愚かな為政者の失政は、優れた専門家集団の統計も予測もぶっ潰す

愚かな為政者の失政は、優れた専門家集団の統計も予測もぶっ潰す

3月時点のトランプ大統領とペンス副大統領。そして、コロナ対策タスクフォースのメンバー photo The White House via flickr(pubulic domain)

◆はじめに

 前回までに、COVID-19パンデミックについて本邦と海外の統計を比較することにより本邦は、二波のパンデミックを経る事でベースライン(Baseline基準線)がもともと米欧の1/100〜1/10程度という謎々効果に守られた東部アジア・大洋州諸国の特徴を失い、6月の西欧並みに増加してベースラインが新規感染者数で4ppm程度となり、且つ漸増中であることを指摘しました。現在ニュージーランド、豪州、韓国は、0.5ppmから1ppm程度のベースラインでありかつそれぞれ大小の第二波の制圧に成功し、ベースラインをもとの0.01〜0.1ppm程度に押し下げつつあります。

 このベースラインという考え方は、筆者だけの考えではありません。筆者は完全に忘れていたのですが、例えばアンソニー・ファウチ博士も5月頃からずっと重視してきており、「ベースラインが高すぎる。私はこのような状況に満足していない。このままでは大変なことになる。」と5月から6月にかけて記者会見だけでなく街や放送局にまで繰り出して説いていました。結果は第二波パンデミックで合衆国は死者数二倍、感染者数は数倍となってしまい、4月の合衆国市民によるたいへんな努力は全てパァとなりました。

 ホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースが事実上機能を失った今、ファウチ博士は神出鬼没で街に議会にメディアに現れ、精力的にベースラインを下げること、マスクを着用することを力説して回っています。先日もCNNに遠隔で登場し、「ベースラインが高すぎる、このままではとんでもないことになってしまう。」と力説していました。79歳のご高齢でこの熱意と献身、専門家としての優れた知見と高い倫理観、頭が下がります。

 また現在、本邦以外の北半球諸国では、「秋の波」または「秋の嵐」と呼称されパンデミックの本番として保健当局、政府は厳戒していますが、この秋のパンデミックについて、既にフランス、英国、スペインでは再度のロックダウンも視野に入れた介入が行われるほどに顕在化していること、合衆国ほか北半球諸国の多くで発生が強く疑われていることを述べました。また南半球では豪州で明確な「秋の波」が発生し、現在終息しつつあることも指摘しています。

 この「秋の波」は、かつて全人類の1/4〜1/3が罹患し、人類総人口の1/40〜1/20が死亡した1918パンデミック(スペインかぜ)の本番であり、春から夏の第一波がたいしたことなく油断した人類に決定的な大打撃を加えた経験から、COVID-19パンデミックでも本邦以外ではこの半年間最も警戒されてきたことと言って良いです。

◆予測の「癖」

 パンデミックとの闘いでは、統計=数字が羅針盤であり海図に相当するたいへんに重要なものです。質が高く、透明性の高い統計があればパンデミックへの対処にはたいへんに有益ですが、本邦の統計は極めて透明性が低く、質も低いと言うほかありません。また、本邦では殆ど市民の目に届きませんが、科学的手法に基づいた予測は極めて重要で、全世界で400近い予測が存在し、評価されています。これらのうち、六つの予測、特にその中でIHME(保健指標評価研究所) 、 YYG(Youyang Gu氏個人による) 、LANL(ロスアラモス国立研究所) 、 ICL(インペリアルカレッジロンドン) の四つの統計分析と予測を筆者は主たる参考にしています。

 これらの予測は、それぞれの予測モデルこそLANLを除きSEIRモデル(感染症数理モデル)ですが、用いるデータ、経験的手法の採用の有無など様々な点で相違があります。そしてそれぞれに癖がありますが、特に長期予測については、統計に立脚した科学的手法であるが故に共通した、または独特の癖があると考えられます。

 筆者は、ホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースがブリーフィングで多用してきた実績のある、IHMEの予測を多用していますが、四月以降IHMEの予測を使ってきた上で注意すべき点がいくつか明らかになってきました。今回からそれらについて特にIHMEの予測について論じてゆきます。

 なお、IHMEはその予測に用いるモデルを3月の予測公表以来2回変更しています。特に5/4に行われた変更では、モデルを全面的に見直しています。本稿では、基本的に六月以降の現行モデルによる予測について述べます。

◆人間の意思による愚行(善行)とその結果は予測できない

 現在トランプ大統領本人による排斥によってホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースによるブリーフィングは実施されなくなっていますが、かつては毎日と称して良い程にペンス副大統領同席でファウチ博士、バークス博士などによりホワイトハウスにて開催されていました。その中でIHMEによる予測は頻繁に使われていました。

