ロックダウンを経てイギリス社会はどう変化したのか? 100日間、生活を記録していた入江敦彦氏が振り返る

ロックダウンを経てイギリス社会はどう変化したのか? 100日間、生活を記録していた入江敦彦氏が振り返る

英語で「マスク」というと、仮面、覆面状のものを想像する人が多い。こちらでは「Face Covering(顔を覆うもの)」と言われる。それほど口元を覆うマスクは一般的でない。苦手というより新しい習慣ゆえ定着が難しい

◆英国ロックダウン緩和90日後…

 封鎖が緩和されて3ヶ月後、イギリスは寒の戻りならぬ暑の戻り≠ノ見舞われました。こちらの秋らしい20℃前後の気候に体が慣れ始めていたので、ちょっと慌てました。そして、それと同時に厭ぁなアイツも帰ってきました。はい。コロナです。誰もが予想していたし政府や専門家も声高に注意を促していたので暑の戻りほどは驚かなかったのが本音です。

 イングランド東北部の数都市がまとまって再封鎖に突入。あとは虫食いみたいに各地で大規模のクラスターが発生して街はふたたび息を潜めだしました。ロンドンも時間の問題だと言われてます。水際、ぎりぎりのところで何とか免れている感じ。また近所周辺のみの生活になるやもしれぬと電車に乗って日本食材を調達してきました。

 はっきりいって、もはやほとんどのものはアマゾンなどの通販サイトで購入可能。焦りはありません。またぞろトイレットペーパーを買い占める連中が増えてきましたが、店も心得たもので厳しい制限をかけています。もうすっかり行列も見なくなっていたんですが、あれが復活したらかなわんなと思うくらい。

◆「2種類」に分かれた英国人

 たぶんいま英国人たちは大きくふたつに分かれているような気がします。とりあえず4万人以上の死者を出し、第2波でも1日6千人超えの感染者が報告されたりしてるので、これが「ただの風邪」なんかじゃないことは子供でも知っています。ただ頭では解っていてもニューノーマルを粛々と受け入れる人と、なんとかそれ以前のライフスタイルを復活できないかと足掻く人がいる。

 いちばん柔軟性がありそうなティーンエイジャーや若者たちが他人の迷惑などにこれっぽっちも頓着せずレイヴ(ゲリラ的な野外パーティ)を開催したりしているのが興味深いですね。そんなことしてもコロナの不安からは逃れられないのに。そう考えると科学的知識(に基づいた論理的思考)なんて皆無な連中がこの病気を軽んじているのも、いわばレイヴみたいなもんで怖くて不安で仕方がないんだろうな。弱虫。

 もちろん医者や専門家が寄ってたかって正体が掴めないと頭を抱えた伝染病なんですから誰だって不安です。だからって人様の迷惑になるような風説を流しちゃだめでしょ。たぶん薬局が開店する前からマスクを求めて??家にいっぱい在庫があるというのに??行列する行為なんかも不安が動機だったはずです。

◆私の不安を宥めてくれたロックダウン禍での「日記」

 わたしはといえば英語の学術論文を封鎖中は読み漁っていました。掲載前に記事審査のあるまともな雑誌ばかりです。おかげで妙な専門用語のボキャブラリは増えましたが、これも不安を解消してくれるようなものではなかった。結局わたしの不安をなんとか宥(なだ)めてくれたのは140Bさんのウェッブサイト毎日に書かせてもらっていた「入江敦彦の足止め喰らい日記」(改題『英国ロックダウン100日日記』/本の雑誌社)だったといえます。

 おかげさまで様々な人から「自分の不安に寄り添ってくれてます」というお言葉をいただきました。はっきりいって具体的に役に立っていたとは思わないし、さして示唆的だったわけでもない。けれど、こんなときは小動物が寒いときに集団になって暖を取るように1匹でも1人でも不安を共有できる人がいると有難いものです。

 ましてや現実には社会距離開けなきゃいけないし、集団になること自体がタブーだし、密になって寄り添うなんてトンでもない状況なんですから。

◆ロックダウン禍の日記で伝えたかった「まいんだぎゃ」……って何??

 この本は、世界中が一番不安だったときに普通の人々が肩を寄せ合って日常を護った記録です。護るためにはどうすればいいだろうと試行錯誤した覚書です。

 イギリスで地下鉄に乗ろうとするとドアの開閉時に「まいんだぎゃ」という放送が入ります。越してきた当初は何を言ってるんだかさっぱり分かんなかったのですが、これは「Mind the gap」……電車とプラットフォームの隙間に気をつけて! と教えてくれてくれてるんですね。なにほどの注意喚起になるのか甚だ疑問ですが、この放送がないと英国人は落ち着きません。

 『英国ロックダウン100日日記』でわたしが書きたかったのは、ひとことでいうなら「まいんだぎゃ」なのです。

 封鎖から半年。ロンドンのインペリアル・コレッジが開発したワクチンが検体検査段階にきています。発病者もステロイド薬はじめ治療法が確立しつつあります。感染検査は遅々として進みませんが保菌者の匂いを嗅ぎとるコロナ犬が実用段階に入ったなんて嘘のような話を高級紙が伝えるところまできたようです。

 外出したら手を洗え。公共の場ではマスクしろ。家族以外とは2mの距離開けろ。なるべく集団は避けろ。症状が出たらNHS(国民健康保険機構)に電話(111)して指示仰げ。

 半年後になって私たちにできることがそれだけだというのは不思議な気分ですらあります。が、考えようによってはそれだけでいいのです。

<文/入江敦彦>

【入江敦彦】

入江敦彦(いりえあつひこ)●1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『イケズの構造』『怖いこわい京都』(ともに新潮文庫)、『英国のOFF』(新潮社)、『テ・鉄輪』(光文社文庫)、「京都人だけが」シリーズ、など京都、英国に関する著作が多数ある。近年は『ベストセラーなんかこわくない』『読む京都』(ともに本の雑誌社)など書評集も執筆。その他に『京都喰らい』(140B)、『京都でお買いもん』(新潮社)など。2020年9月『英国ロックダウン100日日記』(本の雑誌社)を上梓。

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