つ「生命」を奪うものだからだ。そう確信しています。

―― 今後はどのような活動に取り組むのですか。

西原:まずは日本国内で不戦の理念を呼びかけていきたいと考えています。具体的には、メディアを通じて国民に対する発信を行いたい。日本国民は必ずや呼応してくれるはずです。また、次世代を担う「若者の会」や超党派の「東アジア不戦推進議連」を作りたい。不戦は与野党の共通分母であり、超党派議連も「超克の論理」で実現できるはずです。

 その次はアジアに呼びかけます。マレーシアのマハティール前首相など、東アジアの長老たちと連絡を取り合い、具体的な組織を作りたい。中国やベトナムなど社会主義国の場合、民間の長老が国策を提言することには難しい部分がありますから、その点に配慮しながら進めていきたいと考えています。

 最終的には世界です。たとえば、日本がドイツに呼びかけ、ヨーロッパの全構成国の首脳が不戦を宣言するよう努力してはどうか。その次は南北米大陸、その次は……という形で、不戦の理念を広げていければと願っています。

―― しかし、そもそも日本は戦争を始めてアジアに戦災をもたらした国です。

西原:だからこそ説得力があるのです。いかなる名目があろうとも戦争は絶対に起こしてはならない、このことを最も説得力をもって主張できるのは、かつて自国の名目を掲げて戦争を始めて他国に甚大な被害を与え、自らも大きく傷ついて敗れた国ではないか。その後過去の反省の上に立ち、戦争放棄を憲法の中に明言して、平和国家として戦後の歴史を歩んできた国ではないか。

 世界に不戦を訴える、これこそ天に与えられ、歴史に授けられた日本の使命です。

(8月9日、聞き手・構成 杉原悠人)

<提供元/月刊日本2020年9月号>

【月刊日本】

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