異例のNHK“ブーメラン人事”の裏に、前田新会長の「人事制度改革」構想!?

異例のNHK“ブーメラン人事”の裏に、前田新会長の「人事制度改革」構想!?

NHK新会長・前田氏

◆1年ほどで再び大阪局長に戻るという異例の人事

 出世する人の人事は“上り”の一方通行だ。異動のたびに地位が上がる。ブーメランのように元のポジションに戻るなんてことはない。もしもあったら、それは何か異変が起きての“左遷”と受け止められる。

 そんな“ブーメラン人事”がまさに昨年秋、NHK大阪拠点放送局(略して大阪局)のトップに起きた。組織人なら誰しも人事、特に異例の“左遷”に興味があるだろう。NHK内がざわついたのはもちろん、関西の報道関係者の間でも噂になった。

「いったい何があったんだ?」

 これは単純なNHK内の人事抗争の話ではない。大きな人事改革構想が絡んでいる。人事は組織の要だから、どんな組織にも相通じる話だ。受信料値下げの議論が本格化する中、多くの方に関心を持っていただける話だと思う。

“ブーメラン人事”と話題になったのは、NHK大阪局の局長、角英夫(かど・ひでお)さん。元はディレクター、プロデューサーで『NHKスペシャル』などの大型番組を担当し、2016年から3年間、大阪局の局長を務めた。

 ちょうど私が大阪報道部で森友事件を取材し、その後記者を外されてNHKを辞めた時期にあたる。この時の人事に角さんの意向は関係ないはずだ。むしろ私の仕事に理解を示してくれた、ありがたい上司だったと思っている。

 角さんは2019年、大阪局長から東京本部の広報局長に異動となり、2020年4月、役員にあたる理事に就任した。順調に出世の階段を上っていたのだが、理事就任から半年もたたない2020年10月、大阪局長に戻る人事が発表された。理事を兼任したままなので単純な逆戻りではないが、1年ちょっとで再びの大阪局長はやはり極めて異例だ。

 この人事についてNHKは「首都直下地震などで東京・渋谷の放送センターの機能が失われる事態に備え、いざという時に大阪から放送を出すバックアップ機能を強化するため」と説明している。実際その意味合いはあるようだ。

◆角さんの後任だったA氏は大阪局長を更迭され、新設の役職に

 この人事を断行したのは2020年1月にNHKの経営トップである会長に新たに就任した前田晃伸氏だという。みずほフィナンシャルグループの社長・会長を歴任した。

 NHKの会長は、これで5代続けて大手企業経営幹部から選ばれている。福地茂雄氏(アサヒビール)→松本正之氏(JR東海)→籾井勝人氏(三井物産)→上田良一氏(三菱商事)と続いたが、いずれも1期3年で退任している。

 前田新会長は大規模災害に備えた大阪局の機能強化に熱心だと聞く。角さんの後任として2019年、大阪局長に就任していたA氏に実現のメドをただしたところ、数年先と答えたようだ。これが機能強化に後ろ向きだとして、前田会長自ら更迭を決断したと言われる。

 A氏はわずか1年余りで大阪局長の職を解かれ、異動先は放送総局特別主幹。そんな役職はそれまでないので、東京・渋谷のNHK本館の役員フロアの一角をパーテーションで仕切って新たに部屋を作り、そこに机とパソコンを置いてA氏の部屋とした。

 入り口には「A特別主幹室」と表示されているという。これについては「A氏だけの役職、部屋ということを象徴するようで悲哀を感じる」と漏らす職員がいる一方、「役員フロアの一角に個室を与えられたんだからむしろ好待遇では」と指摘する声もある。

 ちなみにA氏は『プロジェクトX 挑戦者たち』『プロフェッショナル 仕事の流儀』『ドキュメント72時間』といった人気番組の企画に関わったドキュメンタリーの名プロデューサーで、慕っている職員は少なくない。

 大阪局長だった2020年9月17日に大阪弁護士会が行ったA氏のインタビュー記事が大阪弁護士会のウェブサイトに掲載されている。この中では、2020年度後半放送の大阪局制作の連続テレビ小説(=朝ドラ)『おちょやん』についても語っている。

 その2週間後に異動が発表されるとわかっていたらこのインタビューは受けないだろう。突然の人事だったことが伺える。

◆“ブーメラン人事”の本当の理由は別にある!?

