元ナチス兵士のサッカー選手が受ける差別と偏見。伝記映画『キーパー ある兵士の奇跡』を今観るべき理由

元ナチス兵士のサッカー選手が受ける差別と偏見。伝記映画『キーパー ある兵士の奇跡』を今観るべき理由

?2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

 10月23日より、『キーパー ある兵士の奇跡』が公開されている。

 本作は実在のサッカー選手であるバート・トラウトマンを主人公とした伝記映画であり、2019年にドイツのバイエルン映画祭で最優秀作品賞に輝き、米批評サイトRotten Tomatoesで一時期95%の高評価を記録、各国の映画祭で数々の観客賞を受賞するなど大評判を呼んでいた。

 詳しい理由は後述するが、本作は「2020年の今に観るべき実話」であった。具体的な作品の魅力を記していこう。

◆大きな責任を個人に押し付けてしまうという問題

 1945年、ナチスの兵士だったトラウトマンは戦地で捕虜となるが、イギリスの収容所でサッカーのゴールキーパーとして活躍し、地元チームの監督にスカウトされる。終戦後に彼は監督の娘と結婚し、名門サッカークラブの入団テストにも合格するなど、順風満帆な人生を歩んでいく。だが、ユダヤ人が多く住む街で、トラウトマン夫妻は想像を絶する誹謗中傷を浴びてしまう。

 物語の一側面を捉えれば、ゴールキーパーとしての才能を見出された若者がのし上がっていくというサクセスストーリーだ。だが、その本質は主人公のトラウトマンが置かれた状況にこそある。彼は元ナチス兵士という、人類の歴史上もっとも悪逆的な行為をしてきた者たちに属していたという事実があり、それが公にされたことで偏見の目にさらされるのだ。

 ナチスへの怒りに満ち満ちている人々にとっては、元ナチス兵士が「国民のヒーロー」であるゴールキーパーとして活躍するなど言語道断なのだろう。だが、彼個人に全ての責任を押し付けるというのは、客観的にみれば間違いだ。

 完全に同列で語るべきではない、それぞれが全く違った問題ではあることを前提として、この『キーパー ある兵士の奇跡』で描かれたことは、2020年現在のSNSでの誹謗中傷における種々の出来事を思い起こさせる。何かの大きな問題が起きた時、それを個人へばかり責任に転嫁し、批判を超えた言葉での攻撃や、過度のバッシングをしていないだろうか。この映画は、それを考える機会を、私たちに与えてくれている。

◆拭い去り難い過去の罪と向き合う物語

 その主人公のトラウトマンには、実際に拭い去り難い過去の“罪”がある。幼い頃の彼はヒトラーを英雄にように見ており、ユニフォームに身を包みナチス式敬礼を行い、銃器の扱いを学び「ヒトラーのために喜んで命を捧げる」とも誓わされた。彼は18歳の時にはロシア軍との戦いの前線に配置されており、ロシア軍の兵士を殺すことに何のためらいも見せなかったという。さらに東部戦線での活躍で、第一級鉄十字勲章を含む5つの勲章を授与されていたという事実もある。

 だが、トラウトマンは戦争が進むに従ってヒトラーや戦争に対して懐疑的な思いを抱くようになる。例えば、マイナス30度の戦場でもまともな衣類や食料を与えないドイツ軍、病院で苦しむ兵士たち、ウクライナの森で行われた罪のないユダヤ人の大量殺戮……戦争における様々な残虐な行為を、その目で見てきたのだ。

 そんなトラウトマンは、イギリス人の捕虜の扱い方が、ドイツとは全く違うことに驚いたと語っていたそうだ。温かい食べ物が提供され、仕事の合間にはタバコを吸ったり、サッカーができたりする自由もあり、何よりも見張り役であるイギリス人たちから人間として扱われ、話しかけられたりもするのだから。

 かつてヒトラーを英雄視し、激動の人生を送り、戦争で人を殺してきたという過去が、トラウトマンにはある。だが、彼は大人になり戦争に対する見方が変わっていく。「これからは良い人間になろう」とする意思も見える。

 そして、トラウトマンは生来の人懐っこく、温かみのある性格もあって、周りの人々の意識を変えていく。例えば、後に妻となる女性は「ドイツ軍は友達の命を奪った。私たちの青春も」とトラウトマンに敵意をぶつけるのだが、彼の「戦うより君と踊りたかった」という言葉に心を動かされる。最初は警戒していた女性の家族や、チームメイトとも次第に打ち解けるようになっていく。

 彼がナチス兵士であった過去とは関係なく、その“人柄”に誰もが惹かれる過程がしっかり描かれているのだ。主人公に親しみやすさがあり、ユーモアも随所に込められていることも、本作の大きな魅力だろう。

