法廷沸かせた爆問・太田光 裏口入学について裁判で語られたすべて<裁判傍聴記・第4回>

法廷沸かせた爆問・太田光 裏口入学について裁判で語られたすべて<裁判傍聴記・第4回>

日本大学 危機管理学部・スポーツ科学部(adobe stock)

◆試しに抽選してみたら当たってしまった

 裁判傍聴を続けていると、しばしば著名人の裁判に出くわすことがある。最近だと、金融トレーダーの「KAZMAX(カズマックス)」、新井浩文、秋元司、河合夫妻などがあったが、傍聴券を求める人はやはり多く、抽選が行われる。

 そんなもの当たる気がしないので、普段は無視してそそくさとほかの法廷に向かうのだが、今回の「爆笑問題・太田光」の裁判だけは、ダメ元で抽選をしてみた。用意された26枚の傍聴券に対し、並んだのは249人。抽選倍率は9.6倍と東京藝術大学並みの高さだ。

 しかし結果は、まさかの当選。こんなに運がいいのなら、新井浩文の抽選にも参加しておけばよかったとちょっぴり後悔だ。

 太田さんに関しては特別大ファンというわけではないが、テレビに出ている太田さんを見て腹を抱えて笑ったことは何度もある。しかしそれよりも、今回の被告は新潮社。出版業界の端くれとしては、そちらのほうが何倍もそそられてしまう。傍聴人入口付近には報道席が10席ほど。みなメモの準備をし、外へ出て編集部に電話をかけたり、ひそひそと打ち合わせをしたりしている。一方、一般傍聴席はアロハシャツを着た若者(ファンだろうか?)や、杖をついた老人など、それぞれ何を目的に抽選に参加したのか気になるメンバーだ。

 そこへ神妙な面持ちの太田さんがやってきた。すると、私たち傍聴人に向かって、「プシュー」のポーズ。ファンらしき傍聴人は「待ってました!」とばかりに笑い声をあげ、私も思わず声を出して笑ってしまった。やっぱり太田光は裏切らないなぁ、そんな感じだ。

◆おふざけが止められない、太田光

 清原、ASKA、のりぴー、マッキー、田代まさしなどなど。芸能人といえばおクスリ系の裁判の印象がかなり強いが、今回は、原告が太田さんで被告が新潮社。2018年8月に、週刊新潮に掲載された記事をめぐり、名誉を傷つけられたとして損害賠償などを求めた裁判である。

 週刊新潮の記事によれば、太田さんの父・三郎さんが暴力団関係者を通じて日本大学芸術学部(以下、日芸)に800万円の金を支払い、太田さんを「裏口入学させた」という。裏口入学の確固たる証拠があるのか? そこが裁判の争点となってくる。

 まずは、太田さん側の証人である高校の担任のT先生と演劇部の顧問の先生、そして太田さんが証言台の前に立ち、「嘘偽りなく証言をする」と宣誓をする。なるほど、杖をついた老人はその先生のひとりだった。老人がわざわざ裁判所まで来て、芸能人の裁判の抽選などしないだろう。

 宣誓の最後に太田さんがボソッと何かを言っていたが、裁判官の「それでは」と思い切り被り、聞き取れなかった。そして、代理人弁護士からの問いが始まった。そもそも、太田さんはなぜ日芸を受験したのだろうか。

「幼い頃から映画、演劇の才能にたけていまして、言ってみれば天才ですよ。チャップリンに憧れて、そういう職に就こうと思っていました。小6〜中1の当時、そういった学科がある大学は日芸くらい。成績はよくなく、行けるか分からないけど行ければいいなとそのときから考えていました」

 今回キーとなるのは、父・三郎さんの存在だ。記事によれば三郎さんは、「息子は割り算もできないほど馬鹿なんです」と、裏口入学ネットワークの窓口であったという経営コンサルタントの男に泣きついたとあるが、父と進路について話し合ったことはあったのか。

「父とはほとんど口を利かなかった。進路の話もほぼしなかったが、日芸を勧められたことはある。“専門学校はその周辺の人しか通わないが、大学は各地から人が集まってくる。大学は人と出会う場所だ“と父は言っていました。でも結局、田中くらいにしか出会えなかったんですけどね」

 会場にフフッと笑いが起きる。その後の報道によると、冒頭の宣誓の場面では「伊勢谷友介です」と言っていたらしい。「自分は天才」発言といい、オチに田中さんを使ったりと、とにかく、おちょけていないと無理なんだろう。おそらくファンも混じっている傍聴席、速報を打とうとメモを取っている記者たちの前で真面目な受け答えをするなんて、恥ずかしくてたまらないのだろう。それが芸人ってものだ、たぶん。最前列に座っている光代さんはひとつも笑っていないが、太田さんのジョークは止まらなかった。