 IHMEによる予測で「秋の波」が現れ、報じられたのは、2020/06/11が最初*です。6/10更新の予測に関しては、「秋の波」についてIHMEがプレスリリースをだしています***。6/11ですと、既にトランプ政権により時期尚早な経済再開が開始されて1カ月近く経過し、5/25のメモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)で多くの人がレジャーに繰り出し、この前に多く行われた卒業式もあってファウチ博士らが「このままではたいへんなことになる」と警告を連日発していたときでした。

〈*2020/06/11朝の CNN New Dayで報じられたIHME予測(2020/06/10更新)筆者ツイートより〉

〈**IHME models show second wave of COVID-19 beginning September 15 in US 2020/06/11 Institute for Health Metrics and Evaluation〉

 合衆国における第一波パンデミックから2020/06/15までの新規感染者数の推移を見ますと、5/25-29の間に新規感染者数が最低値となり、高いベースラインのまま反転上昇しています。従って遅くとも5/11には実際の感染者の増加が始まっていることになります。面白いことにこれは本邦と全く同じで、これまで繰り返し指摘してきたように本邦での第二波パンデミックの始まりは5/11頃で、それが統計に表れたのは5/24日前後です。

 この同時期の欧州の10倍を超えるベースラインの高さは、たいへんに危険で、次のパンデミックの規模が大きくなりますし、対応時間も取れなくなります。

 筆者は、2020/05/12に次のように発言しています*。

“合衆国のロックダウン解除は、全人類にとって最高の教材になる。だからみんな注目しよう。午後10:12 ? 2020年5月12日”(筆者Twitter)

 案の定、第二波パンデミックが発生し、8月になり漸く減少に向かわせることができましたが結局終息には至らずベースラインを65ppmから105ppmに跳ね上げさせ、「秋の波」第三波を迎えようとしています。

 繰り返し指摘するように、この合衆国の失敗は、謎々効果によって規模こそ違いますが本邦と全く同じ時期に同じ理由で同じ推移をたどっています。

 ここで疑問です。IHMEは、9月に発生するとしていた「秋の波」を予測できたのに、目前に迫っていた6,7,8,9月に合衆国を混乱と停滞に突き落とし、多くの命を奪った第二波を何故予測できなかったのでしょうか。

 予測はあくまで死者数、感染者数の推移に基づいた数学的なものであり、過去の統計から算出されたその延長でしかありません。「秋の波」は、過去の経験から補正項や補正係数を組み込む半経験的手法により予測されていますが、やはり数学的な処理に基づいています。

 従って、ホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースの専門家の全員が大反対する中、為政者が強い意志を持って介入の撤廃をし、経済再開を強行するという人間の意思に基づく行為(愚行であったり善行であったりする)は予測できません。仮に目の前で進行していても、それによって予測モデルを修正することはないです。

 結果として、合衆国や本邦において行われた政治的意思決定による時期尚早な介入の撤廃=経済再開の様なことが行われた場合、予測は大きく外れることになります。残念なことに合衆国、本邦において行われた政治判断は、大失敗に終わり、本来は無いはずだった第二波パンデミックを6月から発生させてしまいました。

 勿論、統計の変化を取り込むことで、時間がたてば予測は正常化しますが、パンデミックにおいて統計は必ず週単位で遅延するために予測が現実の傾向(トレンド)の変化に追従するのに時間がかかります。この時間が大きいために予測が外れ続けているように見えてしまいます。

 この想定外のトレンドの変化に予測が追従するまでにかかる時間を筆者はこれまでの観察から三週間から四週間と考えています。

 統計に表れる想定外のトレンドの変化は、人間の意思、気まぐれによるものが合衆国と本邦で現れましたが、ほかにも天災などの大規模な自然現象なども含まれます。また合衆国や本邦で見られた政府方針の変化だけでなく、韓国で光復節である8/15に発生したサラン第一教会によるソウル市での5万人大規模ゲリラ集会も該当します。

 統計のトレンドの変化、突発的な統計の激変への予測の脆弱性は、当然起こりえることですが、過去一ヶ月間IHMEほか六種類の予測、評価を観察し分析し続けた結果、「長期予測は統計の大きな変化や質の低い統計に対して脆弱だな」というのが正直な感想です。

 なぜトレンドの大きな変化への3〜4週間の遅延が生じるのか、どのように生じるのかについては、次回以降に論じます。統計のトレンド変化に対してどのように追従が遅延するのかを理解すれば予測をより有効に利用できるようになります。

◆合衆国では大いに活用できた筈のIHME予測

 IHMEによる合衆国の第一波パンデミック予測は、4/1時点で対策した場合(介入した場合)の犠牲は8/4までに10万人から24万人というものでした。筆者は合衆国におけるパンデミックの推移について文献や統計とは別にCNNを放送中は付けっぱなしにすることで、この8か月の間見ていましたが、少なくとも5月末までは低位予測(8/4迄に10万人の犠牲)に近い推移であったと考えていました。6月下旬になり、ホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースの専門家達や地元政府が大反対する中、6/21にオクラホマ州タルサでノーマスクの大規模政治集会をトランプ氏と共和党が開催した*直後から南部バイブル・ベルト州から西海岸にかけてパンデミック第二波が指数関数的増加として誰の目にも明らかとなり、予測から現実が大きく上方に外れ、ニューヨーク州などの一部の東部州を除きそれまでの努力の成果を根こそぎ吹き飛ばしてしまいました。

