大型車両は追突されても気付かないのか? 車中泊するドライバーたちから見える社会問題
2020年11月26日 08時33分 ハーバー・ビジネス・オンライン

トラックに追突した乗用車(読者提供)
◆「事故に気づかなかった」という声
「トラックドライバーが一般ドライバーに知っておいてほしい“トラックの裏事情”」をテーマに紹介している本シリーズ。
これまで「どうしてトラックはノロノロ運転をするのか」や「どうして路駐をするのか」など、世間に知られていない彼らトラックドライバーの事情を数々紹介してきたが、今回は、トラックドライバーたち本人の中でも議論となる「トラックやトレーラーは追突されても気付かないのか」を検証しながら、彼らの労働環境から見える社会的問題を提起していきたい。
トラックやトレーラーが事故を起こした際、ドライバーから「事故に気付かなかった」という声を聞くことがある。
大型車には死角が多く、歩行者や自転車の存在に気付かないことがあるというのはこれまでにも述べてきた通りだが、時には「接触したことすら気付かない」という意見も多くあがるのだ。
中でも分かりやすい事例が、当時大きく報じられた石川県のある追突死亡事故だ。
今年7月、石川県野々市市の市道で、路上駐車していたトレーラーに乗用車が追突し、乗用車のドライバー(当時46歳)が死亡する事故があった。
トレーラーの車内で仮眠を取っていたドライバー(当時47歳)は、事故の当事者であるにもかかわらず、仮眠後そのままクルマを出発させその場を立ち去ったとして、過失運転致死や救護義務違反などの疑いで逮捕。同ドライバーは調べに対し、「追突されたことに気付かなかった」としている。
◆現役ドライバーが見る石川県の事故
この事故のように、トラックやトレーラーが後ろから追突される事故において、ドライバーは本当に気付かないものなのだろうか。
筆者は幸いなことに、現役当時はトラックで事故を起こしたことも起こされたこともなかったのだが、今回、この石川県の事故に関して、現役のトラックドライバー59人に見解を聞いたところ、実に7割弱のトラックドライバー・トレーラーが「気付かない」または「気付かないかもしれない」と回答したのだ。
「長距離ドライバーはトラックでの睡眠で、多少の揺れ、衝撃、騒音には慣れてます。熟睡してたら気づかない事もありえます」(50代男性長距離大型)
「トレーラーだけでなく、大型トラックも『コツ』って感じの振動しかないですよ」(40代男性大型)
「かなり昔ですけど、分流に停車して仮眠してたらおまわりさんに起こされて、追突されたと。まったく気がつかず。寝起きでいきなり事情聴取されました」(30代前半大型長距離)
「冷蔵ウイング車で青果物を運んでいた頃、某県内の国道で信号待ち中に酒気帯びノーブレーキの乗用車に追突された。正直『コツン』とした感触しかなく、追突されたとは思いませんでした」(40代男性元長距離)
「自分は大型乗りですが、1度乗用車に追突されましたが全くわかりませんでした。エンストしたかな、くらいの感じでしたね。追突してきた乗用車の人から次の信号で止まった時に教えて貰って、『ありゃー』でしたね。トレーラーなら本当に分からないと思います」(40代男性大型)
こうした「気付かない」、「異音があっても追突されたとは思わない」とする意見がある一方、「絶対に気付くはず」、「気付くのでは」と答えるドライバーも2割ほどおり、「自分も実際事故を起こした(起こされた)が、すごい衝撃だった」、「追突した相手が死亡するくらいだったらさすがに気付くのでは」という声もあった。
ただ、一般的に荷台が満載されているトラックは、車体後部の衝撃が運転席まで伝わりにくく、とりわけトレーラーに関しては、運転席側のトラクターと引っ張られる荷物側のトレーラーが、いわば「点」でしか繋がっていないため、「事故に気付きにくい」というのは間違いないだろう。
ドライバーが仮眠中であればなおさらだ。
これまでに起きたトラック・トレーラーによる他の「ひき逃げ事故」では、「(人ではなく)ただ物にぶつかっただけだと思った」という供述もよく聞く。
その供述全てが正直なものかどうかは定かではなく、気付くか気付かないかは事故時の状況や環境によってケースバイケースだが、これら大型車の特性から、少なくとも乗用車より気付きにくいのは確かだと言えるだろう。
◆トラック運転手が車内で寝ざるを得ない背景
今回の石川県の事故においては、この「気付く気付かない論争」のほかに、一般ドライバーからはこんな声もあった。
「そもそもそんなところにトレーラーがいなければ事故は起きなかった」
「駐車スペースでないとこに車止めて寝てること自体が許されないだろ」
「ところ構わず寝るな。では歩行者が道路の真ん中で寝てていいのか」
「車道は車が走行する場所であり、人が寝る場所ではない」
こうした世間の意見に対して、声を大にして言いたいのは、彼らトラックドライバーも好きで車内泊しているわけではないということだ。
トラックドライバーという職業には、他の職業にない特殊な労働環境がある。
その中でも大きい特徴といえるのが、この「車中泊」だ。
全国を走り回る長距離トラックドライバーは、1週間、場合によってはそれ以上の期間、家に帰らず「クルマ生活」を送ることがある。
そのため大型トラックには、過去の記事でも紹介した通り、運転席の後部に寝台が付いているのが「通常」なのだが、トラックドライバーのように毎晩車中泊を続ける職業は他に類がなく、この「通常」こそがむしろ「異常」な状況だと言える。
また、「ならばせめて路駐ではなくどこかの駐車場に停めて仮眠しろ」という声もよく聞くが、トラックはその車体の大きさから、その「停められる駐車場」がないのだ。
荷主からは細かい時間指定があるうえ、時間になるまでは構内に入れてもらえず、さらには「近所迷惑だから近くで待つな」とまで言われる。
こうした彼らの「どうにもならない状況」を説明すると、トラックの中身が人間だということを忘れた一部の人たちからは「ならば止まらず走り続けろ」という声も浴びせられるが、彼らには定期的に休憩を取らねばならないというルールもあるのだ。
◆運送業界だけで解決する問題ではない
同事故を処理した石川県警はその後、「トレーラーの違法駐車をなくし、交通事故を抑制するように」と県トラック協会に依頼したが、これに対し同協会は、サービスエリアやパーキングエリアなど、駐車して待機できる場所の確保を国の予算措置も含めて「逆要請」。
このことからも分かるように、周囲にとっては迷惑でしかないトラックの路上駐車の問題は、もはや運送業界だけで解決できる問題では決してないのだ。
トラックやトレーラーは、追突されても気付かないほど頑丈であるがゆえに「強い」というイメージが持たれるが、その存在における社会的な立場は、「中身」のドライバー含め「弱者」となることが多い。
今回の石川県の事故においては、トラックの路上駐車が最も大きな要因のひとつになっていることは間違いない。が、こうした路上駐車が生まれる原因をトラックだけに責任を押し付けるのにはあまりにも無責任すぎる。
荷主やエンドユーザーである我々が運送業界に求める「低運賃」と「時間厳守」、そして「駐車場がない中での路駐禁止」は、彼らを八方ふさがりにしているという現実がそこにはあるのだ。
<取材・文・写真/橋本愛喜>
【橋本愛喜】
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働環境問題、ジェンダー、災害対策、文化差異などを中心に執筆。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書) Twitterは@AikiHashimoto