「パンデミック下での脱炭素化は経済を浮揚させる」米州開発銀行が驚愕のレポート

「パンデミック下での脱炭素化は経済を浮揚させる」米州開発銀行が驚愕のレポート

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◆2050年までに国全体の脱炭素化を目指すコスタリカ

 コスタリカ政府が昨年発表した「脱炭素化国家計画」(Plan Nacional de Descarbonizaci?n=PND)に対して、米州開発銀行(BID)がそのコスト−ベネフィットを詳しく検証した。その結果、利益がコストを大幅に上回るという結論に到達したという。

 コスタリカは、2050年までに国全体でのカーボンニュートラルを達成するという野心的な国家目標を掲げている。その具体的なロードマップがPNDだ。

 PNDは、以前の筆者記事(「コスタリカが『2050年までに国まるごと脱炭素化』のロードマップを発表」)でも紹介したように、10項目の軸からなる。

 その中心的な目標は、@電力のクリーン化A公共交通の改善BCO2吸収源の強化C省エネD廃棄物処理・リサイクルの5つだ。PNDは、そのために必要な広範な政治的・制度的改革の道筋と達成目標および達成年度を示したものである。

 PNDが発表された直後から、BIDはコスタリカ大学などと共同して「コスタリカにおける経済の脱炭素化のコストとベネフィット」と題された研究を進めてきた。

 まず、同研究では、PNDのプラン通りにいけば本当にカーボン・ニュートラルを達成できるのかについて検証している。その結果、すべてプラン通りに物事が進んだ場合、国内で排出されるCO2と吸収されるCO2は差し引きゼロになるという結論を得た。

◆「脱炭素化計画」の経済効果は410億ドルのプラス

 2018年段階でのコスタリカにおける排出量は、約12MtCO2e(CO2換算100万トン)だ。もし脱炭素化計画を実行せず、これまでの発展様式を何ら変えないまま30年間経過した場合、排出量は約19MtCO2eに増加すると試算している。

 一方、PNDが計画通りに進んだ場合、現時点で全体の過半を占める輸送セクターの排出量は大幅に減少し、その割合も全体のごく一部にまで低下する。また、対策を打たなければ排出量が右肩上がりになると推測される農牧林業セクターは、2025年頃に「排出源」から「吸収源」への転換点を迎える。その吸収量が運輸・産業・家庭など他セクターすべての排出量に追いつく到達点が2050年になるという検証結果を得た。

 次いで、そのケースにおけるコストとベネフィットが計算された。その結果、目標年度である2050年までの今後30年間で同プランには370億ドルのコストがかかり、一方で780億ドルにのぼるベネフィットが得られるとはじき出された。ベネフィットはコストの倍以上、差し引きで410億ドルの利益になるという計算だ。

 このうち、農牧林業が生み出すネット利益は約219億ドル、輸送セクターは約190億ドルと見積もられている。一方、産業と廃棄物セクターのネット利益は13億ドル程度という結果となり、プラスではあるものの利幅はかなり小さい。それでも、全体としての利益にこそ、この脱炭素化計画は「新しい経済モデル」としての意義の大きさを見出せるというわけだ。

◆新型コロナで浮き彫りになった、気候危機対策の必然性

 特筆すべきは、この間に起きたCOVID-19(新型コロナウイルス)の世界的拡大の影響だ。未知の感染症は、この長期国家計画の評価作業にも大きな影響を与えたが、それは決してネガティブな方向にではなく、むしろ経済の脱炭素化の必然性を高める方向にであった。

 同研究レポートは、人類と地球の歴史を巨視的に捉えている。気候危機と未知の感染症の拡大とは無関係ではなく、むしろグローバルな歴史の中でひとつの文脈を形成しているということだ。

