増え続ける[ヨコ文字ビジネス用語]がもたらす現場の当惑と混乱

増え続ける[ヨコ文字ビジネス用語]がもたらす現場の当惑と混乱

増え続ける[ヨコ文字ビジネス用語]がもたらす現場の当惑と混乱の画像

 近年の外資・ITベンチャー系企業の急成長により目にする機会が増えたヨコ文字ビジネス用語。今年は新たに「ソーシャルディスタンス」「テレワーク」「エッセンシャルワーカー」といった新型コロナ関連の用語が流行語大賞にノミネートされるなど、ヨコ文字文化は時代とともに進化し続けている。しかし、時にそれは“難読用語”としてビジネスの現状に混乱を招いているようだ。

◆進化し続けるヨコ文字文化

「のちほどアサインするのでリバイスお願いします」

 上司からの社内メールに戸惑いを見せるのは、IT系企業に勤める派遣社員の秋山康人さん(仮名・男性・31歳)。

「担当を割り振って資料の訂正を指示するだけなのに。“意識高い系”のメールはいちいち検索して意味を確かめてから返信するのでうっとうしいです」

 秋山さんの上司は会議でもやたらとヨコ文字ビジネス用語を乱発し、部下を困惑させているようだ。

「何かにつけて『それ、エビデンスとれてるの?』と。根拠と言えばいいのに。エビデンス言いたいだけっしょ!」

 また、転職活動中の森淳生さん(仮名・男性・34歳)は、求人サイトに蔓延するヨコ文字ビジネス用語に混乱しているという。

「募集広告の業務内容が『グループアセット』『シナジー』『ピープル・デベロップメント』など、カタカナばかりで。自分が本当にやりたい仕事を見つけようと転職活動を始めたのに、やりたいことが何なのか、さらにわからなくなった」

 このように難読ヨコ文字用語が次々とビジネスシーンに浸透し、多用されている理由は何なのか。慶應義塾大学教授の井上逸兵氏は次のように分析する。

「明治時代より、戦後まもなく、先の東京オリンピック、バブル期と、ヨコ文字用語はいずれも海外の文化が一気に日本に広がった時代に流行しています。ただし、明治時代は訳語を作っていました。現在のように難読用語が増えたのは、今までの日本人の概念になく、ふさわしい訳がつけられない言葉がどんどん入ってきているからなのでは。たとえば『ソリューションパートナー』は『一緒に問題解決をしていく仲間』という意味ですが、日本では使われていなかった用語。この場合、ひとことで言い表すにはヨコ文字用語のほうが端的でキャッチーに表現できるのでしょう」

◆日本人は外国語を受け入れるのが得意

 また、日本語は外国語を取り入れて定着させるのに向いた言語であるとも。

「日本語は名詞に『する』をつければ動詞になる。たとえば『ペンディング(保留)』に『する』をつけるだけで言葉として成り立ちます。また、『タイトな』のように『○○な』をつければ形容詞に。日本人は新しいものを作り出す能力は欧米に負けるかもしれないが、うまく咀嚼して応用する能力は世界でトップレベル。ただ近年は、ヨコ文字にしなくても良い用語も増えている傾向はありますね」(井上氏)

 確かに、「アジェンダ(行動計画)」「ローンチ(立ち上げ)」「オポチュニティ(機会)」など、日本語で表すほうが理解しやすい言葉を乱発するビジネスマンは多いようだ。なかにはこんな声も聞こえた。「“デキる”と思われたくて『フィードバックするからもう少しブラッシュアップして』と指示したら『ルー大柴みたい』と言われた」「『ASAP』『Win−Win』を乱発している上司。みんな陰口を言ってます」

 また、現在放送中のテレビCM「ほけんの窓口〜今さら聞けない篇」では、会議中に出てくる「コア・コンピタンス」という言葉をスマホで検索するという、現状を揶揄した様子が描かれており話題となった。

 こうした現象について、外国語辞書の編集を約30年続ける三省堂辞書出版部の寺本衛氏は次のように話す。

「外国語を効果的に使うことで、『ビジネスの最先端にいる』と思われたい自己顕示欲の表れでしょう。日本人は“4拍子”の民族なんです。古くはスパコン、シスアド、そして現在のコンプラ、プレゼンなど。ヨコ文字用語はリズム的に日本人に親和性があるのでは」

 次に難読ヨコ文字の一覧を掲載したが、いくつの用語が理解できるだろうか。社会生活においてオーソライズを得るには、ジャストアイデアではなく、アジャイルでフレキシブルなコミュニケーション能力がベストプラクティスなのかもしれない。

◆難読ヨコ文字<初級>

ローンチ(する)

「立ち上げる」「打ち上げる」の意味。新製品の発売や新サービスを開始すること。主にウェブサービス企業で新サービスの提供を開始するときなどに使われる。

ワーケーション

「ワーク(労働)」と「バケーション(休暇)」を合わせた造語。観光地やリゾートでテレワークを活用し、働きながら休暇を取るニューノーマル時代の過ごし方。

ウェビナー

「ウェブ」と「セミナー」を合わせた造語。Zoomなどのウェブ会議ツールを用いて開催されるオンラインセミナー、もしくはネット上でのセミナーを実施するためのツール。

コモン(センス)

