薬物所持逮捕者の出演作配信停止という「過剰反応」。その根源は何なのか?

薬物所持逮捕者の出演作配信停止という「過剰反応」。その根源は何なのか?

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◆伊勢谷容疑者の出演作が次々と配信停止に

 各種報道でも盛んに言及されている通り、2020年9月8日に俳優の伊勢谷友介容疑者が大麻取締法違反の容疑で警視庁に逮捕された。

 この影響を受け、伊勢谷容疑者とエージェント契約を結ぶ芸能事務所の「カクトエンタテインメント」は契約解除の方針を示した。

 SNSやワイドショーでは伊勢谷容疑者に対する非難や失望の声が数多く上がっているが、世論に異を唱える著名人も少なくない。同じく俳優の窪塚洋介氏は、SNS上で「誰も被害者のいない犯罪を犯した者に対して、皆でよってたかって石を投げている日本国民特有のその姿が気持ち悪い。(法律上、犯罪は犯罪なのでそこに異論はありませんが、更生しやり直す可能性やその意志の芽まで摘むような所業はどうかと思います。)」とコメント。

 同時に、伊勢谷容疑者個人の問題ではなく、“そもそも大麻の所持、使用を罪に問うことは適当なのか”という問題にも言及している。実際、この事件を機に「大麻合法化」をめぐる議論も盛んになっている。

 本記事ではこのような議論に論点を当てはしないが、伊勢谷容疑者の逮捕に対する反応が必ずしも非難一色でないことは注目に値する。

 では、筆者は伊勢谷容疑者の逮捕をめぐるどのような点に異を唱えたいのかといえば、各種報道で言及されている「伊勢谷容疑者が過去に出演した作品の映像配信を停止した」という部分だ。

 NHKはドラマスペシャル『白洲次郎』、大河ドラマ『龍馬伝』といった作品の配信を停止。TVer社は、9月5日に完結した日本テレビ放送のドラマ『未満警察 ミッドナイトランナー』最終回の配信も配信サービス「TVer」上で停止した。

◆薬物使用自体は「直接的な被害者がいない」罪

 過去にも同様のできごとがあった。2019年にピエール瀧氏がコカインの使用で逮捕されたときは、所属するバンド「電気グルーヴ」の音源・映像作品がただちに配信停止、在庫回収という事態に発展した。俳優や声優、タレントとしても活動していたことから自粛の影響は各方面に波及した。

 しかし、こうした一連の対応は果たして適当だったのだろうか。

 先に引用した窪塚氏のコメントにもあるように、確かに違法薬物の使用は「誰も被害者がいない」という側面もある。筆者としても、仮に伊勢谷容疑者やピエール瀧氏が殺人や強姦といった罪を犯していたら、被害者や遺族の心情をおもんばかって作品の配信を停止するという措置にもある程度納得がいっただろう。

 ただ、実際の問題として違法薬物の使用によって「誰かが直接傷ついた」という事実は確認されていない。伊勢谷容疑者については、一部報道でDVに及んだ過去が報じられているが、言うまでもなく大麻の使用とDVを結びつけることは困難だ。なぜなら、大麻に手を出さずともDVを犯す人間はいくらでもいる。因果関係は証明できないだろう。

 また、「違法薬物に手を出したことで、結果的に反社会的勢力への資金供給につながっており、間接的に他人を傷つけたかもしれない」という批判も考えられる。確かにそうした側面は否定できないが、仮に伊勢谷容疑者の出演した番組を見たとして、すぐに反社会的勢力とのつながりを連想して不快感を抱く被害者は多くないのではないか。この批判も、「配信停止」を正しいと言い切る根拠にはなりえない。

 そもそもの問題として、おそらく伊勢谷容疑者は世間や配給会社といった「社会」が制裁を加えなくても、日本の法律にのっとった罰が課せられるはずだ。伊勢谷容疑者を裁くのは「大麻取締法違反」の罰だけで十分ではないか。もし、それでも彼の罪状が刑罰に対して軽すぎるというのなら、社会的な制裁ではなく法的な制裁、つまり量刑を決定する刑法の見直しをまず考えなければならないのではないか。

◆日本人はダメで、海外の人間が違法薬物を使うのは許されるのか

 上記で違法薬物の使用によって配信を停止するのは過剰な対応だと思う根拠を示してきたが、ここではあえて「違法薬物の使用によって配信を停止するのは妥当な対応」と仮定してみよう。ただし、そのことを前提にすると我々は「ある矛盾」に直面しなければならない。

 「マーベル・コミック」に掲載された原作を実写映画化し、現在では「マーベル・シネマティック・ユニバース」という世界中で愛されるシリーズものの原点となったアメリカ映画『アイアンマン』に出演するロバート・ダウニー・Jrは、過去に薬物依存に陥った経歴がある。しかし、彼はそこから見事にカムバックし、同作のヒットで世界的俳優としての地位を得た。

 もし、彼の薬物依存が発覚した段階で作品の配信停止を含む社会的制裁が科され、俳優としてのキャリアが閉ざされていたら、『アイアンマン』がこれほどの名作になることはなかったかもしれない。

