ロンドン再封鎖5週目。長い停滞が動き始めた<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

ロンドン再封鎖5週目。長い停滞が動き始めた<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

これが「(ワクチン接種を)一回目済ましたよカード」。このほかに自分のワクチンの説明書を貰います。ツレはアストラ・ゼネカ。国産。この5月までに10億回分のワクチン製造を予定されてます

◆約1年振りのチューブに潜って

 2月7日、予定通りツレがワクチン接種を受けてきました。積もるほどではない粉雪が朝からずっと降り続く寒い日。夕方の4時、いってらっしゃーいと送り出しました。現場での混雑を避けるためと、いまは近所のカフェで時間を潰すってことができないので、わたしは同伴しませんでした。というかツレに来ちゃダメといわれた(笑)。

 もっとも周りの接種済みの人たちから事情聴取はしていたのでさほどの不安はありません。唯一、ちょっとだけ動揺したのは指定された場所が地下鉄を利用しないとちゃっ≠ニ辿りつけないところだったこと。わたしたちは地上線やバスこそ使っていましたが、昨年3月に始まった最初のロックダウン以降頑なに地下鉄を避けていたからです。

 こちらのそれは「チューブ」と呼ばれています。その形状が、くねくね曲がったホースみたいな筒状だからです。夏になると活動を始めるグループだからではありません。夏になると毎年熱中症でお年寄りが必ず何人かお亡くなりになるくらい、みっちみちに密ではありますが。そして換気措置がマジ皆無。

 想像したよりずっと早くに帰宅したツレが申しますには10ヶ月ぶりの地下鉄にはやはり緊張したものの、ラッシュアワー前ではあったし郊外へ向かうダイレクションだったから空いていたのでリラックスできたとのこと。こちらはここ10年都心の人口増加で、そりゃあ日本に比べたらゆるいもんですがかなり混むようになっていたんですよ。自分の車両には自分を含めてマスク装着で3人だけだったそう。

◆5分のワクチン接種

 最寄駅から歩いて5分足らず、会場は健康センター的な施設。どうせだったらTVで報道されてた映画館とか教会など突拍子のないロケーションだったらよかったのにと思いつつ、外に設置された大型天蓋つきテント(marky。Gazeboかもしれないが)でレジスター。個人情報の照会といくつかの質問。

 照会といっても何一つ身分証明はいらず。住所氏名生年月日のような基礎情報のみ。質問も「すでにコロナに罹ったことがあるか?」「いま一般的に言われているような自覚症状はあるか?」「外出の頻度は?」みたいなもので当たり障りなく5分で済んだみたい。

 ほとんど待たされることもなく、5分後には接種の椅子に座っていたそうです。二言三言雑談を交わし、さっと打たれ、「一回目済ましたよカード」を渡され(これは重要。なくすと次が受けらんない)、さっと追い出され、はいそれまでよ。友人情報では副作用のアレルギー反応が出たときのために10分ほど待機させられるって話でしたが、それはあまりに発生数が少ないので無用となった模様。

 ちなみに注射を打ってくれたのは普通に中年の女性ナース。メディカルセンターの職員さんだった可能性もありますが。英国では一般人のボランティアや軍隊所属兵士が志願で特訓を受けて接種を行っています。自分のときは兵隊さんだったらいいな。ちょっと萌えるシチュエーションですよね。

 とまれツレは空っぽの地下鉄に揺られてUターン。まるで狐に摘ままれたような感じだったとさ。とってんからりのぴー。

 時間帯のせいもあるかもしれませんが、なにしろ1分当たり全国で140人のスピードで接種されているといいますから驚くほどではないのかも。これは1月17日のニュース(参照:「BBC」)ですから現在はもっと早まっているはず。この日は通常尤も接種数が少ない土曜日で、それでも27万8988人。10日には45万810人にまで昇りました(参照:政府広報発表)。

 地方在住の年子の妹さんと、その同い年の旦那さんから電話があってふたりも来週末に決まったとのこと。全国満遍なく進捗しているようでなにより。これまでの記録は1月30日の59万8389人。創世記 1:28、生めよ殖えよ地に満てよ(be fruitful、and multiply、and replenish the earth)の精神を感じます。

 ところで「コロナワクチンの注射は痛い(痛くなる)」という噂が出回っているようですが、デマとはいわないけれど「お煎茶で治った!」とか「納豆菌でウィルスが死んだ!」なみの真実性だといって差し支えないと思います。うちのツレは毎年のインフル予防接種でもかなり痛みが後を引くので、それくらいには痛くなるでしょう。

 しかしそれは体質の問題。コロナのワクチンだから痛いわけではない。曰く、普通のよりも注射針は長かったそうですが。これも恐怖が見せた幻想かもしれない。あ、でも、前述したようにプロでないひとたちによる接種はテクニック的に劣るため痛くなるケースは多いかもしれない……とは考えられます。

 しかし長い時間滞っていた事態が動くと、ほんとうに胸の痞えがとれるような気分がいたします。待ち時間というのは人の精神を擦り減らします。コロナ禍は様々な問題をわたしたちの生活にもたらせましたが、その最たるものはこの【消耗】でしょう。悲劇の原因を辿るとそこに行きつくことが多い。

◆武者小路千家からの「そこらへんにあるもの」

 さて、前回の日記で「郵便によるトラブルの発生」の話を匂わせ≠ワしたが、これも消耗による困難でありました。それが今週、2月9日にどちらもなんとか解決しました。

 というところで「まあ、まあ、なんとかなって宜しゅうございました。まさに終わりよければ凡てよしですね」と送って下さった方と寿ぎあったのですが、その方から「この顛末は面白いから書かはったらどうですか?」と持ち掛けられました。確かにこれもコロナ禍における障礙(しょうがい)であったことに疑いはありません。ならば相手方の承諾(というかお勧め)もあったところで少しばかりお話ししたくぞんじます。

