君の指はスマホ操作だけに使われる運命ではない! 指で触れ、物を作ってわかる「喜び」

君の指はスマホ操作だけに使われる運命ではない! 指で触れ、物を作ってわかる「喜び」

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◆人類はローカル化に進まなければ希望はない

 コロナ流行の世の中で、やっと都会脱出者が目に見える形で増えてきたようだ。あらゆる面で荒んでしまった社会の世直しは、人々が地方分散・自立分散する以外にない。日本だけではない、世界中で起こっている流れ。

 人類が生き延びようとする最後のチャレンジであり、同時にそれは人々の営みを「安心」と「幸福感」と「サステイナブル(持続可能)」へと導く近道だ。

 例えば、温暖化は技術や政策で解決できるだろうか。できるならとうの昔に課題を克服しているはずなのに、現実は課題をもっと深刻に進めている。今も! 

◆終わりなき「生産性」の追求

 仮に技術革新が生まれ、労働生産性が上がり、資源消費が減っても、できた時間および使わずに済むようになった資源は、また新たな生産に向けられてしまう。例えば、車がガソリンに変わって電気で動くようになったら、世界の電力需要は30年後には今の2倍になる。

 電気自動車にはレアメタルなどの希少金属が使われ、その採掘に児童労働や地域紛争が伴う。電気自動車そのものの生産には、結局は従来の化石燃料が使われ、2040年に電気自動車社会が実現されても、CO2排出量は現在から1%減るだけに過ぎない。

 よって大量生産と大量消費を形を変えながら増殖させる経済成長志向を手放さなければ、温暖化や環境破壊を止めることはできないのに、誰もが目を背ける。未開地の開発と温暖化は今後もコロナのような感染病を増大させるし、大災害はさらに日常化する。

「このままなら人類を滅ぼすぞ!」という地球からのメッセージ。人類を終わりにするか、経済成長を終わりにするか? どっちが君は好きだろう。どっちを君は選ぶだろう。

 経済成長でなく、地方分散・自立分散、つまりは“ローカル化”で経済をダウンシフトし、生産と消費を限定的に縮小して、それでやっとスローライフを謳歌できる。その時を一刻も早く引き寄せなければ、俺ら人類に希望はない。

 それを政治家、経済界、学者に任せていればいいのか? 彼らに任せても何一つ解決しなかったから、今、これを書いている。君がどうするか!だ。

◆実は、スローライフは1年中忙しい!?

 さて、そんな想いを、確信を持って人を地方や田舎に誘ってきた。そして自分自身も東京都と千葉県匝瑳市の二地域居住を10年、完全移住してから3年目を超えた。田舎で米を自給し、野菜を育て、そんな暮らしが長くなった。

 食べものたちを育てる暮らしをしていると、春から秋はそれなりにやることがいっぱいだ。種を蒔き、苗を植え、草と戯れ、収穫をいそしみ、実りを堪能する。その営みを経ると冬の足音が聞こえる。

 やっと冬を迎えて、田舎暮らしのスローライフが始まる! なんてわけにはいかない。スローライフは忙しいのである。とはいえ、「やらされる」忙しさではない。「自発的」で「愉快」な忙しさだ。日がな一日を読書して過ごすなんて幻想は捨てよう。

 冬を迎えて何が忙しいかって? それは DIY(Do It Yourself)だ。DIYと言っても、大工作業だけではない、土木作業や発酵食作りに始まり、さまざまなメンテナンスやリペアやリノベーションなど。お金を払って依託・購買・消費するのでなく、自分や自分たちで手・足・頭を使い尽くして作業し、創りあげる。

◆やりたいことが尽きなくてワクワクする毎日

 俺は、家でやりたいことに限りがない。金持ちならいざ知らず、お金がなくても妄想を実現するには自分の体を使うしかない。

 例えば、ウッドデッキの修復とペンキ塗り、雨漏り直し、畑のお洒落化、庭木の剪定。合板の床を国産天然木に張り替え、壁紙を漆喰に、屋外の薪保管場作り、雨水利用。小さな太陽光パネル自家発電の利便性向上、物置部屋の整理整頓棚配置……などなど。この冬だけではとうてい終わらない。

 米を自給する田んぼ周りでは、仲間たちと建てた小屋・トイレ・風呂の周辺エリアのフォレストガーデン化(食べられるものが種々実る森作り)、オダ(稲を干す竹)の保管東屋づくり。

 農泊にしている古民家では、キッチンのリノベ、薪ストーブ設置、隙間埋め、雨水が土に染み込むようにする土木作業、庭の畑化、お隣さんとの境に目隠しになる植樹、敷地と道路の境のお洒落化、合板床を国産木材床に……などなど。

 食べものの保存や発酵食にも忙しい。庭のシソの葉をニンニク醤油漬けに、シソの実は塩漬けに。盛りを過ぎて赤くならなかった青トマトをピクルスに。この時期たくさんいただくサツマイモは干し芋に。いただいてもいただいても、まだまだもらう柿は柿酢や干し柿に。

 ユズもあちこちからいただいて、使い切れずに風呂に入れたり、ポン酢にしたり。年末に藁でしめ縄やリースを作る。年を越したら味噌作りや醤油作りが待っている。麹づくり、甘酒作り、納豆作り。やりたいことが目白押しだ。

 貧乏なスローライフは忙しいのである。体と頭を動かして、夜は早くに目がしょぼしょぼになり、布団に入ればすぐ眠り落ちてぐっすり。とはいえ、やりたいことでワクワクして、あれもこれもと妄想で頭が冴えて早起きになる。寒さ増すこの時期の夜明け空は格別だ。出会わす陽の出の美しいことよ。

◆その指を、スマホ以外のことに使ってみないか

 都会にいると、実は新鮮さも美味しさもない食べものや、買ってはすぐ捨てることになる消費だけの虚しい暮らしで、お金は財布から出てゆくばかり。財布を埋め合わすためにツマラナイ仕事に今日も出かける。テレワークとて、似たり寄ったりだ。創ることを忘れた手・足・頭は、行き場所を失くして本来の営みを退化させ、悲しんでいる。そう、だから病が増える。

 そろそろ、消費主義から抜け出してはどうか? 指でスマホを叩けば翌日には欲しいモノが届く。だがその充実感は、次に指でスマホをなぞる時には消え失せている。その瞬間、モノはゴミになり、またも人類が生き辛い未来を引き寄せる。その虚しい繰り返しを、俺たちはいつまで続けるのか。

 指が土や木などの自然物に触った時、はたまた、綺麗な指から汚れる指に変わった時。指自身が本来の機能を取り戻して喜ぶと同時に、指の根本にある君自体に、喜びが呼び覚まされるだろう。

 君の指はスマホだけに使う運命ではない。

【たまTSUKI物語 第29回】

<文/坂勝>

【坂勝】

30歳で脱サラ。国内国外をさすらったのち、池袋の片隅で1人営むOrganic Bar「たまにはTSUKIでも眺めましょ」(通称:たまTSUKI) を週4営業、世間からは「退職者量産Bar」と呼ばれる。休みの日には千葉県匝瑳市で NPO「SOSA PROJECT」を創設して米作りや移住斡旋など地域おこしに取り組む。Barはオリンピックを前に15年目に「卒」業。現在は匝瑳市から「ナリワイ」「半農半X」「脱会社・脱消費・脱東京」「脱・経済成長」をテーマに活動する。(株)Re代表、関東学院経済学部非常勤講師、著書に『次の時代を先に生きる』『減速して自由に生きる』(ともにちくま文庫)など。

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