 A氏の後任に前田会長は角さんを送り出したわけだ。しかし、いくら大阪経験があると言っても、防災の専門家でもない角さんをあえて1年ちょっとで大阪に戻す必然性はさほどないように思う。

 この“ブーメラン人事”の本当の意味合いはもちろん公にはされないが、「別にある」という説がNHKの一部でささやかれている。それは「会長の人事改革構想に従わなかったから飛ばされた」というのだ。

 その構想を説明する前に、前田氏が2020年1月の会長就任早々に起きたできごとをご紹介しよう。事情通によると、前田新会長はNHKの各部門の責任者に「各部署の課題を列挙して提出せよ」と求めたという。

 責任者たちは自分の部署が抱える課題を的確にまとめて提出した。会長がその課題を解決する時期を尋ねると「いろいろいきさつがありますので、おおむね3年はかかるかと」といった答えが相次いだという。この「3年」というのがミソだ。

 3年経てば自分たちは次のポジションに異動しているから、課題が解決したかどうか責任を問われなくて済む。何より会長の任期は1期3年だから、そもそも3年後に会長がどうなっているかもわからない。これは引き延ばし作戦、自分たちが責任を負わずに済ませるための時間稼ぎなのだ。組織の改革というものはこうして滞る。

 ところが前田会長はそれを許さなかったという。「これは半年で」「これは年内に」という具合に、課題ごとに短期間での解決を指示した。「それはちょっと……」と抵抗する責任者たちに「これは君たちが自分で出した課題だろう。だったら解決できるはずだ」とあくまで短期間での実施を求めた。幹部たちからは怨嗟の声が上がったが、職員の中には「これでNHKも変わるんじゃないか?」と期待する声もあると聞く。

◆「職種ごとではなく一括採用に」という前田新会長の人事制度改革案

 その前田会長が唯一自ら発案した改革案があるという。それが「人事制度改革」だ。あまり知られていないことだが、日本の放送局の中でNHKは唯一、職種ごとの採用を行っている。

 記者、ディレクター、アナウンサー、映像取材(カメラマン)、映像制作、映像や音響のデザイナー、技術、経営管理、といった具合に別々に採用する。それぞれの職種で採用された職員は、通常その職種をずっと続けながら専門的なスキルを磨いていく。

 希望しない限り職種が変わることはまずないから、部署も、報道なら報道、番組制作なら番組制作にずっととどまることになる。だからNHKというよりその部署に所属しているという意識が高まりやすい。これはしばしば縦割りの弊害を生む。

 民放は違う。新入社員は一括採用され、研修後に記者やディレクターなど最初の職種が決まる。記者の仕事を続けていても、ある日の異動で突然、営業職に回ることもある。普通の会社はおおかたそうだろう。

 前田会長の目には、「職種ごとの採用といっても、採用してみないと適性はわからないじゃないか。普通の会社と同じ一括採用でいいではないか」と映ったようだ。「やってみてダメなら戻せばいい」と、2021年度からさっそく一括採用に切り替えるよう号令をかけたと聞く。

 おそらくNHKに来てすぐに強固な縦割り人事構造の弊害に気づき、その改革の必要性を感じたからではないだろうか? 組織は人事で動く。だから人事制度に手を付けるというその考え方は理解できる。

 だがNHK内部では、これはとてつもなく大きな波紋を呼び起こした。何十年と続いてきた人事制度を抜本的に変えるのだ。今の幹部職員もみな何らかの職種ごとに採用され、その部門で頭角を現してきた。人事制度改革を、一括採用を何とか思いとどまってもらいたいという声が職場内に満ちたという。

◆A氏は会長の「人事制度改革」構想のとばっちりを受けた!?

