ガン闘病を告白した伝説のAV男優・沢木和也の「終活」に迫る<前編>

ガン闘病を告白した伝説のAV男優・沢木和也の「終活」に迫る<前編>

闘病中とはいえ命の凄みを感じさせる力強い受け答えだった

 ポルノ映画や「ビニ本」などが主流だったところから、『AV(アダルトビデオ)』が誕生したのは1980年代前半のことである。

 AV業界の全盛期ともいえるこの時代には『全裸監督』(山田孝之主演)でも話題になった村西とおる監督や、”ゴールドフィンガー“で有名な加藤鷹、またプロレスラーとしても名を馳せたチョコボール向井などAVのスターたちが多く誕生する。

 今回インタビューを行ったAV男優沢木和也も、彼らのような“伝説”のひとりだ。

 特に現在、40代以上の男性ならば顔を見たら「あの人か」とすぐに思い浮かぶに間違いない。本人いわく、「定かではないが1万本以上の作品に出演している」とのことである。

 しかし彼はメディア露出が少なく、謎が多い人物である。業界内でもその素性を知る人は多くないといわれる、そんな沢木に迫った。

◆「伝説のAV男優」の告白

 沢木は埼玉県川口市で生まれた。

 小学生の時代は野球に夢中な少年であったという沢木。しかし中学校にあがりオナニーを覚えると性に目覚め、その貪欲さは加速していった。

 2回目のセックスでは3Pを経験し、高校を中退後は『女性といること』を中心に生活し職を転々と変えたという。

 16歳の時には赤羽のダイエーの婦人服売り場で働き、下着を選び悩む女性を眺めては欲を満たしていた。いわゆる視姦というものだ。

 またあるときは更なる女性との密な関係を求め※『三行広告』で仕事探しをしていたのだが、これがAV男優デビューのきっかけとなった。

(※三行広告:インターネット普及前のスポーツ紙や夕刊でみられた広告。その名の通り短い広告で当時は1万円前後で掲載できた。審査が緩かったため主に風俗系の仕事の広告が横行していた)

 そんな沢木がある日こんなツイートをした。

 このツイートを見て、詳細を追っていくとnoteの記事にたどり着いた。

 どうやら「終活」と称して記録を残しているらしい。そこで記者らは、療養中であるという沢木の自宅に赴いた。

◆「俺からしたら急だった」ガン発覚

――ガンに関しては前触れというか、兆候みたいなものはなかったのでしょうか。本当に急だったということですか。

「俺からしたら急だったんだけど、後から考えてみたらずいぶん前からうどんが(喉に)引っかかったりはしてた……。まあでも、水とか飲むと何か引っかかったりするじゃん。俺はそれだと思ってたの。でも違ったみたい」

ーーその兆候らしきものはどれくらい前からあったんですかね。

「半年から1年くらい前。でもたまにあることだったから全く気にしてなかった。決定的なのは大島優香ちゃんと仕事した時に何かおかしいっていうか痛みというか、それがあったから。それで初めて気づいた」

 酒飲みかつ愛煙家である沢木であるがあまり健康に気を使っている様子はなかったようだ。健康診断も毎年行なっていたわけではなかったらしい。

◆家族と、職業としてのAV

――AV男優だったことは息子さんは知らないとうことですが、いつか明かすつもりはありますか。

「いや、AV男優については全く恥ずかしい仕事だと思ってますね。絶対に人には言えない。でも、いつの日かバレる可能性もあるから、男の子だし。友達から『お前の親父AV男優じゃない』って聞かれる、言われるよりは言おうかなと思ったけど、何か女房が反対するから一応黙ってはいるよね」

 沢木自身が「恥ずかしい仕事」と話すのは驚きだ。記者としては正直なところ、沢木はあっけらかんとして開放的な印象であったため、このような答えが返ってくるとは予想だにしなかった。

 続いて、、妻のことについても尋ねた。

――奥様は、結婚したあとも(AVを)続けていくことに対して理解はされていましたか。

「それは別に何も。うちの奥さん何にも言わないから、基本的には。まあ、知り合った時から俺のことを知ってたし。女性誌とかけっこう出てたから、女のコでも知ってる人けっこういたんだよね。そういうのもあってのお付き合いだったし。まあ結婚の時はちょっと考えるところもあったみたいだけど。うん、そりゃあね結婚するとなったらね……でもまあ、結果的に一緒になってるよ」

−結婚生活は何年くらいでしょうか?

