私がナイキCMに素直によろこべない理由。ひとりの子をもつ在日3世として

私がナイキCMに素直によろこべない理由。ひとりの子をもつ在日3世として

NIKEのCMより

◆これは私の個人的なストーリーだ

 2020年11月28日、世界的なスポーツメーカーのNIKEが新しいCMを公開した。私はCMをTwitterで知った。動画の中で、チョゴリを着たサッカー選手が映っていることに目を奪われた。このCMは日を追うごとに賛否を呼び、国内だけでなく海外メディアからも注目されるようになった。

「ナイキは日本がまるで差別主義的な国であるかのような描き方をしている」という趣旨のコメントが沸いているらしいが、そんなコメントは論外だ。一方で、「ナイキよくやった」という声も聞いた。身近にいる人びとからもそういう反応が目立った。確かに、そのような気持ちにもなるだろう。この国で、差別の問題を正面から取り上げる企業はほとんどないからだ。しかし、そんな声に接しながら、私はもやもやした気持ちが大きくなるのを感じていた。

 私は在日韓国人3世だ。同世代の親しい同胞(ラッパーFUNI)がツイッターに残した一連のコメントを見て、共感して「いいね」を押した。その時点までに目にしたどの反応よりも自分の気持ちに近かった。

◆雑煮とキムチが並ぶ正月

 個人的な話をしたいと思う。2019年10月にこどもが生まれた。韓国人の妻の里帰り出産で、こどもは韓国で生まれた。生まれて3カ月が経たないうちに妻と子に日本に来てもらった。私の生まれ故郷で、両親や祖父母、親戚が根を張り、暮らしてきた中部地方の地方都市で家族そろって正月を過ごすためだ。私のこどもは在日4世にあたる。私の在日家族は全員が韓国籍の特別永住者および日本国籍だ。正月の食卓には雑煮もキムチも並んだ。

 特別永住者とは、第2次世界大戦で敗れた日本がアメリカをはじめとする連合国と結んだサンフランシスコ講和条約(1952年発効)により、日本国籍を一方的に取り消された朝鮮や台湾出身の人びとを指す。日本で生まれたその子孫も代々特別永住者となる。「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」、いわゆる入管特例法で決まっている。特別永住者のことを、戦前の植民地に家族のルーツがある日本の市民と言い換えることもできると私は思う。特別永住者は在留カードではなく特別永住者証明書という法務省発行のカードを持っている。海外から帰国すれば《日本人・特別永住者》という一括りのブースでパスポート審査を受けて再入国する。

 日本国籍の親を持つ子は、国外で生まれても日本国籍を選べる。居住国の日本大使館・領事館で手続きをすればいい。理屈が同じなら、国外で出生した特別永住者の子は特別永住者になるはずだ。しかし、在外公館の業務は特別永住者をカバーしておらず、日本に戻って手続きをしなければならない。私のこどもは、初めての来日後すぐに居住地を管轄する出入国在留管理局(=入管)に特別永住許可申請を届け出た。2020年1月のことだ。その5カ月後、6月に審査結果が出た。

 不許可だった。

「子の母親は日本に生活の本拠があるとはいえないと判断した」というのが入管の説明だった。私が「父親は日本の特別永住者ですけど」と言うと、「母親と子の関係で審査を進めた」と返ってきた。意味が分からなかった。

 入管からは、不服な場合は取り消しを求めて訴訟ができるとの通知が来た。訴訟をするべきなのか。考えあぐねた私は同胞の弁護士に相談し、6月中に2度目の特別永住許可申請を行なった。その5カ月後、11月に結果が出た。再び同じ理由で不許可となった。

 政府の統計によると、特別永住者の人口は2019年12月末時点で31万2501人となっている。韓国籍(28万1266人)、朝鮮籍(2万7543人)が約99%を占める。

◆耳の奥でチクタクが聞こえる

 NIKEのCMに戻ろう。チョゴリを着ていた選手にスポットライトが当たることで、在日をとりまく日本社会の差別問題が提起された。同じ在日として、ひとまずうれしくは感じた。これを見た人びとの意識が変わり、社会全体が少しずつよくなっていくとも期待した。選手の存在も、そこを描いたCMの持つ意味も大きい。

 一方で、このCMで私と私の家族の人生に立ちはだかる差別的な制度は、何か変わるだろうか。耳の奥では常に秒針が刻んでいる。こどもは今、「定住者」の資格で日本に在留している。期限はわずか3年だ。

 NIKEのCMのようなものが増えれば日本はよくなるだろう。だが《よくなるとは、一体誰にとって?》と私は思ってしまう。そこに住むマジョリティの日本人が構造的差別に目を向けないままに「差別は許さない」というメッセージを消費し、気持ちよくなれるという意味だろうか。マイノリティはその踏み台として人生を捧げないといけないのだろうか。

 いつか社会がよくなった先に、私と家族のための場所はあるのだろうか。そんな変化を待っている間に、差別的な制度にぐちゃぐちゃにされてしまう。私のいる場所からはそのように感じられる。3年後、家族はバラバラになる。(もうすでに法的な身分はバラバラだ)。そんな状況で接したNIKEのCMとそれを称える人びとの声は、私には残酷に響いた。無責任で能天気にも。

◆地元は日本だ

 こどもの特別永住不許可通知を受けた後、霞ヶ関の法務省内にある入管本庁に何度か電話を掛けた。担当者は、特別永住審査係の「係長」だという在留管理業務室の男性だった。人当たりのより柔らかい声の持ち主で、話せば話すほど親近感が湧いた。なんとなく自分と年が近いような気がした。もし私に日本国籍があったなら、自分も電話の向こう側の官公庁の机に座っていたかもしれないと想像してみた。私たちは国籍が壁となり公務員になれない。なりたいとすら思ってはいけない。そんな制度を変えればいい?しかし、在日には選挙権がない。一票で声をあげるという普通の民主主義的な方法もとれない。声を取り上げられ、少数者として壁の中に閉じ込められている。そう感じてしまう。

 ある日早朝に電話を掛けると、担当者が出勤する前だったことがある。いつもと別の男性職員が電話に出た。特別永住審査係につないでほしいと伝えると、男性は「トクベツエイジュー審査係というのはないんですけど」と不機嫌そうに言った。

 現実の制度として、この社会から突き放されて、ほったらかしにされていることを理解した。ずっと前からそうだったのだろう。植民地となり、国籍を剥奪され、今この瞬間も無責任に分類されているのだ。なんとなく分かってはいても、期待し、信じようとしてきた。なぜなら日本が自分の地元だからだ。

 社会は日々変化して日本はよりよい方向に向かっている。NIKEのCMが出てきたのも、差別を取り上げることが利益になると判断するだけの社会になったということだろう。そう信じたい。今にも消えてしまいそうな、あいまいな取り扱いの中にとり残されようとしている在日、特別永住者の一人としてそんなことを思う。

<文/李真煕>

【李真煕】

りまさひろ●記者。1985年生まれ。東京大学大学院博士課程中退。琉球新報記者などを経てフリーランスの映像記者として活動を始める。日本外国特派員協会正会員。masahiroleej-News&Documentary

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