 ここで“ブーメラン人事”に話が戻る。あくまでNHK内でささやかれる“一説”だが、理事の角さんは一括採用への人事制度改革に否定的な考えだったという。それはもちろん前田会長の意志にそぐわない。

 そこで「大災害時の大阪局の機能強化を実現する」というミッションを与えて、角さんを大阪に再び送り出したと言うのだ。理事の肩書きを残したままなのは「大阪局の機能強化をきちんと整えた暁には再び東京に戻す」という含みがあるのだと見る関係者もいる。

「前田会長が直接、角さんに因果を含めたんじゃないか?」と推測する向きもある。つまり、これは単純な“左遷”ではない。大阪局機能強化の大義名分のもと、人事改革に後ろ向きの理事を大阪に出す。それまで局長だったA氏は、そのとばっちりを受けたと言えるのかもしれない。

 この“ブーメラン人事”は「会長の人事改革構想に反対すると飛ばされる」というメッセージとなってNHK職員に理解されている。実際にそうかどうかではなく、職員の間にそう受け止める空気がある。人事は組織の意志を表す。こうなると改革に反対の声を内部で上げるのは極めて難しいだろう。

◆人事制度改革を差配する人事局長は、私とかつて仕事をした仲間だった

 人事制度改革を差配するのは人事局。そのトップの人事局長に2020年4月に就任したのは山内昌彦。あえて呼び捨てにしたのは彼が私の初任地山口での1年後輩の記者で、社会部でも同じ旧厚生省担当として仕事をした仲間だったからだ。NHK時代に一番親しかった友人と言える。

 その山内について早くも「会長の言いなりで一括採用に動いている」とNHK内で陰口をたたく向きもある。だが人は立場で仕事をする。賛成か反対かよりもミッションとして与えられた仕事に全力を尽くすということだろう。それを単純に責めては酷だと思う。

 山内は、人事局長の前は編成局計画管理部長というポジションだった。これは危機管理のポストだ。2018年末、私が最初の著書『安倍官邸vs.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由』(文春文庫)を上梓した時、NHKの放送総局長の定例会見でこの本について質問が出た。

 その時、放送総局長は自分では答えず、同席していた計画管理部長の山内に答えを振った。彼は用意された紙を取り上げ、書かれている文面を読み上げた。そこには「主要な部分において虚偽の記述が随所に見られる」という言葉があった。

 記者からは当然「どこが虚偽なのか?」と質問が出る。それには「取材や制作に関することに関してはお答えできない」という返事をした。だが私はこれも立場上述べたに過ぎないと受け止めている。

 彼は私のことをもっともよく知っているNHK職員だ。会見に出ていた記者によると、彼の発言はいかにも嫌々という感じが漂っていたそうだ。皮肉な巡り合わせを感じる。

 さて、それでは「お前はこの人事制度改革に賛成なのか?」と問う方もいらっしゃるだろう。結論から述べる。反対だ。一括採用ではなく職種ごとの採用を続けるほうがいい。

 すると「縦割り組織を温存するのか?」と疑問に感じるかもしれない。もちろんそうではない。縦割り組織の弊害は改善すべきだが、その手法は一括採用への切り替えではないと考えている。そのことを次回ご紹介したい。

 縦割りの弊害はなぜ生まれるのか? どうすれば解消できるのか? このあたりはどの組織にも共通のテーマだと思う。だがそこに「犬HKと呼ばれないためには?」というNHK固有のテーマも盛り込む。共通する要素を含んでいるからだ。

 そのお話にはあの著名人も登場する。「NHKをぶっ壊す!」で知られる「NHKから国民を守る党」略称「N国党」を立ち上げた、立花孝志さんである。

【あなたの知らないNHK 第2回】

<文・写真/相澤冬樹>

【相澤冬樹】

大阪日日新聞論説委員・記者。1987年にNHKに入局、大阪放送局の記者として森友報道に関するスクープを連発。2018年にNHKを退職。著書に『安倍官邸VS.NHK 森友事件をスクープした私が辞めた理由』、共著書に『私は真実が知りたい 夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』(ともに文藝春秋)

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