女性蔑視やゴシップ報道に壊された女性アイドル。今なお続く搾取の構図

女性蔑視やゴシップ報道に壊された女性アイドル。今なお続く搾取の構図

hulu米国版より

 久しぶりに彼女の名前を聞くという方も多いだろう。ブリトニー・スピアーズの新作ドキュメンタリーが話題となっている。

◆最新セレブもブリトニーを支援

「いったい、なぜ今さらブリトニー?」と思われるかもしれないが、FXやHuluで公開された同作は、華やかな音楽や煌びやかなダンスの話ではない。

 皆さんは坊主頭になった彼女の痛々しい様子を覚えているだろうか? 『フレーミング・ブリトニー・スピアーズ』は、セクシズムとセレブ文化の犠牲となったブリトニーとメンタルヘルスの問題を描いているのだ。

「フレーミング」には「ハメる」という意味もある。彼女の後見人となった父親や音楽産業、メディアや熱狂的なファンたちによって、ブリトニーはハメられたのではないかと同作は訴える。

 このショッキングな内容に、SNS上では「#FreeBritney」なるハッシュタグも登場し、カーディ・Bやマイリー・サイラスといったポップアーティストたちが、ブリトニーの支援を表明した。

 また、過去にブリトニーと交際していたジャスティン・ティンバーレイクや、テレビ司会者などは公に謝罪をするなど、『フレーミング・ブリトニー・スピアーズ』は大きな波紋を呼んでいる。

 セクシズムやメンタルヘルスに興味がない人にとっては、「壊れてしまったアイドル」の話に過ぎないのかもしれない。しかし、同作はそんな「無関心な大衆」の罪深さも示唆している。

◆主流メディアも20代の女性を搾取

『フレーミング・ブリトニー・スピアーズ』を製作した『ニューヨーク・タイムズ』には、次のような記事が掲載された。(参照:THE NEW YORK TIMES)

 “『USウィークリー』の表紙には大文字で「私を助けて」と書かれており、その下にはブリトニー・スピアーズが髪の毛の一部をバッサリ切った写真が並んだ。『ピープル』誌は読者を「ブリトニー衰弱の内幕」に誘うことを約束し、「ワイルドなパーティ、公共の場でのすすり泣き、丸刈り」の詳細でそそった。『OK!ウィークリー』誌は「助けを求める号泣」という直接的な言及で、潜在的な購買層を誘惑した”

 明らかに不安定な精神状態にある20代の女性が、世界中のメディアから購買促進のダシにされる様子は、あらためて振り返ると異常だ。

 しかし、これは決してアメリカだけの話でも過去の話でもない。日本でも、電車の中吊り広告や、本屋やコンビニに並ぶ雑誌の表紙を見れば、今でも「お泊まり」「密会」などの文字がデカデカと踊っているだろう。

 “スピアーズの結婚、子ども、薬物乱用の問題や精神的な健康上の問題について、ときに息を呑むような報道をしたのは、パパラッチやタブロイド紙だけではなかった。それは当の『ニューヨーク・タイムズ』も同じだ。その他の新聞、テレビの報道番組、深夜のコメディ番組もそうだった。ゲームショー『ファミリー・フュード』でさえスピアーズをねじ込み、彼女が過去1年間で失ったもの(「彼女の髪」「彼女の夫」)を挙げるよう出場者に尋ねた”

 ゴシップ誌だけでなく、主流なメディアまでもが何の疑問も抱かずにブリトニーを搾取することは、さすがに今では想像しづらい。しかし、たった15〜20年ほど前までは、それが当たり前だったのだ。

 “『グラマー』誌の編集長サマンサ・バリーはインタビューのなかで、スピアーズに対する社会の扱いについて次のように述べている。「私たちは、二度とこのようなことをしない社会にいると願っています。セレブリティ、具体的には女性を持ち上げ、八つ裂きにするような社会です」

 同記事は、メンタルヘルスへの認識や知識が向上したこと、SNSの台頭によってセレブが自身で情報を(ある程度)コントロールできるようになったことで、こういった状況は改善されつつあるとしている。

