自由なメディアなしに自由な選択肢はない。ポーランドで独立系メディアが一斉停止した日

自由なメディアなしに自由な選択肢はない。ポーランドで独立系メディアが一斉停止した日

自由なメディアなしに自由な選択肢はない。ポーランドで独立系メディアが一斉停止した日の画像

 毎日利用しているテレビやニュースサイト、こうしてご覧いただいているメディアが突然使えなくなる……。そんな事態を想像したことはあるだろうか?

◆その情報は本当にあって当たり前?

 我々、日本人にとって必要な情報にアクセスできることは、あまりにも当たり前になっている。

 しかし、世界を見渡すと、お隣の中国ではSNSやインターネットでの検閲が日常的に行われており、同じくお隣のロシアでもジャーナリストやメディアは厳しく弾圧されている。

 我々がテレビやラジオ、スマホやパソコンで多くの情報を、それも無料で見られるのは、言論や報道の自由が保障されているからに他ならない。そして、それら多くの情報は、誰かが取材や調査、研究を行なったうえで我々の手元に届けられている。

 そうは言っても、現実にそれらが失われた日常を想像するのは難しいだろう。国会の質疑で黒塗り文書が提出されようが、政治家が質問に答えなかろうが、報道が利権と癒着しようが、我々一般人には関係ないことに思えるかもしれない。

 では、たとえば明日の天気予報が見られなくなってしまったらどうだろう? メディアとの接し方や、言論や報道の自由について否が応でも考えさせられるはずだ。筆者はまさにそのような体験をした。

◆「メディアに選択肢はない」の意味

 ことが起こったのは2月10日。筆者が住んでいるポーランドでは数年ぶりの本格的な冬が到来し、酷い日にはマイナス20度近くまで気温が下がっている。「今日も随分寒いけど、いったい天気はどうなっているのか」とスマホで天気予報を調べようとすると、そこには見慣れない画面とともに、次のような文言が表示された。

 “MEDIA BEZ WYBORU”(メディアに選択肢はない)

 あまりにも非日常的でなかなか想像し難いかもしれないが、皆さんが普段観ているテレビやニュースサイトに、突然このような表示が飛び出してきたことをイメージしてほしい。

 画面をいくらスクロールしても、天気予報は一切表れない。表示されるのは、以下のようなメッセージだ。

 “ここにはあなたのお気に入りのインターネットサービスがあるはずです。しかし、本日こちらでは何も読むことができません。独立したメディアが存在しない世界を体感してみてください。「メディアに選択肢はない」運動が始まりました。我々がポーランド共和国政府に向けた公開書簡をお読みください。利用者の皆さまと後援企業のご理解とご協力に感謝します”

 いかがだろう? このメッセージは、たまたま筆者が開いた天気予報のサイトで表示されたわけではない。同日、テレビを含むすべての独立系メディアで表示されたのだ。

◆全国的なメディアのストライキ

 日本ではまず考えられない状況だが、察しのいい読者の方なら、いったい何が起きたのか見当がつくはずだ。

 そう、メディアによるストライキである。

 前出のメッセージに続いては、次のような公開書簡が表示されていた。

 “親愛なる利用者の皆さん!

 本日、我々の誰もが取りたくない、なぜならジャーナリストの価値観に反している、行動を進めます。24時間に渡り〇〇(報道ネットワークや企業名が入る)のすべてのサービスが消滅します。

 この抗議は、ポーランドや外国資本下のさまざまな肩書きのジャーナリストやサービスとともに行われます。なぜなら、我々はほかに選択肢がないと信じているからです。

 メディアに対する新たな増税案は、近年ポーランドでメディアが直面している困難へのさらなる一撃です。すでにパンデミックとそれに伴う経済難に襲われていますが、新たな増税は編集部を直撃します。

 一年近く続いているロックダウンによって、広告主や読者は苦しんでいます。新聞の発行部数は低下し、広告費も下がっています。そして今、政府は我々に数百万もの増税を課そうとしています(中略)

 本日、我々みんなが自由なメディアのないポーランドを目にします。しかし、このような過激な行動は不可避であると信じています。自由なメディアなしに自由な選択肢はなく、自由な選択抜きに自由は存在しないからです“

◆メディアへの増税は報道への介入か

 ポーランドでは新たな増税が行われ、すでに一般の消費者をも直撃している。メディアも例外ではないのだが、実はそこには次のようなカラクリがあるのだ。現地のメディア関係者は次のように解説する。

 「日本の人にはメディアが税金を払うのを渋っている……という風に見えるかもれませんが、それは大間違いです。現在の与党である『法と正義』はメディアへの介入を進めており、この増税はその一環なんです。

 というのも、どのメディアも税金は払わなければいけませんが、公営放送や政権寄りのメディアは『助成金』のような形でお金が戻ってくる。つまり、今回の増税は独立系のメディアを弱らせ、助成金をちらつかせることで政府の報道に対する影響力を強めようというものなんです」

 政治やメディアのあり方に興味のない人にとっては、独立系メディアのストライキは「単なる不便」に過ぎないのかもしれない。しかし、その裏では、言論や報道の自由を巡る戦いが行われていたのだ。

 では、果たして日本で政権が報道への介入を行った場合、メディアはこのような「絶対に屈しない」という行動に出るだろうか?

 また、我々一般ユーザーはどのような反応をするだろう? 言論や報道の自由に対する考え方が変わるのか? それとも単に不便だからとメディア叩きをするのか?

 もちろん、そのような事態に陥らないことが一番だが、いつも当たり前に利用しているメディアは、決してあって当たり前ではないのだ。

 また、メディアが独立した存在として、公正な報道を行うことも決して当たり前ではない。我々が自由に情報に触れることも当たり前ではないのだ。

 真っ暗なスマホの画面を見ながら、筆者はそんなことを考えた。

<取材・文・訳/林 泰人>

【林泰人】

ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン

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