「ステロイド注射で筋肉増強」を謳うクリニックは倫理的に大丈夫なのか?

「ステロイド注射で筋肉増強」を謳うクリニックは倫理的に大丈夫なのか?

Elias Sch. via Pixabay

◆フィットネスクラブの広告のようなクリニックの広告

 ここ最近、InstagramやFacebookなどを中心に驚くような広告を頻繁に見かけるようになった。

 それは、だらしない体型の中年男性の写真と、見違えるようにたくましくなった同じ男性のBefore/After写真を使った広告だ。ダイエットに特化した某パーソナルジムチェーンの広告ではない。メンズ専用のエステチェーンの広告でもない。

 実はこれ、「男性ホルモン(テストステロン)補充療法」を利用して「筋肉増強」を謳うクリニックのもの。

 男性ホルモンを注射して筋肉増強? いや、それってどう考えてもドーピングでは……。

 その広告を見てみると、施術名は「男性ホルモン補充療法」で、コースが「筋肉増強コース」とあり、治療内容としては「サスタノン」及び「デカデュラボリン」注射を3ヶ月間投与するというものらしい。料金は約20万円(*コース名は実際のものと変えています)

 「デカデュラボリン」とは、ドーピングの代名詞とも言える筋肉増強剤の製品名で、いわゆる一般人が思い浮かべる「ステロイド」(アナボリックステロイド)である。その主成分であるナンドロロン(19-ノルアンドロステロン)はWADA(世界ドーピング禁止機構)の禁止薬物リストに明記されている。

 「サスタノン」も同様で、4種類のテストステロンを含有したアンドロゲンおよび同化ステロイド薬で、とあるサイトの説明によれば「ロシアのエリートアスリートによって約40年間使用されてきた成分を配合」しているという。

 同クリニックのサイトには、一応、副作用として「にきび、体毛増毛、薄毛、多血症、肝機能低下、女性化乳房など」とは書かれている。ちゃんと書いてあるだけマシだが、これらの副作用は、昔からよく言われる「アナボリック・ステロイドの副作用」定番コースである。

 アスリートならばまずアウトになるこの施術。クリニックのサイトにも「プロ・アマ問わずスポーツ選手の治療をお引き受けできません」「当院はアンチ・ドーピングを推進しています」と書いてはいるものの、一般人相手だからといって「筋肉増強コース」などとフィットネスクラブのキャッチコピーのような手軽さで宣伝してもいいものなのだろうか……。

◆「テストステロン補充療法」とは? そしてそのリスク

 まず、テストステロン補充療法というものは何なのか? 太融寺町谷口医院の院長である谷口恭医師は次のように説明する。

「テストステロンとは男性ホルモンの主成分で、一言で言えば『男らしさを維持するホルモン』です。加齢に伴いテストステロンが少なくなると、性機能障害(ED)、気分障害(抑うつ状態)、認知機能の低下、筋肉量の減少、内臓脂肪の増加、メタボリック症候群のリスク上昇、骨密度の減少などが生じます。

 テストステロン補充療法は注射もしくは外用薬で加齢と共に減少したテストステロンを補う治療法です。ちょうど女性の更年期障害でおこなうホルモン補充療法(エストロゲン補充療法)と似ています」

 男性更年期や男性ホルモン減少によるうつ病治療の一環として行われることもあるものだ。しかし、深刻な病気に対する治療行為としてならばともかく、「いい体になりたい!」程度の目的で行うにはリスクが高すぎるという。

「確かにアメリカでも『中高齢の男性を"元気"にする。気分が晴れやかになり、勃起力も回復する!』などと喧伝され、一時期"ブーム"になりましたが、すでに過ぎ去っています。というのも、2014年にFDA(米食品医薬品局)が、その危険性について警告を発表したからです(参照:FDA)。『テストステロン補充療法により、脳卒中、心臓発作、および死亡のリスクが30%増加する』という結果がでた研究を引き合いに出して注意を促しているのです。また、深部静脈血栓症のリスクになるという報告もあります(参照:JAMA)」