◆強烈な女性蔑視に世界が興奮

『フレーミング・ブリトニー・スピアーズ』に関しては、MTVで司会を務めていたデイヴ・ホームズの手記も衝撃的であり、痛ましい。『ロサンゼルス・タイムズ』に掲載された同記事では、ホームズが加害者でもあった自身を振り返っている。(参照:LOS ANGELES TIMES)

 “クリスティーナ・アギレラ、マンディ・ムーア、ジェシカ・シンプソンなど、ほかにも若い女性ポップスターが王座を争っていたが、誰もが彼女について意見を持っていたのはブリトニーだった。

 子どもたちは彼女を愛し、両親は鼻であしらい、タブロイド紙は彼女をストーキングした。彼女のレーベルとMTVはカネを稼いでいた。みんなの目は釘づけになっていた”

 “しかし、多くの人が飛びついたのは、別なものだ。それはスピアーズをはじめとする若い女性ポップスターやセレブたちが直面させられた、強烈な女性蔑視だ。これを見逃すわけにはいかない。高校の年鑑写真のように、今では絶対に狂っているように見えるだろう。

 私には今の世界がより優しいかはわからない。だが、当時その残酷さは恥ではなかった。私たちがブリトニーに、そしてブリトニーについて、そして彼女を通して世界中の女のコに、話しかけていた様子を見るのは、今の視点から見ると痛々しいものがある”

 こうホームズが指摘するように、女性蔑視やセレブ文化、メディアの過剰な報道によって被害を受けているのはブリトニーだけではない。ほかのアイドルも同様、それどころかこうした光景を目にする少女たちも、間接的に被害を受けていたと言える。

◆記者からは「処女ですか?」との質問も

 2000年前後の話と聞くと、そう昔には思えないかもしれない。しかし、当時と今では女性の人権やメンタルヘルスの問題について、かなりの違いがある。

 “私は『ベイビー・ワン・モア・タイム』のころ、10代のブリトニーが処女かどうか、世間でかなりの憶測が飛び交っていたことを覚えている。記者たちは単刀直入に彼女にそれを聞いていた。自分もそうしていたとは思っていないが、もう一度振り返ってたしかめることは気が引ける。なぜなら、『フレーミング・ブリトニー・スピアーズ』で明らかになっているように、1999年にはそういったことが何気なく行われていたからだ。

 ティーンのポップスターとそんな会話をするなんて想像もつかないし、正直誰とでもそんな会話をするなんて想像もつかないが、それを否定できないことが私には耐えられない。ひとつだけたしかなことは、(処女や童貞であるか)ジャスティン・ティンバーレイクについて、持ち上がることはなかっただろうということだ”

 インタビュアーがティーンのアイドルに「あなたは処女ですか?」と聞いているとことが、テレビで流れているところを想像してみてほしい。今ではほとんどの人がありえないと感じるだろう。

 しかし、程度こそ違えど、同じようなミソジニーは現在でも続いている。

 筆者自身も、過去の取材で女性アイドルなどに「どんな男性がタイプですか?」と聞いたことは何度もある。そのたびに「いったい、なぜこんな質問をしなければいけないのか?」と自問していたが、心のなかでは「仕事だから」「上司に言われたから」「読者が知りたいから」と言い訳をしていた。私もブリトニーをハメた一人なのだ。

◆変わらない「男性に搾取される女性」の構図

 何より恐ろしいのは、『ロサンゼルス・タイムズ』の記事でホームズが指摘するように、そういった大人や男性は世界中におり、ブリトニーは一人で立ち向かわなければならなかったということだ。

 “ブリトニー・スピアーズはいつも強風のなかで綱渡りをしなければならなかった。彼女は男のコにとって美しくなければならなかったが、女のコを威嚇するほどではなく、男性にとってはセクシーであっても、女性を怒らせてはならなかった。

 当時のボーイズバンド、ティンバーレイクのイン・シンクやバックストリート・ボーイズが、世界の寵愛を受けるためにすべきことはひとつだった。ゲイっぽく見えないことだ。ブリトニーはたった一人で、すべての人に対応しなければならなかった。そして彼女はティーンエイジャーだった”