 そして、ロバート・ダウニー・Jrには違法薬物使用の過去があるにも関わらず、『アイアンマン』をはじめとする彼の出演作は現在も動画サイトで配信されている。もし、先ほど触れたように「反社会的勢力への資金提供による罪」で作品の配信停止を正当化するならば、彼の出演作も配信するべきではないだろう。

 さらに言えば、日本で愛されている名曲を手掛けた世界のロックバンドも、メンバーはかなりの割合で違法薬物に手を染めている。例えば、ビートルズはメンバー全員が重度の薬物依存症であったとされ、名盤として知られる「ラバー・ソウル」や「リボルバー」には彼らの「薬物経験」が全面に反映されていると考えられている。

 しかし、言うまでもなく彼らは現在でも日本で愛され続けており、上記のアルバムは日本中のどのCDショップでも購入でき、楽曲配信も停止されていない。

 そう考えると、「なぜ伊勢谷容疑者やピエール瀧と同じ立場にありながら、作品の配信が停止されないのか」という疑問にぶち当たる(無論、「アイアンマンやビートルズの楽曲も今回のように配信停止にするべき」と言いたいわけではない)

 「時代が違うから」「国が違うから」「薬物使用から時間が経っているから」ともっともらしく説明することはできるが、どれも「薬物の使用と配信の停止」を結びつける合理的な説明とは言い難い。

 上記の事実は、むしろ「作品に罪はない」という、配信停止に異を唱える側の主張を補強してしまっているようにさえ感じられる

◆作品の制作に携わった人たちやファンを「連座」させる必要はない

 最後の論点は、作品の配信停止という行為を通じて、作品の制作に携わった人たちやファンを伊勢谷容疑者の罪に「連座」させる必要はあるのか、という点だ。

 違法薬物の使用という罪については、現段階で報じられている限り伊勢谷容疑者個人の罪だ。それにもかかわらず、汗水たらして映像を制作した共演者やスタッフ、作品のファンは、なぜこんな目に遭わなければならないのか。

 もちろん、「共演者はみんな伊勢谷容疑者の大麻使用を黙認していたかもしれない」「彼をキャスティングしたこと自体に責任がある」と批判することはできる。また、「違法薬物を使用すれば、これだけ他人に迷惑がかかる」と、社会的な制裁を通じて、違法薬物使用の抑止力とする効果はあるかもしれない。

 しかし、繰り返すが伊勢谷容疑者の大麻使用は「伊勢谷容疑者個人の罪」であり、周りの人たちがそれに巻き込まれて罰を受けるのは極めて不条理だと言わざるを得ない。

 我々の身近で例えるなら、仕事で「あなたはこのプロジェクトで優れた成果を挙げました。ただ、チームのメンバーが仕事とは関係ないところで薬物を使用したので給料を下げます。あと、プロジェクトの記録は抹消します」と言われているようなものだ。筆者なら間違いなく異を唱えるし、それは読者も同様なのではないか。

 誤解のないように断っておくと、筆者は伊勢谷容疑者個人の罪を擁護するつもりは全くない。大麻の危険性については議論の余地も残されているが、大麻の使用が発覚すればどれだけの人に迷惑をかけるかは十分に理解できていたはずで、彼に対して非難の声が上がるのは道理だとさえ思う。

 「誰も傷つけていない」と言われるが、彼は現時点で現在、過去の共演者やスタッフ、ファンに加えて、社会貢献事業で携わった人たちなどの心を「直接的に」傷つけているからだ。

 それでも、やはり周りの人たち、何より「作品」そのものに罪はないと考えており、それらが罰を受ける現状は看過できない。

◆「配信停止は過剰反応」という雰囲気ができてほしい

 ただ、作品の配信が停止されると報じられたとき、それを不当だと思う人たちは「配信停止を決断した配給側」に非難の声をぶつけがちだ。しかし、それは間違っている。

 当然、多額の資金と時間を投じて制作した作品の配信停止を決断する配給側も苦渋の決断を強いられているからだ。彼らだって望んで配信を停止しているわけではない。一般的な企業であればスポンサーの、NHKはその性格上国民の反応に「忖度」せざるを得ず、作品は配信停止に追い込まれているのだ。

 つまり、筆者のように配信停止を過剰対応だと思う人たちは、スポンサーや国民一人一人が醸し出す「配信停止はやむを得ない」という「世論」に訴えかけていかなければならない。結局、どうして配信停止に追い込まれるかといえば、「配信を停止しろ!」という国民の声に負けているのが原因だからだ。

 そのため、世間が「薬物使用で配信停止は過剰対応なのではないか」という雰囲気を醸し出すようになれば、配給側はむしろこうした声に配慮しなければならなくなる。仮にそうなっても「犯罪者の出ている番組を世間で流すな」というクレームは入るかもしれないが、そこは「対応する必要のないクレーム」として処理してほしい。

 本記事が、そうした世論を形成する一助となれば幸いだ。

<文/齊藤颯人>

【齊藤颯人】

上智大学出身の新卒フリーライター・サイト運営者。専攻の歴史系記事を中心に、スポーツ・旅・若手フリーランス論などの分野で執筆中。Twitter:@tojin_0115

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