 相手方、とは茶道武者小路千家家元後嗣、千宗屋くん。ほんまは「くん」付けんなんかしたらあかん、エライエライ先生なんですが長年の付き合いでそう呼ばせていただいてます。トラブったんは、その千くんが送ってくださったお年賀小包でした。

 昨年のクリスマスは、すでにかなりの行動が制限されていましたが、それでもなんとか例年行事である英国ならではのずっしり重いクリスマスケーキを友人たちに送ることができました。インスタ経由ではありましたが千くんとも愉しみを共有できたので、ちょっと(かなり)緊張しつつも出荷しました。

 有り難いことにクリスマス前に到着したケーキを喜んで下さった千くんは素晴らしいしつらえで一服点ててくださり、お抹茶によく合いましたとの言葉も戴き、もうそれだけで充分に過ぎるご返答だったのですが、かてて加えて「お礼というては何ですがそこらへんにあるもん°lめて送らせていただきました」というメッセージが来ました。

 それが冬至。まさか、そのときはこんなことになるとは思わず官休庵さんのそこらへんにあるもん≠想像して身悶えておりました。千くんにはこれまでの体験から普通郵便がいいですよーとお報せはしておいたのですが、さすがにあちらの事務所の方は仕事が早く小包はヤマト運輸の国際郵便にて出発したあとだったのです。

◆届かないイギリス郵便・宅配事情

 新年になっても荷は届かず、しかし小包が1ヶ月かかることはすでに珍しくなかったので、こちらとしては出来ることもなくヤキモキしつつもおとなしく待っておりました。そして1月22日、千くんから事務所からの報告を張り付けたメッセージがありました。そこにはうちへ何度配達しても不在続きだから、わたしから連絡をとってほしい旨が書かれており、UPS(ユナイテッド・パーセル・サービス)カスタマーセンターの電話番号が記されていました。

 こちらにもヤマトの配送車は走っていますが、どうやら日本からの小荷物はUPSに託されるようです。そこでまずトラッキングナンバーを辿ってみるとUPSのログには1月11日の夜11時に配達を試みましたという内容がありました。「何度も」ではなく「一度切り」それも深夜。なにより不在票が残されていなかった。はっきりいってあり得ない。

 UPSがヤマトに申告したのは真っ赤な嘘八百です。ただ腹を立てていても仕方がない。カスタマーセンターに電話しましたよ。そこにあったのは自動音声による無間地獄でした。たらいまわしの数は12回。次の音声に切り替わるまでに5分。1時間浪費した挙句わたしが到達したのはかけたときに最初に聞いた音声。

 わたしが次にとったのは逆張りでした。すべての音声にNoを押して、とにかく誰かと直に話そうという方策。おかげさまで「担当者にお繋ぎいたします」までは着たけれど、そこから延々1時間待たされました。どちらにせよ無駄な辛抱はデフォルトみたいです。

 その人の回答は「送り主からヤマトに再発送を要請して、ヤマトがこちらに再発送の要請をしてくれたら再発送します」というわけのわからないものでした。そこで申し訳ないけれど千くんの手を再び煩わせることになりましたが、なんとか2月2日に再発送の運びとなりました。けれど、やっぱりこない……。

 UPSはこちらには「ヤマトからの申請がなければ」ヤマトには「わたしの申請がなければ」と言うばかり。しまいには「保管期限過ぎたら焼却します」とかほざきやがってバカヤロー。千くんからの「これ以上やりあってもお互いに消耗するばかりだから諦めましょう」という提案がありました。でもそこらへんにあるもん≠ヨの執着はもとより、なんだかここで諦めたらいけない気がしたのです。

◆消耗の果てにやっと来た「立春大吉」

 いきなり雲行きが変わったのは翌3日。これまでのてんやわんやがなにもなかったかのごとく2月8日に再配達しまーすとログが更新されたのです。むろん謝罪の一言もなしですが、そんなことはもうどうでもよくなっていました。そして8日、配達員不足でーす。明日になりまーす。と再更新があって、9日、こんどこそめでたく落手の次第となりました。ふー。

 箱を開けるとまず一番上に「立春大吉」の赤いお札。これが光線でもあるかのごとくばーっと目に飛び込んできました。清浄な気配が体内を廻ってゆくのがわかります。途中で放り投げなくてよかった。時あたかも旧正月。旧暦における本当の日本の新年です。まさしくこのタイミングを待って、うちまで歳徳神が訪ねてくれたような演出さえ感じます。

 一陽来復、立春大吉!

 「あのお札の仕込みがトラブルのおかげで最大限にいきました笑。まさかほんまの立春跨ぐとは夢にも思わず笑 お正月のつもりでしたのに笑 これはこれで趣向の茶会になりましたね笑 どんなzoomやライブ配信以上のリモート茶会かもしれません。亭主としては面目躍如と喜びましょう笑。そしてお客ぶりあったればこそです笑」

 千くんの言葉に救われて始まった初春でした。 

◆ 入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns【再封鎖5週目】2/4-10

<文・写真/入江敦彦>

【入江敦彦】

入江敦彦(いりえあつひこ)●1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『イケズの構造』『怖いこわい京都』(ともに新潮文庫)、『英国のOFF』(新潮社)、『テ・鉄輪』(光文社文庫)、「京都人だけが」シリーズ、など京都、英国に関する著作が多数ある。近年は『ベストセラーなんかこわくない』『読む京都』(ともに本の雑誌社)など書評集も執筆。その他に『京都喰らい』(140B)、『京都でお買いもん』(新潮社)など。2020年9月『英国ロックダウン100日日記』(本の雑誌社)を上梓。

関連記事(外部サイト)

×