 また悲しいのは、日本のアイドル業界などを見ていると、そうした状況が一切改善されていないことだ。

 10代の女のコが業界のおじさんたちに搾取され、おじさん向けの雑誌で水着姿になり、セクハラのような質問を受ける構図は、2000年代初頭のエンタメ界と何ら変わりない。

 彼氏ができればプライバシーが侵害され、クビに。メンタルを病めばワイドショーや週刊誌、SNSでつぶさに報道される……。「#FreeBritney」は今の日本にこそ必要なのかもしれない。

◆記者の攻撃に涙したブリトニー

 また、タブロイド紙が猛威を奮い、ブリトニー絶頂と同時期にスパイス・ガールズなどのアイドルグループを輩出していたイギリスでも、『フレーミング・ブリトニー・スピアーズ』は注目されている。

『BBC』は「『フレーミング・ブリトニー・スピアーズ』は、セレブメディアが罪に報いる瞬間となるか」との見出しで、同作を分析している。(参照:BBC)

 同記事では、サセックス大学の文化史家ルーシー・ロビンソンが、2003年にスピアーズがダイアン・ソーヤー(ジャーナリスト)から受けたテレビインタビューについてこう語っている。

 “「彼女(ブリトニー)は飽くなき名声力の実験室のようなものです」と放送作家(ソーヤー)は視聴者に語った。「デートの練習をするための高校や大学生活もなく、試行錯誤や恥ずかしい選択をしてしまったときの匿名性もないことを覚えておいてください」”

 “明らかにそう認識しているにもかかわらず、しつこく非難的な口調の彼女(ソーヤー)はブリトニーの人間関係や性生活に焦点を当て、当時21歳のブリトニーを涙させた。ある時点でソーヤーは、歌手(スピアーズ)が 「この国の母親の多くを失望させた」と示唆した”

◆主体性のある女性から性的対象物に

 どれだけプレッシャーがかかり、プライバシーが侵害されるか認識していながら、赤の他人がテレビで断罪する……。

 こういった異常な報道はブリトニーを傷つけただけではない。画面を通して視聴する、多くの少女たちの心にも、見えない傷を負わせていたのだ。

 “ソーヤーはインタビュー中、彼女の道徳性に疑問を投げかけ、ブリトニーを感情的にさせた。「ブリトニーの処女性への執着は、男女間の性的なダブルスタンダードを浮き彫りにしていますが、それ以上に、若い女のコへの性的搾取やモノ扱いがメディアやポップ業界の根幹にあることを浮き彫りにしています」とロビンソンは話す。

「そのような状況下では、若い女性が自分自身のセクシュアリティを持ったり、主体性を持ってそれを探求したりする居場所はありません。その代わり、彼女たちは業界や視聴者の大人の男性が、彼女たちを性的対象物にしていることに責任を負うようになるのです」”

◆日本のアイドル業界はアップデートされているのか

 さて、ここまでお読みいただいて、読者の皆さんは何を感じただろう? たかが15〜20年前とはいえ、人権感覚やメンタルヘルスに対しての意識がここまで違うのかと驚いた方も多いはずだ。

 しかし、忘れてはいけないのは、こうした状況が今も根強く残っていることだ。

「当たり前」だと思って、無邪気に楽しんでいるテレビ番組やゴシップ記事など、本当に「違和感」を感じていないだろうか? 中高年向けの雑誌にティーンのアイドルが水着で載っているのは、自然なことなのだろうか?

 もし、「おかしいかもしれない」と感じることがあれば、いったい何故そう思うのか、是非考えてみてほしい。

 高校時代、筆者は毎日学校の帰りにレコードショップに寄っていくことが日課だった。ちょうど『Greatest Hits: My Prerogative』が発売された時期で、店頭に貼られた汗ばんだブリトニーのセクシーなポスターを、イコンのごとく拝んで帰ったものだ。

 遠い日本の高校生にすら、毎日半裸の姿を見られていたブリトニーは、当時何を思っていたのだろう。

<取材・文・訳/林 泰人>

【林泰人】

ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン

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