学術会議問題で垣間見える菅政権の新自由主義。この問題で私たちは何を突きつけられているのか?

学術会議問題で垣間見える菅政権の新自由主義。この問題で私たちは何を突きつけられているのか?

菅義偉総理のブレーン、竹中平蔵氏(写真は2018年。右は堺屋太一氏) 時事通信社

◆学術会議の任命拒否問題

 菅義偉首相は、日本学術会議の一部会員について、任命を拒否しました。この問題については、事実関係について主要メディアで詳しく報じられるとともに、その本質についてネットメディアで多面的に分析されています。例えば、藤崎剛人氏の「日本学術会議に対する菅政権の干渉と無批判に礼賛する大衆民主主義が生み出すファシズム。立憲民主主義の破壊を許してはいけない」やGEISTE氏の「無知に浅知恵、はてはデマまで。日本学術会議会員任命拒否問題が露呈させた与党自民党政治家の低劣ぶり」など、ハーバービジネスオンラインにも読みごたえのある論考が並んでいます。この問題が、決して小さな一部組織の問題でないことが分かります。

 日本学術会議とは、国内の学術団体の総本山で、日本学術会議法で設立された国の「特別の機関」です。公的な団体であると同時に、政府から独立して運営されることを意味します。政府は、資金を出すけれども、口は出さないということです。それは、法律が学術会議に対して、純粋に科学的な観点での運営・意見表明を期待しているからです。学術会議が具体的にどのような活動をしているかは、9月末まで会員だった明治大学の西川伸一教授が詳細に述べています。

 学術会議の会員は、首相によって任命されますが、法令上、首相に裁量の余地はありません。会員は、同法第7条2項で「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」とあり、その推薦方法も同法第17条及び内閣府令などで定められています。

 学術会議は「内閣総理大臣の所轄」と定められていますが、これは政府からの独立性の高さを意味します。これは、国の機関は、憲法で規定されている場合を除き、必ずどこかの大臣の「所轄」に置かれるという原則があるからです。日本の法体系では、どこの大臣の「所轄」にもふさわしくない「独立性の高い機関」は、首相の「所轄」としています。首相の裁量を認めるものではありません。

 つまり、学術会議の任命拒否問題とは、独立性の高い機関の人事に介入した菅首相の職権乱用問題なのです。当然ながら、首相の職権乱用をチェックするのは、国会の重要な役割です。

◆国が学術会議に資金を出す理由

 学術会議法は、その経費の国庫負担を定めています。同法第1条3項です。

 経費の国庫負担、すなわち税金からの支出が定められているのは、学術会議を社会で必要な社会資本と見なしているからです。同法は、学術会議の役割として、科学に関する重要事項を審議して実現を図ること、政府からの科学に関する諮問に答えること、科学の発展などに関して政府に勧告することなどを定めています。日本をより良くするためのオールジャパンの科学者集団といえます。

 ところで、社会資本は一般的にインフラストラクチャー(インフラ)といわれ、学術会議のような組織を思い浮かべる人は少ないでしょう。たいてい、社会資本とは、公共施設や道路、堤防など、公共事業で造られる建造物や水道、エネルギーなどと考えられています。

 公共施設などの一般的な社会資本に加え、社会で必要とされる法令や組織、生命の維持に必要とされる自然環境なども社会資本と見なす考え方があり、「社会的共通資本」と呼ばれます。社会的共通資本は「道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなどの社会的インフラストラクチャー」「教育、医療、司法、金融制度などの制度資本」「大気、森林、河川、水、土壌などの自然環境」の3分野から構成されます(宇沢弘文『社会的共通資本』岩波新書)。学術会議は「制度資本」に当たります。

 社会的共通資本を提唱した経済学者の宇沢弘文は、これを充実させることで「ゆたかな社会」になると考えました。「ゆたかな社会」とは「すべての人々が、その先天的、後天的資質と能力とを十分に生かし、それぞれのもっている夢とアスピレーション(※大志のこと)が最大限に実現できるような仕事にたずさわり、その私的、社会的貢献に相応しい所得を得て、幸福で、安定的な家庭を営み、できるだけ多様な社会的接触をもち、文化的水準の高い一生をおくることができるような社会」のことです。ちなみに、日本国憲法も同じ趣旨を定めています。

 そのためには「資源を効率的かつ衡平に配分する経済と社会の仕組み」が必要です。ここでいう「資源」とは、エネルギーや食料のような有形の資源だけでなく、時間や機会、情報など無形の資源も含みます。あらゆる資源は有限ですので、その配分を効率的にできれば、全体として受け取る質量を大きくして「ゆたかな社会」に近づきます。

 学術会議という「制度資本」は「資源を効率的かつ衡平に配分する経済と社会の仕組み」の一つです。資源が有限で、誰もが100%満足する配分方法が存在しない以上、少なくとも多くの人が納得できる合理的な配分方法が必要となります。それには、合理性を追求する社会が必要で、合理性を重んじる「科学」を重視しなければなりません。それ故に、学術会議という制度資本には「科学」を社会にフィードバックする役割が求められているわけです。