 このレポートでは、まえがきの中で、今までの経済社会発展モデルは地球環境的に限界に達しており、「発展のパラダイムを“永続的成長”(筆者注:無限に経済成長が続くと考えること)から包括的でレジリエントな、かつ温室効果ガスの排出が少なくエコシステムを守る“持続可能な経済・社会”へとシフトすること」(筆者訳)が人類全体に求められていると前提づけている。

 その問題意識は、気候危機のみならず感染症拡大からも導かれる。コロナウイルスが人類に「古い日常」を断念させ、ニュー・ノーマルと呼ばれる「新たな日常」の様式を模索せねばならなくなったのと同じことだというのだ。

◆生活様式や産業構造の変更を逆手にとって、人類は次のステップに進めるか

 様式の変更はコストを伴う。実際、人類はコロナウイルスによる生活様式の変更と産業の構造的危機への対応を迫られる中で、多大なコストを支払っている。そのような中で、PNDに示された「国まるごと脱炭素化ロードマップ」を詳細に検討し、脱炭素化の進捗度とマクロ経済的コスト−ベネフィットを示すことは、「コロナ下・コロナ後をどう生きるか」というテーマとオーバーラップし、むしろ重要性を増す。

 生活様式や産業構造の変更は我々に経済的ダメージを与えるのか。それともそれを逆手にとって、人類は次のステップへと移行できるのか。できたとして、その経済効果はいかなるものなのか。漠然とした不安を数字に落とし込み、ひとつの方向性を示したという意味で、同レポートの研究意義は大きい。

 コスタリカがPNDに基づいて取り組み始めた包括的な「自主的社会変容」は、パンデミックによる「強制的社会変容」の方向性と似通っている。その意味で、この国が世界に先んじて「持続可能国家」への変容を図り始めていたことは、この時代にあってはむしろ「いいニュース」だったと同レポートは指摘する。

◆なぜコスタリカは脱炭素化に成功すると考えられるのか

 同レポートは結論のひとつとして、世界に先駆けた脱炭素化計画はコスタリカを「犠牲」にするものではなく、むしろ全員の利益になるものだと喝破している。ただし、それはコスタリカがそもそも環境政策と経済政策を深くリンクさせてきた歴史があるからだ。

 つまり、脱炭素化の準備ができていたわけだ。だからこそ、この「国をあげた社会実験」はより成功の可能性が高く見積もられ、先駆的実例として追跡調査研究の価値も増す。

 動き出したばかりの計画の、達成されてもいない目標に対して行う評価は、多くの不確定要素を含む。だがむしろ、その状態でまず一定の評価を算定することは、現時点での不確定要素を洗い出す作業にもなる。今後、計画の実行段階が進むにつれて、それらの不確定要素を一つずつ塗りつぶしていくことで、計画の成功確率を上げることにつながる。

 PNDの具体的評価に踏み込むと、大目標のひとつである電力のクリーン化はすでにほぼ達成している。これにより、家庭、産業、オフィス部門の脱炭素化という次のステップにすぐ移行できる準備が整っていることは、大きなプラス評価材料だ。

 最大の難関は輸送部門だ。ただでさえ国中のエネルギーの過半はここで消費され、かつ現状ではそのほぼすべてが石油由来の燃料によって動いている。しかし、これも電力エネルギー源を持続性のものに切り替えたことにより、EV化もしくは水素燃料車への切り替えができれば、脱炭素化経済の目処はほぼ立つことになる。

 農牧林業セクターも、現在は温室効果ガスの「排出源」になっている。だが、コスタリカは近年森林率を急速に回復させており、前述のように、BIDの試算ではあと5年で「吸収源」に転換すると見積もっている。もともとコスタリカは森林国なので、その吸収量が十分に回復できれば、30年後には他セクターで低減された排出量をすべて賄える計算になるというわけだ。