「25年かな」

−それで、お子さんがひとりいて。でもやはり自分の旦那さんがAV男優ってのはなかなかないことですよね(昨今では、ブロガーのはあちゅう氏と結婚したしみけん氏がいる)。

「なかなかないね。けっこうさ、男優は女優と結婚してるヤツが多いから。だから関係ない人と結婚してる人って、誰かいたかな……。ただね、女優と結婚すると離婚する確率も高いんだよね。やっぱり仕事知っちゃってるから。普通は何言ったってバレないじゃん、外で何やってるかって。今日は泊まりロケだとか、泊まりロケがすげえ続くとか言えば普通の奥さんにはバレないけど、同業者だとバレるから」

 父として、そして家族としての沢木は「性を追い求める男」とは違う印象を受けた。特に息子への思いはガンが発覚してなお強まったようである。何かを残してあげたい、と沢木は何度も語った。

◆AV業界での経験

 具体的なAV業界での経験についても沢木は語ってくれた。

――若手時代の時の出演料って、一本おいくらくらいだったのでしょうか?

「1本1日、僕ら1日っていうか1現場単位なんで。初めての時はオナニーしてる女のコを見るだけの役で2万円だった。2回目の現場では絡みがあって3万円。3万円がだいたい1年〜2年続いてあとは自分で上げていく。当時は最高で5万円だったから。てか俺の時は時代がよかったから、確か3〜4年後にはもう5万円もらってたかな」

――自分で上げていくというのは、例えば「俺は5万円の男だぞ」とアピールすることですか。

「そうそう。先輩の男優が『俺は7万円だ』って言ったら、一気にみんな引いちゃったからね。仕事なくなっちゃう、言いすぎると」

 90年代にAV黄金期が終わって以降、現在に至るまで業界の景気は下降の一途なのだという。先輩の男優が報酬を7万と要求はした時もすでにバブルは終わっていたころであった。

――沢木さんにとっての、代表作はありますか。

「事件じゃないけど、ハプニングがあったようなやつしか覚えてないんだよね。あまりにもいい女だから、突きすぎて女性器が壊れて血だらけになったことがあったね」

――男優生活のなかで『名器』はやっぱりありましたか。

「いましたけど、でもまあ(感じ方は)人それぞれだから」

――「ミミズ1000本」というのは本当にあるんですか。

「あるあるある。いやすごいよ、指突っ込めばわかる。すっごいザラザラ。もうヒダがすごい。ヒダがついてたり、あとはツルツルだったり。ツルツルは名器とは言えないけど」

――大きさとかも関係あるんですか。

「あるある。基本的に痩せてる人の方が気持ち悪い、というか気持ちよくない。たぶん肉がないから、そっちの肉も薄いんだろうね。だから痩せてるモデル系の子はたいてい気持ちよくない」

――じゃあ男性が気持ちいいエッチをしたかったら、ある程度ふくよかな女性を選ぶほうが良いということでしょうか。

「確定はできないけど、ふくよかなほうがいいかもしれない」

――若い頃から婦人服売り場の仕事だったり、セックスをしたかったという文章を見ると恋愛よりもセックスがしたかったということでしょうか。

「恋愛なんかしたいと思わない。全然したいと思わなかった、やりたかっただけ。付き合ってる人もいたけど、それはそれ。やっぱ新しい女を見るよね、そっちもいきたくなるし」

−AVの撮影においてもそうだったのですか。

「恋愛感情が芽生えた時もあったかな。好きなっちゃった時はあったかもしれない。会って、セックスして。『ああ、こいついいな』と思って好きになったことはあったかもしんないけど。でも少ないね基本的に。仕事は仕事」

後編では、沢木和也のガン闘病と「終活」の中身に迫っていく。

<取材・文:杉渕那音 取材/卯月雅之>

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