 このように、学術会議を国の特別機関と法律で位置づけ、そこに国庫から支出するのは、資源を合理的に配分し、人々をゆたかにするためなのです。その効果は一見して分かりはしませんが、合理性を重視する社会の基盤となっています。

◆カネという利益拡大を追求する社会

 「ゆたかな社会」には、数字で測りにくいという大きな弱点があります。様々な指標を用いて、多面的に分析し、丁寧な説明を受ければ、たいていの人々は理解できますが、直感的な分かりやすさに欠けています。

 それに対し、GDPや株価など数字で測れる金銭的な指標で、ゆたかさを追求すればいいとの考え方があります。それらの指標を改善すること、イコール社会が良くなることと見なすわけです。

 その方法には色々とありますが、カネ儲けを絶対善とすることがもっとも有効との考え方があり、新自由主義(ネオリベラリズム)と呼ばれます。誰もがカネ儲けという利益拡大に全力を注げば、社会全体の利益もそれに伴って拡大するとの考え方です。非常に直感的で、分かりやすい考え方です。

 新自由主義では、カネ儲けのためならば何をしてもいいと考えるため、国家を私的に利用することや格差を拡大することも問題視されません。しばしば市場原理主義と呼ばれるため誤解されやすいのですが、新自由主義では、好き勝手やる行為への国家の介入は戒められるものの、国家から特別の庇護を受けて利益追求することは良いことと見なされます。実際、新自由主義の祖である経済学者のフリードマンやハイエクは、チリの軍事独裁政権のブレーンとなり、新自由主義の経済政策をチリで実践しました。アメリカ企業はそれによって大儲けし、チリの人々は苦難に陥りました。

 新自由主義の経済政策を実践する上で、邪魔になるのは社会的共通資本の「制度資本」です。特に、公正かつ透明な市場を確保するための法令・制度や、カネ儲けにつながらない考え方・批判的な考え方は、新自由主義にとって大きな敵です。カネ儲けのやり方を縛り、格差の拡大などを批判し、新自由主義を阻むからです。

 また、新自由主義では、社会的共通資本の「自然環境」と「社会的インフラストラクチャー」を利益追求から隔離した聖域と見なしません。それらを使ってカネ儲けすることは、絶対的な善です。そのため、それらを民営化(私有化)し、利用する人々から対価を受け取ることが望ましいとされます。対価を支払えない人は、頑張ってカネを稼ぎ、対価を支払えばいいのであり、むしろ無償で提供してしまえば、人々がカネ儲けの努力をしなくなるので、良くないこととなります。

 新自由主義では、ペンペン草も生えないくらいあらゆるモノ・コトをカネに替えることが、社会を良くすることと同義なのです。

◆学術会議への介入は新自由主義的に正しい

 学術会議に介入し、その力を削ぐことは、新自由主義からすれば、正しい行為となります。まともな学者は、カネ儲け以外の価値を追求しています。彼ら・彼女らの社会的な権威と影響力を低下させることは、相対的にカネ儲けしやすい社会につながるからです。

 政権の権威を相対的に高められるため、権威主義からしても、正しい行為となります。政権に反抗的と見なした学者に地位をむざむざと与えることは、それに屈服する行為と、権威主義者ならば考えるからです。もちろん、客観的に権威が高まるといえるかは大いに疑問です。

 よって、強硬な新自由主義者の竹中平蔵氏をブレーンとし、権威主義的な菅首相からすれば、学術会議への介入は極めて正しい行為となるわけです。むしろ、野党やメディアが問題を追及するほど、介入を強化しようとするでしょう。実際、河野太郎行政改革担当大臣は学術会議を行政改革の対象にすると表明しました。

 つまり、学術会議の問題は、日本で新自由主義をさらに強化するのか、それとも新自由主義から脱却するかの一大争点という面もあります。有権者が、どうやって「ゆたかな社会」を実現するのか、それも問われているのです。新自由主義という旗を鮮明にした菅首相率いる自民党・公明党の与党ブロックか、それとも社会的共通資本の充実を掲げる枝野幸男代表を中心とする立憲民主党・共産党の野党ブロックか。

 すべての有権者には、総選挙までに新自由主義への姿勢を明確にすることが迫られています。

<文/田中信一郎>

【田中信一郎】

たなかしんいちろう●千葉商科大学准教授、博士(政治学)。著書に著書に『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない―私たちが人口減少、経済成熟、気候変動に対応するために』(現代書館)、『国会質問制度の研究〜質問主意書1890-2007』(日本出版ネットワーク)。また、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』(扶桑社)では法政大の上西充子教授とともに解説を寄せている。国会・行政に関する解説をわかりやすい言葉でツイートしている。Twitter ID/@TanakaShinsyu

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