国分寺以西を舞台にした野球少女マンガ『高校球児ザワさん』から、東京西部の変遷を読み込む

国分寺以西を舞台にした野球少女マンガ『高校球児ザワさん』から、東京西部の変遷を読み込む

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◆リアリティのある野球少女の日常

 女子の野球選手が高校野球に登場してから、彼女たちがマンガの中にも登場することが多くなりました。日本の野球マンガは時代の流れによってさまざまに多様化を遂げてきましたが、「女子と野球」というテーマも今後いっそう活発化するに違いありません。さて、そのなかでも『高校球児ザワさん』は「フェチすぎる野球マンガ」として、連載当時に注目を集めました。

 この作品は三島衛里子の初めての連載マンガでした。2008年に「ビッグコミックスピリッツ増刊号Casual」(小学館)に読み切りとして掲載され、その後「ビッグコミックスピリッツ」(同社)に2008年から2013年まで連載されました。単行本としては全12巻になります。2011年にはサムライジャパン野球文学賞大賞も受賞しています。

 作品もセリフも少なめなのですが、制服の下にアンダーシャツを着込む、無造作にタオルで顔を拭くなどの、野球少女ならではのディテールへの言及がなされています。練習風景や試合風景も多くは描かれず、リアリティのある野球少女の日常が淡々とそしてリアルに描かれています。

 物語は、西東京にある野球強豪校である日践学院高校硬式野球部を舞台に、唯一の女子選手・都澤理紗の日常を各話8ページほどの一話完結形式で描かれています。主要人物や描かれる内容は野球部のことが中心で、各話は独立していて全体を通じての物語にはなっていません。しかし時間軸は存在するので、最終話は彼女の大学受験のエピソードになっています。

◆国分寺以西が舞台となった、数少ない野球マンガ

 彼女は三鷹市の古びた木造平屋に、祖父、兄とともに暮らしています。兄の耕治は同じ野球部のエースで、卒業後はドラフト1位でプロ野球に進みます。しかし兄は在学中、野球部の仲間にも知られずに鉄道研究会などのオタク系クラブにも所属しています。自宅の場所は作品中では「下蓮雀」と表記されていますが、おそらくモデルは実際にある地名「東京都三鷹市下連雀」なのでしょう。

 高校の所在地はJR昭島駅からバスとなっていて、作品の舞台は三鷹から奥多摩方面の範囲になります。それが主人公の日常の生活圏と解釈できるかと思います。

 もちろん作中にJR三鷹駅やJR立川駅のホームが登場したり、練習試合のある野球場に向かうのに、JR五日市線の武蔵増戸(むさしますこ)駅を利用したりもします(作中に登場するのは旧駅舎)。いわゆる東京を舞台にした野球マンガで、国分寺以西が舞台になった作品は決して多くはありません。

◆東京なのにどこか東京でない不思議なエリアの物語

 個人的に記憶にあるのは、1980年代の高橋三千綱原作・かざま鋭二作画の『我ら九人の甲子園』くらいです。東京の西多摩にある都立秋葉高校がわずか9人の野球部員で甲子園を目指すというものでした。

 風景描写から詳細を特定できない作品でしたが、主人公が「奥多摩に山籠もりに行く」といって塩山の山小屋に向かうエピソードがでてきますし、高校のグラウンドの背景には山が迫って描かれていました。また練習時の丘陵からの風景には、はるか遠くに新宿の高層ビル群が見えていました。

 東京なのにどこか東京でない不思議なエリアともいえるでしょう。『高校球児ザワさん』に登場する「昭島バッティングセンター」は実際にはありません。これは武蔵村山にある「村山スポーツランド」がモデルになっているようです。特徴的な看板が酷似していますし、またバッティングセンターだけでなくゲームセンターも併設されています。作品に出てくるバッティングセンターも同様です。

「村山スポーツランド」の最寄り駅は西武拝島線の武蔵砂川駅か多摩川上水駅なのですが、徒歩だと相当の時間がかかりますので、タクシーもしくはバスでの移動になります。しかし玉川上水駅は多摩都市モノレールの駅も設置されていて、乗換駅になっています。JR立川駅に出るのには便利な立地です。周囲はURを中心とした大規模団地が目立ちます。

 この西武拝島線はかつて小川〜玉川上水間に敷設されていた日立航空機立川工場までの専用線でしたが、1949年に西武が取得、玉川上水駅の東大和寄りは戦後にアメリカ軍の基地になり、宿舎やハイスクールもありました。敷地は広範囲に渡り、現在の玉川上水駅周辺から都立東大和南公園、警視庁総合教養訓練施設に及びます。

◆『高校球児ザワさん』から読み込む東京西部の変遷

 さて、玉川上水駅の西側をしばらく歩くと、1964年から1966年にかけて5260戸が建設された、当時としては東京都内最大だった都営団地があります。敷地面積は55.3ヘクタール、周辺には商店街や市場もでき、1965年の人口1万4069 人から1970年の人口4万1275人へと激増しました。ただ現在は団地の老朽化も進み、建て替え工事が行われています。

 この周辺も高度経済成長期に大きく発展し、しかし近年の都心回帰現象の陰で将来像を模索している最中なのかもしれません。多摩ニュータウンを始めとして、東京の西部が郊外化された時代が確実にあったということです。そして現在に至る郊外都市が形成されていきました。

『高校球児ザワさん』を通じて、メディア等があまり着目しない東京西部の変遷を読み込んでいくことも可能でしょう。マンガはときにその対象になっている地理的エリアを知る契機にもなります。

 最終回で、都澤理紗は見事に大学入試に合格しました。彼女は合格発表を金髪、野球のユニフォームのいでたちで見に行きます。大学では女子も硬式野球部の選手として試合に出られるので、彼女はそこで野球を継続するのでしょう。受験番号を探す彼女の視線の先には「文科三類」合格掲示板と描いてありますので、東京大学に合格したようです。

【野球マンガの聖地を巡る旅 第2回】

<文・写真/増淵敏之>

【増淵敏之】

法政大学大学院政策創造研究科教授。専門は文化地理学、経済地理学。著書に『ローカルコンテンツと地域再生』(水曜社)、『湘南の誕生』(リットーミュージック)、『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか』(イースト・プレス)など多数。

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