英語で「common sense」。「常識」「良識」を意味する。ビジネスの場では「共通認識」として用いられ、世間一般的にわかりきったこと、ありふれたことを指す。

アジャイル

「俊敏な」「すばやい」の意味。IT業界では「アジャイル開発」の略語として使われることが多く、仕様の変更などに対して臨機応変に対応しながら開発する方法のことを指す。

◆難読ヨコ文字<中級>

コアコンピタンス

競合他社が真似できない、自社ならではの差別化を図れる能力。自社の生き残り戦略について考える場合が多い。(例)「コアコンピタンスを前面に出した戦略でいきましょう」

OODAループ

「Observe(見る)」、「Orient(わかる)」、「Decide(決める)」、「Act(動く)」の4つの行動の頭文字を取ったもの。読み方は「ウーダ」物事に対する意思決定の際に用いられる。

WFH(Work From Home)

直訳は「家から仕事をする」で、在宅勤務のネット用語。テレワークが推奨されていた自粛期間中にSNSでよく見られた。「リモートワーク」ともほぼ同義として使われている。

D2C

「Direct to Consumer」の略。自社のECサイトを用いて、自社開発の商品を直接消費者に販売する仕組みのこと。類義語は「B2B(法人向けサービス」「B2C(消費者向けサービス)」。

オポチュニティ

「機会」「チャンス」の意味。「オポチュニティロス(機会喪失)」「オポチュニティコスト(失われた利益)」「オポチュニティアセスメント(ビジネス機会を査定する)」などとして活用。

◆難読ヨコ文字<上級>

ウェルビーイング

個人またはグループが身体的、精神的、社会的に良好な状態であることを意味する概念。働き方改革によって、職場環境や働き方を見直す一つの指標となった。

プロダクトドリブン

「顧客主義」のこと。利用者の意見やニーズを中心にマーケティングなどを行う考え方。「ドリブン」とは「駆動する」「操縦する」あるいは「原動力となる」の意味。

AIDMA

「Attention(注目をひく)」、「Interest(興味をそそる)」、「Desire(欲望を起こさせる)」、「Memory(記憶させる)」、「Action(行動を起こさせる)」の頭文字を取った消費者心理のこと。

パーパス

企業や組織、個人が社会において「何のために存在するのか」という確固たる存在意義を指す。近年、経営戦略やブランディングのキーワードとして用いられることが多い。

グロースハック

ユーザーのニーズを分析し、検証と改善を繰り返しながら製品やサービスを成長させていくマーケティング手法。近年では「グロースハッカー」という職種も浸透してきている。

◆ヨコ文字を多用する日本人。外国人からはどう見られている?

 ヨコ文字用語を多用する日本人を、外国人はどんな目で見ているのか。和製英語を研究する北九州市立大学准教授のアン・クレシーニ氏に話を聞いた。

「日本語の語彙の約10%は外来語と言われています。今、使われているヨコ文字ビジネス用語は、今まで日本にはなかったテクノロジー用語なので、外国人の私から見ても違和感はありません。英語圏に憧れがある日本人は、会話にヨコ文字用語を入れることで“かっこいい”と思われたいのでしょう」

 クレシーニ氏が疑問視するのは、「外来語の役割とは何か?」を理解した上で使っているのかということだ。

「今回のコロナで『パンデミック(世界大流行)』という言葉が出てきましたが、ニュースをあまり見ていない人にはなじみがなく、『意味がわからない』という声が聞こえてきます。私が教えている大学でも知らない学生がいました。ヨコ文字ビジネス用語もこれと同様で、業界内では通じていても、一歩踏み出すと一般の人には理解できない。日本人同士でコミュニケーションが崩れてしまうのは問題です。」

 九州在住で普段方言を話すというクレシーニ氏は、他県では通じない言葉があることを実感しているという。

「たとえば『ハンドルキーパー』はお酒を飲む場で帰りの車を運転する人のこと。車で居酒屋に行く文化がない東京では通じないでしょう。和製英語も同じことが言えます。いま日本人が使っている『ランニングマシン』『ビジネスホテル』『コストダウン』などの多くは簡単な英語を合体させた和製英語。英語圏では通じません。ホテルの朝食の『モーニングサービス』は、英語では『教会の朝の礼拝』のことだし、『リスケ』なんかは『いやらしい、いかがわしい』という意味。初めて聞いた時は驚きました」

 クレシーニ氏はヨコ文字用語を使う際の注意点を次のように指摘した。

「英語圏で通じる言葉か日本でしか通じない言葉かの見きわめが大切。コミュニケーションのゴールは、自分の言いたいことを正しく相手に伝えられるかということ」

 円滑な人間関係を保つには、ヨコ文字用語の前に、相手が置かれた状況に合わせることが必要なのだろう。

【寺本 衛氏】

三省堂出版局次長。外国語辞書の編集を約30年続ける。主な担当辞書に『グランドセンチュリー英和辞典』『エースクラウン英和辞典』ほか。

【井上逸兵氏】

慶応義塾大学文学部教授。慶應義塾中等部長。文学博士。専門は社会言語学、英語学。著書に『バカに見えるビジネス語』など。

【アン・クレシーニ氏】

北九州市立大学准教授。言語学者。作家、コラムニストなど多彩な顔を持つ。著書に『「カタカナ」英語を「通じる」英語へ』(アルク)など。

<取材・文・撮影/櫻井れき>

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