 だが、それでも、過去の罪から簡単に逃れることはできない。ゴールキーパーとして目覚ましい活躍を見せていたトラウトマンは、記者から「軍に志願していますね?」「鉄十字勲章を授与されたと聞いたのですが?」という厳しい質問を受けてしまい、翌日の新聞には「戦争責任を言い逃れ」というセンセーショナルな見出しが載ってしまう。しかも、トラウトマンは、それ以外にも「誰にも打ち明けられない秘密」も抱えていた。

 『キーパー ある兵士の奇跡』は、「ただの良い話」にはならず、主人公を精神的に追い詰めるシビアな展開も多い。だが、「どのように己の過去の罪と向き合っていくか」「どのように世間に自分の意思を訴えていくか」、そこが映画の大きな見どころであり、その苦しさや痛みを描くためには、これらの描写は必要だった。

◆創作による工夫と、幸福への尊い願い

 バート・トラウトマンは、サッカーファン以外にはドイツでもあまり知られていなかったそうだ。その認知を広めるために、ドイツでの公開当時にはサッカー連盟が映画の宣伝を支援してくれたのだという。知られざる英雄を、現代に広く知らしめたという点でも、本作は大きな意義のある作品だろう。

 実話を元にした映画であるが、創作である部分も多い。例えば、収容所にいるスマイス軍曹は、ドイツの空襲による虐殺で苦しんだイギリスを象徴するために生み出したキャラクターだという。他にも、トラウトマンの妻のスピーチも実際にはなかったのだが、彼女が勇敢で自由で情熱的に戦っていた女性であるという事実から付け加えたそうだ。そうした多角的な価値観を得られる視点を加えつつ、物語をドラマティックにする工夫がされていることも本作の美点だ。

 マルクス・H・ローゼンミュラー監督は、こう語っている。「私にとって大切なのは、この完璧ではない世界で葛藤しながら、それでも完璧な世界を切望する人々を描くことでした。それは、誰もが、罪悪感なく、幸福に満ち溢れて過ごすことができる時間への強い憧れでもあります」と。

 『キーパー ある兵士の奇跡』では、その幸福への尊い願いを実在のスポーツ選手に託し、スポーツそのものが和解や平和につながるという普遍的な事実も描いている。新型コロナウイルスの影響で東京オリンピックが延期し、世界中の人々が不安を抱えている2020年の現在でこそ、劇中のトラウトマンおよび彼らに関係する人々の姿は、重要な知見を与えてくれている。

◆合わせて観てほしい2作品

 最後に、『キーパー ある兵士の奇跡』と通じているところの多い、合わせて観てほしい映画を2作品紹介しよう。

1:『42 世界を変えた男』(2013)

 アフリカ系アメリカ人初のメジャーリーガーとなった、ジャッキー・ロビンソンを描いた伝記映画だ。1940年代の当時は黒人への差別が激しく、主人公は球団のファンや、味方であるはずのチームメイトからも差別を受けてしまう。『キーパー』とは誹謗中傷を浴びたスポーツ選手が主人公であることと、彼が周りの人々の意識を変えていくことが共通している。

 主演を務めたのが、今年8月に大腸癌のために亡くなったチャドウィック・ボーズマンであることも重要だ。『ブラックパンサー』(2018)で黒人のスーパーヒーローを演じていた彼は、Black Lives Matterの運動が沸き起こる現実においても、人々の心の支えになっていたのだろう。彼がもうこの世にいないという事実は、あまりにも悲しい。だが、だからこそ、彼が実在のスポーツ選手でありヒーローを演じていた『42』も、ぜひ観てほしいのだ。

2:『愛を読むひと』(2008)

 1958年のドイツで、21歳年上の女性とベッドを共にした少年が、彼女に頼まれて本を朗読していくという物語だ。一見するとエロティックなラブストーリーであり、実際にPG12指定相当の性描写もあるが、決してそれだけではない。ホロコーストと、それに対する罪の意識が深く関わっていくという、意外な物語の転換があるのだから。

 『キーパー』との共通点は、主演を務めているのがデヴィッド・クロスということにもある。『愛を読むひと』で彼は15歳の少年をも演じていたため、『キーパー』で俳優としての成熟を見られることが感慨深かった。また、前者では後に弁護士としてホロコーストに関わる人物を演じたが、後者では元ナチス兵士として誹謗中傷を受けてしまう本人という、対照的とも言える役どころになっている。

 さらに、現在は『ある画家の数奇な運命』と『異端の鳥』という、いずれもナチスおよびホロコーストに関わる物語を描いた映画が上映中である。ぜひ、チェックしてみてほしい。

<文/ヒナタカ>

【ヒナタカ】

インディーズ映画や4DX上映やマンガの実写映画化作品などを応援している雑食系映画ライター。過去には“シネマズPLUS”で、現在は“ねとらぼ”や“CHINTAI”で映画記事を執筆。“カゲヒナタの映画レビューブログ”も運営中。『君の名は。』や『ハウルの動く城』などの解説記事が検索上位にあることが数少ない自慢。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF

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