コロナ流行の今こそ「口が外界にどのように開いているのか」と、自分の体を知る時期

コロナ流行の今こそ「口が外界にどのように開いているのか」と、自分の体を知る時期

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◆これまで私たちは、知らないうちに唾液を共有していた

 新型コロナウイルスに限らず、細菌やウイルスなどの異物は、口を「入り口」として感染してきます。

「入口」「出口」という言葉の中に「口」が入り込んでいるくらい、人体の中で口こそが外界に開いた窓なのです。身体感覚で「口」の意味を誰もが知っているからこそ、「入口」「出口」という日本語が生まれた、ということでしょう。

 ちなみに、体の「出口」は肛門ですが、人体は口と肛門を介して内臓が外に開いた構造をしています。マスクをつけることで「口」という人体の「入口」を封鎖させて、内臓などへの感染防御を行うのはそのためです。

 ただ、口からの感染防御を完全にできるわけではありません。なぜなら、人は口から食べ物を取らざるを得ないため、食事の時にかならず口は外界に開きます。そして、そうした瞬間こそが(いくらマスクをしていても)異物が内臓へと入って来る「入口」のタイミングになりえるのです。

 集団会食などで感染が多発するのは、食の場で気が緩み、外界の窓としての「口」が無防備に開いてしまうからです。そして、思いのほか唾液が周囲に飛んでいることも、新型コロナウイルスの感染を契機に周知されてきたことです。

 唾液は、会話では約1m、咳で約3m、くしゃみで約5m飛ぶようです(直径5μmよりも大きな水滴を「飛沫(ひまつ)」と呼びますが、口から飛び散る飛沫感染予防では約2mの距離を取るようにと言われます)。

 そう考えると、これまで私たちが親密に会話をしたり密接な場所で食事をしたりといった行為は、唾液を共有していた行為でもあったのでしょう。ただ食の場をともにするだけで関係性が近くなることと、唾液が間接的に交換されていたこととがわたしたちの無意識には影響を与えていたのかもしれません。

◆「からだ」のことを「あたま」はほとんど知らない

 たいていは人間の無意識の行動こそが、思いもよらない感染経路になっています。明らかな咳やくしゃみは目立つので防ぎやすいのですが、それよりも自分自身の無意識の行為が、一番の死角になるのです。

 いつのまにか手を口に持っていく仕草。いつのまにか手で口に触れている行為。多くの人はほぼ無意識の動作になっていますので、自分自身がそうした無意識の行為に気がつきません。映像で自分の無意識の行為を撮影してもらうと、いかに非合理な無意識の身体行為が多いのかに驚くことでしょう。他者はよく見えても、自分には常に死角になることに注意が必要です。

 自分の無意識の身体行為を意識化することが難しいからこそ、手を洗うことが感染防御の基本になります(アルコール消毒は手を洗う場がない場合に行いますが、手洗いが基本です)。

 そのうえで自分の無意識の身体の動きを意識化していくことが、今こうした時期にできる大切なことです。食べる行為は、内臓世界と外の世界とがつながる無意識の行為であるがゆえに、外界に無数にいる他の生物の感染の「入口」になりえるのです。

 そうして手のしぐさやジェスチャーを含めて、自分の無意識の動き(や相手の無意識の動き)を意識化してみると、いろいろとおかしく奇妙だな、と思う動きも多いのです。

 別の言い方をすれば、「からだ」のことを「あたま」はほとんど知らない、とも言えるでしょう。無意識(からだ)の動きを意識化(あたま)させることは、からだとこころに新しい通路をつくることでもあり、医学的にも大事なことです。

◆唇は内臓の一部で、人類しか持っていないもの

 ところで、口には「唇」がありますが、体の「入口」の象徴としての唇をちゃんと観察したことがあるでしょうか。実は、「ほ乳類」の中でも「唇」を持つのは、人類だけです。

 サルでもチンパンジーでもゴリラでも、よく見ると「唇」は持っていません(画像を検索してみてください)。そして人類に特有の唇は、外側の皮膚(外胚葉)からできるのではなくて、内側の内臓(内胚葉)の一部としてできます。