 加えて、BIDがこのような評価をした意味も極めて大きい。それ自身、コスタリカの脱炭素化計画の成功確率を上げる要素になっていることにも注目に値する。

 このレポートは、国際金融機関がPNDに対し「これは儲かります」というお墨付きを与えたことと同義である。つまり、全世界の金融市場に対する「コスタリカの脱炭素化計画は投資先として有望だ」というメッセージとなっているのだ。それに乗って世界の投資がコスタリカに集まれば、その分PNDの成功率も上がる。正の連鎖がここから始まるというわけだ。

◆私有車両の脱炭素化、農牧林業の吸収量増加が重要なポイント

 ただし、すべてうまくいく保証があるわけでもない。なかでもとりわけ重要なポイントとなるのはおそらく輸送セクター、なかでも私有車両の脱炭素化と、農牧林業セクターの吸収量増加がどの程度まで進むかの2点だ。

 車両台数も交通量も右肩上がりのコスタリカにとって、車両の脱炭素化にはかなりのコストと時間を要すると考えられる。ましてや、PNDに記された運輸セクターの脱炭素化スケジュールは、欧州先進各国におけるそれと大きく変わらない。資金や技術で上回る国々ですら達成可能性を問われる状態で、コスタリカでは確実に実現可能だと断言する根拠はまだ弱い。

 また、農牧林業セクターの吸収量増加にしても、今後すんなりとは計算通りにいくのか、疑問が残る。まだまだ吸収源を増やす余地があることには疑いがないものの、果たして期待通りの数値まで吸収源を広げられるのか、その現実性はどれくらいあるのか。今後さらなる検証が必要だと考えられる。

 同レポートは、あくまで計画通りにいけばどうなるかという評価なので、これらの点を甘く算定しているのではないかとも受け止められる。その点は注意が必要だろう。それを踏まえつつ、このレポートはPNDを後押しする役割が強いことを意識しつつ読んだ方がいいのかもしれない。

◆この危機的状況を、いかに前向きに乗り切るか

 菅義偉首相は、総理大臣就任後の所信表明演説で2050年までの日本の脱炭素化を宣言した。つまり、コスタリカとターゲットイヤーは同じだ。ただ、日本の場合、その詳細や実現可能性に関する議論はこれからといっていい。

 脱炭素化を議論する際に、日本では短期的なコスト面が強調されがちなきらいがないだろうか。長期的視点で展望を描いたPNDと、そのベネフィットに着目したBIDのレポートから私たちが学べることは、なによりも「この人類史上類を見ない危機的な状況を、いかに前向きに乗り切るか」という態度だろう。

 PNDが策定された前提として、2015年に締結されたパリ協定を抜きには語れない。その歴史的合意の立役者となった当時の国連気候変動枠組条約締結国会議事務局長のクリスティアーナ・フィゲーレス氏は、オプティミズム(直訳だと「楽観主義」だが、この場合より正確には「成功の可能性を信じること」という意味合いになる)を最重要キーワードとして掲げている。

 氏は、コスタリカにおける軍隊の廃止を宣言したホセ・フィゲーレス氏の娘だ。つまり、「コスタリカ的オプティミズム」を最も色濃く受け継いでいる人物といえる。PNDにも、それを評価したBIDのレポートにも、その意味でのオプティミズムを感じることができる。私たちがまず参考にすべきは、その態度ではないだろうか。

 また、BIDによるこの調査研究は、PNDを他国の脱炭素化計画立案・実行において、より応用しやすいサンプルとして活用されることも意識されている。もちろんコスタリカの例が日本に適用できるわけではないが、参考になるヒントはある。

 実際の応用はそう簡単ではないが、日本の政策立案担当者や経済界のリーダーたちにもぜひこのレポートを一読し、それこそオプティミズムの立場にたって、何らかのヒントを発見してもらいたい。

【「持続可能国家」コスタリカ】

<文・写真/足立力也>

【足立力也】

コスタリカ研究者、平和学・紛争解決学研究者。著書に『丸腰国家〜軍隊を放棄したコスタリカの平和戦略〜』(扶桑社新書)など。コスタリカツアー(年1〜2回)では企画から通訳、ガイドも務める。

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