〈*TikTok Teens Tank Trump Rally in Tulsa, They Say 2020/06/21 The New York Times:筆者は、現在米中経済摩擦の大きな争点となっているTikTokについては、タルサでの集会でTikTokユーザ(合衆国の若者)にイタズラされバカにされたトランプ氏の復讐であろうと考えている。それほどにTikTok米中経済摩擦は理屈が通っていない〉

 合衆国の場合、折角予測の良いシナリオに低位で合致していたのにそれをパァにしてしまったのですが、予測と実績が乖離し始めた時点で、何が原因かを分析し、政策にフィードバックすれば第二波パンデミックは防げました。当時、ファウチ博士らホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースの専門家集団は、5月の時点でこのままではたいへんなことになると警告を発し続けていたのです。予測と実績の目に見えるほどの大きな乖離はそのあとで生じています。この乖離が生じた時点が折り返し不能点目前であり、この時点で政策を修正していれば第二波パンデミックは小規模で制圧されていたと考えられます。

 予測は眺めて一喜一憂する掛け軸ではないです。活用せねばならないのです。

 図のように予測と実績が乖離始めた場合、予測は数値モデルで対応できる範囲で修正を行います。IHMEによる予測の場合、予測側(未来側)の裾を持ち上げる形で対応を続けましたが、実績が激変する場合、統計の遅延や数式の対応範囲などから補正の限界に達し、予測は破綻します。人の気まぐれや意思によってトレンドが激変すると予測は対応できません。

 本邦と異なり合衆国には優れた真の専門家集団が充実しており、実用の域にある予測も複数あったにもかかわらずそれらを無視した為政者による大失政の結果が合衆国における第二波パンデミックであり、現在の死亡者数20万人のうち10万人の犠牲であると言えます。

 予測も専門家も、為政者が誤れば役に立たない典型例で、専門家が専門と学問を裏切らない限り(嘘をつかない限り)失敗の責任は為政者にあります。

◆ホワイトハウスのラスプーチン

 この9月に入り、ホワイトハウスからホワイトハウス・新型コロナウイルス対策タスクフォースの専門家集団は、事実上排斥され、整骨医であり放射線および磁気画像診断医であるスコット・アトラス医学博士がホワイトハウスの新たな医療アドバイザとなりました*。

 この人物は「IHMEの予測は7月の山を予測できなかったガラクタだ。第三波など来ない」と批難していますが、「そりゃあんたの取り入った大将が原因でしょうが」というほかありません。

 アトラス博士は、筆者の評ではありますが、「ホワイトハウスのラスプーチン」であり、CDCやFDAへの露骨で異常な政治介入、集団免疫戦略への転換ではないかと考えるほかない混乱の元凶であり、全く専門性のない政治任用の人物です。何しろこの方は、専門を語るので無く政治に阿った言葉を発しています。本邦では政治の褌担ぎが専門家のお仕事という悲惨な実態がありますが、合衆国でこのような事が起きている現実に筆者は驚愕しています。記者会見を見て筆者は余りの驚きに座椅子ごとひっくり返ってしまいました。

〈*New Trump coronavirus adviser Scott Atlas pushes controversial 'herd immunity' strategy 2020/09/01 The Washington Post〉

 日本時間2020/09/29正午放送のCNN Tonight Don Lemonで報じるところでは、ファウチ博士は、最早処置無しとしてブリーフィングを全てアトラス博士に任せているとのことですが、CDCのレッドフィールド所長は、「アトラス博士の言葉には何も事実がない」と批判しているとのことです。まるで本邦の「分科会」(旧専門家会議)ですね。

 本邦も似たようなものではありますが、合衆国の場合は既に20万人を超える市民が犠牲となり、そのうち10万人近くはトランプ政権の失政によるものと考えられ、国家元首として完全に不適格な人物を戯れに選んだ市民が、合衆国全住民の命で代償を払う羽目になっています。尤も、本邦では見かけ上専攻こそヘンテコではありませんが、本質的にはアトラス博士と変わらない人たちがズラリと専門家を僭称していますので余程の奇跡が無い限りこの先思いやられます。

◆波の再定義等について再掲

本シリーズ第1回の2ページ冒頭にて、波の再定義について説明しましたが、図が無いと分かりにくいという読者からの指摘がありましたのでここで図をもちいて説明します。

 次回は、韓国と本邦に注目しIHMEなどによる長期予測の挙動を論じます。

◆コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」新型コロナ感染症シリーズ27:予測の癖と弱点1

<文/牧田寛>

【牧田寛】

Twitter ID:@BB45_Colorado

まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題について、そして2020年4月からは新型コロナウィルス・パンデミックについてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中

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