◆親父の名刺を載せたことが許せない

 太田さんは「滑り止め」として、横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)を受験していた。この滑り止め受験が、大きな争点のひとつとなるのだが、太田さんはそこでもふざけた。

「滑り止めと言ったら失礼ですけど、バカでも入れる。そこに行ったのがウッチャンナンチャンなんですけど」

 アロハシャツを着た若者が「あははは!」と声をあげて笑う。きっとファンなのだろう、ラジオを聴いているような感覚で楽しくてたまらないのだ。しかし、その笑い声で弁護士の質問が聞こえず、記者たちが怪訝な顔をしている。太田さんのジョークはたしかに面白かったが、法廷は「ははは!」と笑えるような雰囲気ではないのだ。

 裏口入学の自覚の有無に関しては、「ないです」とキッパリ反対。太田さんは試験前、日大の関係者にホテルに缶詰めにされ、試験内容を叩き込まれたと記事にあるが、それに関しても「ないです。驚きとしか言いようがない」と簡潔に否定した。

 しかし、「この記事で仕事に支障は出なかったのか」と問われると、太田さんは溜まっていた思いをぶつけるように話し始めた。

「ろくな親父ではなかったけれど、とにかく暴力が嫌いだった。そんな親父がヤクザに頭を下げるわけがない。みなさんの爆笑問題・太田光っていうタレントのイメージは分からないけど、なんでも正直にやってきた。それを卑怯な手で入ったと言われた。芸人としてのイメージをねじ曲げられた。田中とも出会って、やってきた道のりの重要なポイント。

 続きみたいになりますが、悔しいのは親父の名刺が誌面に載せられたこと。名刺には親父が若い頃に独立してつくった会社『三光』が記してある。『三』は親父の名前で『光』は親父が1番好きだったという字。会社ができた後に自分が生まれたんです。『光』は僕と親父を繋ぐ文字なんです。すでに亡くなっている一般人の名刺をあのような形でさらされた、それが悔しい。親不孝だった自分が、死んだ後にまで傷つけた。

 新潮社は日本一の会社だと思っている。争いたいとは思わないが、悲しい。どういう気持ちで掲載したのか、それが知りたい」

 おっしゃる通りで太田さんもそりゃ怒るよと思うのだが、裁判長は時計を気にしながら、「答えが長いので、簡潔に手短に」と一言注意。たしかに裁判における受け答えとしては圧倒的な長さだ。後ろに控えている証人たちにもつつがなく、話を聞かなければいけない。裁判はプロレスとはよく言うが、通常の裁判はあらかじめ用意された答えを順番に答える、といった感じ。それに合わせて閉廷時間を決めているのだから、みんながソワソワし始めるのも無理はない。太田さんは、「長いよねぇ…」と頭を掻いた。

◆太田さんは本当に友だちがいなかった

 ここまで裁判を聞いてなんとなくわかったのは、太田さんには自らの主張を裏付ける確固たる証拠がないということだ。「太田さんの知らないところで裏口入学が行われた可能性は?」と問われると、「そこはなんとも言えない。可能性は否定できない」と話したように、父・三郎さんはすでに亡くなっており、死人に口なし状態。そりゃ、証明のしようがない。そこでできることといえば、太田さんが実力で合格を勝ち取ったという信ぴょう性をあげることくらいだ。そこで高校時代の先生2人が証言台に上がった。

「非常におとなしい生徒で、本をよく読んでいた。文系科目が強く、定期テストではクラスで上位、模擬テストではかなり順位が高かった。本人に力はあったので、十分に合格する可能性はあったと思う」(担任のT先生)

「ゼロに近いほど友だちが少なく、昼休みはいつも図書館におり、読書量はものすごかった。演劇に対しての思いも強く、モノになるのではと思っていた」(演劇部の顧問)

 2人の証言からすると、学生時代の太田さんはそこそこ勉強ができて、本当に友だちがいなかった、そんなところ。にしても、友だちがゼロなんてここで言う必要はあるのだろうか。太田さんを助けるつもりで言っているところがまた、本当に友だちがいなかったんだなと思わせてしまう。

◆週刊新潮の編集長が証言台へ

 今度は新潮社の番。証言台に上がったのは週刊新潮の編集長だ。平成元年に新潮社に入社し、『FOCUS』『新潮45』などを経て、週刊新潮にやってきたという生粋のスクープ野郎である。編集長によれば、事件の裏幕は以下のような流れだ。