◆説明されないリスク。野放図状態の日本

 そうした研究結果以外でも、「アナボリック・ステロイド」を外部から投与することでホルモンバランスが崩れ、男性の乳房が女性化したり、あるいはあくまでも俗説だが性格に変性を来す「ロイドレイジ」の存在は、少しでもウエイトトレーニングをやったことがある人間であれば、一度くらいは聞いたことがある「常識」だ。

「ところが、不思議なことに、少なくとも私が知る限りでは先述したような危険性を説明している医療機関や医師が少ないようです。ある患者さんによると『前立腺がんのリスクはない』ことは延々と聞かされたのに、先述したような心血管系疾患のリスクはまったく説明がなかったそうです。女性のHRTの場合は血栓症のリスクを説明されていない患者は(ほぼ)いませんが、男性のテストステロン補充療法では同様のリスクが説明されていないのです」

◆「フィットネス系YouTuber」人気の陰で

 こうした流れは、昨今You Tubeなどで「フィットネス系YouTuber」が人気を集めている状況も背景にあるのではないかという指摘もある。コンテスト経験もあるボディビル愛好家はこう語る。

「最近、You Tubeなどで人気を博しているマッチョ系YouTuberについて、昔からのボディビル界では苦々しく思う声が浮上しています。僕ら真剣にトレーニングをしているトレイニー(トレーニング愛好家のこと)は、厳しい食事管理や健康管理をしっかりした上で、高負荷のトレーニングをして身体を作っています。しかし、一部のYouTuberは、本当はステロイドを打っているにも関わらず、それを隠した上で食事やトレーニングの動画をアップしたり、セミナーを行って、『あなた達も僕らのようなトレーニングや食事をすればこの身体になれます』と謳っている。言葉は悪いけど、あれは詐欺にも近い。残念ながら、そういう人たちがサプリメーカーの広告塔になったりするケースもある」

 「手軽に痩せたい」という欲望は昔から存在していたが、マッチョな身体も手軽に……と、テストステロン注射をしようと思う人がいるとはにわかに信じがたいが、ロッカールームで声をかけてくる怪しげなプッシャーではなく、医療機関がやっていたら……。ドーピングチェックがあるアスリートでもなく、副作用などの知識にも疎い人は手を出してしまうかもしれない。もちろん、日本においてテストステロン注射は別に非合法ではないし、テストステロン補充療法も男性更年期障害などには有効な治療法の一部ではあるだろう。しかし、単に「いい体になれる」というような謳い文句には、倫理的に疑問符が付いてしまう。

◆テストステロンは自分で出せる!「マッチョ」に近道なし!

 こうした医療機関がテストステロン補充を推奨し、流行になってきたのはここ数年来のことだ。しかし、ここまで露骨に「肉体改造に!」などというコピーで喧伝している医療機関を見るようになったのは、最近のことだ。

 前出の谷口医師はこう語る。

「推奨する医師はテストステロン補充療法を実施して諸症状が改善しQOLが上昇した患者さんを診ているからでしょうか。しかし保険適用がない治療がこれだけ推薦されていることに違和感を覚えます。女性のHRTは乳がんや血栓症のリスクがあるのは明らかですが、保険適用の治療法です。

 ある患者さんが『テストステロン補充療法を始めてから調子がいいのでやめたくはない。だけどお金が続かない』と言っていました。この患者さんに心血管系疾患のリスクの話をすると『高額でそんなリスクがあるのならやめる』と決断されました。その患者さんは運動を開始し、今も元気に過ごされています。適切な運動により天然のテストステロンが体内で増えることを先に知ってもらいたいと個人的には思っています」

 そう、加齢によってテストステロン値が低下したとしても、適切な運動を行い、十分な睡眠を取り、ストレスを避けることで自分の体内で作り出すことは可能なのだ。クスリでそれを獲得するより、はるかに本当の意味で「健康にいい」し、「フィットネス」である。

「いい身体」を目指すのには、地道なトレーニングと栄養管理や休息こそが王道だということを忘れないようにしたい。

<取材・文/HBO編集部>

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