 つまり、口の中の粘膜(それは胃や腸からお尻まで切れ目なくつながっています)が、表面にめくれあがって厚ぼったくなったのが、「唇」という場所なのです。だからこそ、唇は肌色ではなくて、内臓のように赤い不思議な色をしています。

 改めてまじまじと自分の唇を観察してください。唇という場所だけが持つ素材感や色感の特殊さに改めて気づくことでしょう。「唇」こそが、普段は目に見えない内臓世界の質感です。

 人類が唇を持ったことで、生まれたての赤ちゃんも母親の乳房に食らいつき、空気の漏れがない効率的な吸いつきができるようになりました。

 唇で乳房をくわえて舌をピストン運動のように動かし、口の中に陰圧をつくって生命線であるお乳を吸い出すことができるのです。そのため、口の周りには口輪筋や頬筋という筋肉が発達し、吸いつく動作のサポートもしています。

 人類だけが持つ「唇」は、生き延びるためにそうして進化してできあがってきたものです。もちろん、唇が内臓由来であると書いたように、唇から口以降は内臓そのものです。口をあけて中を覗いてみると、粘膜を含めて内臓世界の一端が露出して見えるでしょう。

◆人間には、口から入るウイルスや細菌を防ぐ“生命の知恵”が備わっている

 ウイルスや細菌も「口」から食道を介して胃の中に入ってしまえば、そこは強酸性の世界なので多くの細菌は生きることができません。食事は異物を取り入れる果てしないプロセスだからこそ、胃酸で細菌を防御する生命の知恵が備わっています。

 ちなみに胃の中でも存在できるヘリコバクター・ピロリ菌は、ウレアーゼという酵素を出すことで自分の周りにアンモニア(アルカリ性)のバリアを作り、胃酸を中和することで胃へ定着(感染)している例外的な細菌です。

 感染防御には、「うがい(外に出す)だけではなく、熱い緑茶を飲んだりする(胃に流し込んで胃酸に浸す)ことも有効だ」という話が出てくることも、そうした強い胃酸の力を頼りにした体の知恵でもあるのでしょう。

 ただ、外界の異物が口を介して食道や胃の方向ではなく、気道や肺の中へと入っていくと、そこは防御機構が薄いためある程度の被害は避けられません。もちろん、そうした時でも自身の「いのち」を守るために、免疫細胞は自然治癒力という体に備わった力により、必死に体全体を守ろうとしてくれます。

◆「唇」や「口」に意識を働かせて、自分自身の体への感受性を開く

 感染症が流行している時期(以前は「伝染病」「疫病」という名前で呼ばれていました。「伝染病」の方がイメージは伝わりやすいのかもしれません)、わたしたちの「口」が普段どのように外界に開いているのかと、自分の体を知る時期であるとも思います。

 そうして「唇」や「口」に意識を働かせるだけで、外界の脅威以上に、そもそも自分自身の体に対して感受性が開き、敏感で繊細になります。結局、感染症(伝染病)を防ぎながら生きていくことが、自分を知ることにも通じているのではないだろうかと思います。

 自分で身を守る「自力」と医療が身を守る「他力」とがしっかりと合わさったところに、健康的な社会があるのだろうと思います。

【いのちを芯にした あたらしいせかい 第9回】

<文・写真/稲葉俊郎>

【稲葉俊郎】

いなばとしろう●1979年熊本生まれ。医師、医学博士、東京大学医学部付属病院循環器内科助教(2014〜2020年)を経て、2020年4月より軽井沢病院総合診療科医長、信州大学社会基盤研究所特任准教授、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東北芸術工科大学客員教授を兼任(山形ビエンナーレ2020 芸術監督 就任)。在宅医療、山岳医療にも従事。未来の医療と社会の創発のため、あらゆる分野との接点を探る対話を積極的に行っている。著書に、『いのちを呼びさますもの』、『いのちは のちの いのちへ ―新しい医療のかたち―』(ともにアノニマ・スタジオ)、『ころころするからだ』(春秋社)、『からだとこころの健康学』(NHK出版)など。公式サイト

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