 青山・六本木を中心に一級建築士として活躍していた父・三郎さん(六本木にできた叙々苑1号店の設計と内装、さらに看板のロゴは三郎さんによるもの)。裏口入学ネットワークの窓口となった経営コンサルタントの男性も同じ界隈で仕事をしていた。裏口入学ネットワークは指定暴力団とも関りがあったとされているが、その正体は同暴力団員の娘であるS子。

 S子は毎日のように六本木を遊び歩いており、そのルートで経営コンサルタントと知り合ったという。そして父・三郎さんが、「息子は割り算もできないほど馬鹿なんです」と経営コンサルタントに泣きつき、「ホテルで缶詰め作戦」を実行。

 入学後、大学への寄付金という形で800万円を支払ったらしい。しかし、それがのちの太田光だとは露知らず。数年後有名になった際、S子が経営コンサルタントに「あのときあなたが裏口入学させた三郎の息子、太田光だよ」と報告。男性は驚き、編集長にタレこんだというわけだ。

 そもそも裏口入学ネットワークってなんだよと思うところだが、編集長によれば、「当時は、日大、帝京、青学、学習院などなど裏口入学の枠があり、大学が裏で取り仕切っている。その窓口には限られた人しかアクセスすることができない」という。

 さらにこの経営コンサルタント、編集長とは長い付き合いで過去に何度か別の情報提供をしているという、れっきとした「ネタ元」。察するに、これまで週刊新潮が報じてきた大スクープになかにも、彼が「ネタ元」になったものがあるはずだ。経営コンサルタントは記事内で「日大関係者」として複数の証言をしているが、太田さんはラジオで「日大関係者、会わせろよって。本当に俺は逃げも隠れもしないし、テレビで公開討論してもいい、嘘だってわかってんだから」と話している。

 しかし、この経営コンサルタントが証人として法廷に出てくることは絶対にない。スクープの「ネタ元」が裁判に引っ張り出されるなんてことが起きれば、週刊新潮の信用はガタ落ち。だれもタレこみなどしなくなるだろう。

◆新潮社が用意した2つの証拠

 今回の裁判で注目となったのは、新潮社が裏口入学の証拠となるものを法廷で示せるか。そうすれば、太田さんの訴えは取り下げられることになる。しかし、800万円を支払ったことがわかる記録は結局どこにもない。証拠がないものを勝手に書くな、という訴えはごもっともであり、形勢的には新潮社が押されているように思えるが、同社が用意した証拠なるものは以下の2つだ。

 まずは週刊新潮の記者が太田さんの高校時代の同級生から聞き出した証言。裏口入学の件は伝えずにただ一言「学生時代、太田さんの成績はどうだったか?」という質問に対し、同級生は「割り算ができなくて驚いた」と答えたという。それにより、父・三郎さんに「息子は割り算もできないほど馬鹿なんです」と泣きつかれたという経営コンサルタントの証言の信ぴょう性は高くなる。

 もうひとつは、1984年3月2日に太田さんが在籍していた大東文化大学第一高等学校において行われた進路調査の書類である。なぜそんなことが記録に残っていないのかは疑問だが、太田さんが日芸に合格した1984年の合格発表日は誰が調べてもわからない。しかし、例年のスケジュールを見るに、合格発表は試験の5日後。その年はうるう年で試験は2/25だったため、3/2の進路調査前には合格発表がされているはず。

 だが、太田さんが記入した進路調査の進路先には「横浜放送映画専門学院」と記されていた。しかも、進路先が決まっていない学生の横には、「他大学受験中」との記載があるが、太田さんの横にはその記載がなかった。仮に日芸の合格発表が3/2以降だったとしても、小6からずっと憧れだった日芸。「他大学受験中」と記載するのが自然な流れだ。

 また、週刊新潮の女性記者は記事掲載当時、太田さんの高校時代の担任のT先生に取材をしており、そのときの印象を証言台で「私はT先生に裏口入学の件は伏せたうえで、“学生時代の太田さんはやはり成績がよかったのでしょうか?”と前向きな問いかけをしたにも関わらず、成績が良かったという前向きな答えは得られませんでした。原告の味方をしているとしか思えず、驚いています」と語った。

 素人の目線からすると、新潮社が用意した証拠には正直「なるほど」と頷いてしまう部分ある。まず早急に調べるべきなのは、1984年の合格発表の日。頑張ればわかりそうなものだけど、そんなに難しいものなのか。経営コンサルタントの男性については、週刊新潮を出し抜くために、各週刊誌がその存在を血眼になって探していると予想する。判決の12/21までに週刊文春あたりが経営コンサルタントと週刊新潮編集長の密会でも隠し撮りするんじゃないかと期待しているが、どうだろうか。

<取材・文/國友公司>

【國友公司】

くにともこうじ●1992年生まれ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。著書に『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)。Twitter:@onkunion

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