医者の表情が患者の痛みを変える? AI時代だからこそ考えたい、人が人を診る意味

医者の表情が患者の痛みを変える? AI時代だからこそ考えたい、人が人を診る意味

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 こんにちは。微表情研究家の清水建二です。昨今、AI(人工知能)の発展とともにAIに取って代わられる仕事は何か、という議論が様々な業種でなされ、表情と感情の専門家として人間ならではのものについて意見を求められたり、セミナーを依頼されることがあります。

 中でも医療・介護関係に携わる方々と意見を交わすことが多々あります。すでに人間の医者を上回るAI診断システムがあったり、薬を調合するAIもあるそうです。また、ある介護施設では利用者さんのコミュニケーションを活性化させるために、AIが搭載されたコミュニケーションロボットを置くという話も耳にしました。

 そこで本日は、Chenら(2019)の研究をヒントにAI時代において人が人を診る意味について考えたいと思います。

◆医者の微表情が患者の痛みを軽減させる可能性

 Chenら(2019)は自身の研究結果を次のように考察しています。

「医者の微細な表情変化が患者の痛みを軽減させるのに一役買っている可能性がある」

ということです。実に興味深いです。なぜそう言えるのでしょうか。実験のプロセスをみてみましょう。

 実験のために集まってもらった参加者をランダムに医者役と患者役にわけます(便宜的に、それぞれの役割の参加者を医者あるいは患者と呼びますが、本物の医者及び患者ではありません)。

 医者には、患者に、熱による痛みを軽減しないクリーム及び熱による痛みを軽減するクリームを塗ってもらいます。患者には、それぞれのクリームが塗られる毎に、熱による同程度の痛みを受けてもらいます。

 このとき、医者はどちらのクリームが痛みを軽減するかについて知らされていますが、患者は知らされていません。しかし、実は、どちらのクリームも同じもので、痛みの軽減度に違いはありません。つまり、医者は、片方のクリームに効果があり、もう片方のクリームには効果がないという期待を持っている状況です。実験中の医者の表情変化を計測します。

 熱による痛みを与えた後、患者には、どちらのクリームを塗っていたときの方が痛みが少なかったかを報告してもらいます。このとき、患者の皮膚コンダクタンス反応(皮膚の水分量に応じて変化する皮膚の電気伝導の反応)及び痛みに関わる表情も計測します。

 実験の結果、医者が痛み軽減に効果があると期待していたときの方が、効果がないと期待していた場合に比べ、患者は痛みが少ないと報告し、患者の皮膚コンダクタンス反応も痛みに関わる表情も小さく生じることがわかりました。この結果は、実験条件を変えた2つの再現実験でも支持されました。

 つまり、医者の「効果がある」というポジティブな期待が、患者の主観だけでなく、客観的な痛みを軽減させたというわけです。

◆「治療効果あり・なし」という期待がもたらすもの

 なぜ、こうしたことが起きたのでしょうか?

 実験中に計測されていた医者の表情データを観ると、医者の期待によって微細な表情の違いが生じていることがわかりました。具体的には、医者がクリームについて痛み軽減に効果があると期待していたときの方が、効果がないと期待していた場合に比べ、痛みに関わる表情が小さく生じていたことがわかりました。

 このことから、医者は効果がないと思いながら患者に治療をしているとき、自身の痛み表情に関わる情報をより多く、患者に伝えているようだとChenら(2019)は考えます*。そして、医者は、非言語を通じて、どちらの治療が効果的かという期待を患者に伝えている、あるいは、患者に共感的に接することから患者が痛みを受けているときにその痛みが軽減されて欲しいと願っている、こうしたメカニズムがプラセボ効果を生じさせたのではないかと推測しています。

〈* 正確を期して書きますと、本実験において医者の微細な表情が期待に応じて異なることは確認されましたが、患者がその変化を意識的に認識できているのかについては、はっきりせず、統計的にわずかな傾向が観られる程度です。しかし、微表情が表れたとき、意識的には認識できなくても、無意識に私たちの身体が反応しているという研究があります(Svetievaら,2016)。このことから、本実験の患者は医者の微表情を無意識的に感じとっていた可能性は否定できません〉

 この結果は、実際の臨床場面における医者と患者とのやり取りから得られたものではありません。しかし、期待や想いが言外のメッセージを通じて、相手に伝わり、相手の気持ちや行動に変化を与える、こうした現象は、私たちの経験とも矛盾しませんし、様々な臨床場面でエピソード的に報告されているのを目にします。

◆AI時代だからこそヒトの心が浮き彫りになる

 もし、自身が難しい病に犯されたとき、生存率が50%でも「自分は生き残ることが出来る」という信念を持って治療を受けたいと思うでしょう。生死を心配する必要のない病気でも、なるべく痛みがない治療を望みます。そんなとき、AI診断システムは冷静に生存率を伝え、治療に伴う痛みについて何も言わない、あるいは中立なままでしょう。しかし、人間の医者ならば、こうした中立的な治療情報に対して、患者さんの気持ちを考えることで、共感的に治療することが出来るでしょう。本研究に基づくならば、こうした医者の想いや期待が、表情を含む非言語メッセージを通じて伝わり、患者さんの信念をより強くし、痛みの軽減につながるということが考えられます。

 AIが算出してくれるような統計的な情報や科学研究から明らかとなっている真理が、適切な治療や調剤に欠かせないことは言うまでもありません。しかし、ここに治療する側とされる側の想いが介在することで、温かみがあるだけでなく、より効果的な治療経過・経験を辿ることが出来るのではないでしょうか。医療の現場でときに起こる奇跡と呼ばれるような治療効果は、治療の平均的効果から外れる単なる偶発的な現象ではなく、患者さんを取り巻く期待の蓄積が功をなした必然的な結果なのかも知れません。

◆「人と人」がやり取りする場面ではどこでも当てはまる

 これは、医者と患者との関係だけに限定されません。人と人とがやり取りする場面ならどこでも当てはまるでしょう。目の前の相手がよりよく過ごせるように願う。こうした気持ちを全ての人に常に持つことは難しいかも知れません。しかし、少しでも意識してみる、少しでも人の気持ちに共感してみようとする。こうした心構えが、これからのAI時代に殊に大切になってくるのではないかと考えます。

 テクノロジーが進めば進むほど、動物としてのヒトの根源が問われる時代になるのではないでしょうか。

◆ 清水建二の微表情学第116回

参考文献:

Svetieva, Elena and Frank, Mark Gregory, Seeing the Unseen: Evidence for Indirect Recognition of Brief, Concealed Emotion (December 7, 2016). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=2882197 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.2882197

Chen PA, Cheong JH, Jolly E, et al. Socially transmitted placebo effects. Nature Human Behaviour. 2019 Dec;3(12):1295-1305. DOI: 10.1038/s41562-019-0749-5.

<文/清水建二>

【清水建二】

株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。

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