歌舞伎町の不要不急の価値とは? ホストクラブ他多数店舗を経営する手塚マキ氏に聞く

歌舞伎町の不要不急の価値とは? ホストクラブ他多数店舗を経営する手塚マキ氏に聞く

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 2度目の緊急事態宣言が出されてから早や1ヶ月半が過ぎようとしています。感染者数は減少している一方で、コロナによる自粛疲れの声も聞こえて来ます。リモート飲みもいいけど、そろそろ皆で顔を突き合わせて一杯交わしたい……。そんな風に思っている皆さんも多いのではないでしょうか。

 今回は人と人との交流の場として栄えてきた歌舞伎町で商店街組合の常任理事を務め、ホストクラブの他に飲食店、美容室、介護事業(デイサービス)など約20店舗を経営、昨年『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』(幻冬舎) を出版した手塚マキさんに、コロナ禍での歌舞伎町の様子、ホストクラブの変化や会社経営のあり方、本に込めたメッセージなどについてお伺いしました。

◆コロナ禍でも常連が支える

――1回目の緊急事態宣言下で、歌舞伎町のホストクラブやキャバクラ、また他の店の様子はどのようなものでしたか?

手塚:まず、ホストクラブとキャバクラですが、キャバクラはお客様が決まった女性目当てで来ることが多く、個人戦のような働き方がされているんです。なのでコロナ禍になったらお客様を呼べるキャストだけが出勤するというお店が多かったです。

 一方、ホストクラブは、特定のホストにお客様が付くのは同じですが、そのお客様を個人ではなく店のみんなで楽しませるチーム戦なんです。なので、お店は給与を保証して従業員たちの雇用を継続していました。

 飲食店に関しては、小さなお店は持続化給付金をもらっていたのでダメージはあったもののまだカバーできた部分はあったと思います。苦労しているのは飲食チェーンのような一見さんで店を回しているところではないでしょうか。常連さんのいる店は、影響はありますが、売上がゼロになることはないです。店を支える人がいるんですね。自分の経営しているホストクラブも常連さんがいるので、売上がゼロになることはありませんでした。そして、緊急事態宣言解除後の7月にはすぐに回復しましたね。

◆ホストクラブの変遷

――女性に積極的でない男性が増えているという中で、男性を求めて女性がホストクラブに通うという話を耳にしました。

手塚:ホストクラブに限らず、社会全体の傾向だと感じています。先日、芥川賞受賞作の『推し燃ゆ』(宇佐美りん著 河出書房新社)を読んだのですが、男女ともにあの本で描かれている状態が増えている気がします。相互関係の恋愛というより、見返りを求めないでお金を費やす。そういう傾向が徐々に増えて、ホストクラブの売上が上がって来たのではないかと感じますね。

 昔はホストとの関係は「恋愛なのか、恋愛ではないのか」というような感覚を味わえるのが肝だったと思うのですが、ここ5年ぐらいはそうではありません。一方的に「推し」に対してお金をつぎ込んでいる人もいます。

――最近のホストクラブはTwitterやInstagramなどSNSを活用していますよね。AKB48を応援するような感覚なのでしょうか?

手塚:まさにそうですね。新規のお客さんはホストをSNSで見てお店に来た人が多いです。ホストとは親密になりたいという人もいるし、推し専門になりたいという人もいる。多様化していますね。

――本ではホストクラブに明朗会計制度を導入したことについても触れています。

手塚:会計が不透明だとホストクラブ入店はハードルが高いですよね。それに加えて歌舞伎町はアットホームな反面、外からのお客様の少ない街です。ホストクラブのお客様もどうしても身内の人や水商売をやっている人になりがちになってしまうので、もっと外のお客さんを取り込んで行くために明朗会計制度を導入しました。

 もう一つは、働いているホストたちが狭い視野で仕事をするのではなく、歌舞伎町に来たことのない層にアプローチすることによってブルーオーシャンを開拓して欲しかったことですね。そしてそれは彼ら自身の視野を広げることにもつながるんです。

 歌舞伎町の中だけで通じる人間ではなく、歌舞伎町に来たことのない人の相手もできるようになって欲しいという思いがありました。売上だけではなく、彼ら自身の人間としての成長を求めて導入し始めた制度ですね。

◆多角経営のきっかけ

――20代前半でナンバーワンホストになり、26歳で店を構え独立してから、ホストクラブの他に、飲食店経営や介護事業にも進出しています。最初からそのように考えていたのでしょうか。

手塚:独立当時には何も考えていませんでした。ところが、独立2、3年目ぐらいにはホストクラブ以外にも事業をやろうと考えていました。その頃には、ビジネスは、売り上げることがもちろん大切ですが、経験や視野を広めるためのツールだと思えて来ました。なので、短期的に3年、5年で大きな会社にしていこうという姿勢はなかったですね。それよりも僕自身が様々な経験をすることが大切であると。

 というのも、ホストクラブはマーケット自体が小さいんです。歌舞伎町で一番大きい会社でもホストクラブ単体の売上は100憶ほどと聞きます。どんなにがんばってもそのレベルなので、社会全体の中で意義があり、そして利益の出せることをやりたいと思って、長期的な視野を持って会社経営を考え始めました。

――例えば介護事業など他分野のビジネスパートナーはどのように探したのでしょうか。

手塚:そこは難しくなかったです。20代前半でホストを真剣にやったことが役に立ったと思います。ホストの商売は1人1人が社長みたいなもので、自分という社長がいて、自分という商品がいて、その商品をいかにコントロールするかがカギなんですね。感情を抑えて、どういう風に自分という商品のために時間を使うのか、舵取りをするのか、それが大切なんです。

 会社経営には20代前半でホストの仕事について真剣に考えていたことをそのまま移行させることができました。他分野の人と接していても、自分にはビジネスの感覚があるのだと自信を持つことができましたね。

◆強い組織づくりのために

――店舗ごとに責任者的な立場のホストがいますが、手塚さんが指名をしているのでしょうか?

手塚:僕は指名しないです。部活のキャプテンに選ばれるのに似ているかもしれないです。先生がキャプテンを指名してメンバーがそれに従うスタイルもあるかと思いますが、チームメンバーがキャプテンとして認める方が大事です。一店舗大体20名が在籍していますが、ホストクラブはチーム戦なのでメンバーがキャプテンをサポートしようと気になってくれることが大切です。

 例えば、巨人軍の監督が原監督に変われば、選手たちは急に「原監督の胴上げするために頑張る」と言い出しますが、ホストはそこまで大人ではありません。本当にその監督を胴上げしたいと思わないと動かない。だから僕が指名するより「なんとなくあいつだよね」という空気にならないと。

 独立のサポートは出資です。会社が100%出す場合もありますし、本人がいくらかお金を出して残りを会社が出す場合もあります。

――頭角を表す人の特徴はありますか?

手塚:やる気だと思います。ただ、ホストクラブのリーダーは自分のことだけ考えていたらダメなんです。野心があって「あの人みたいになりたい」だけではダメなんですね。チーム戦なので、みんなに気遣って、声を掛けられる人が向いています。

 「魅力的でカッコよくて素晴らしい」人がリーダーになれるとは限らない。理想を掲げて「ついて来い」と先頭を走るより、みんなに声掛けて一緒に並走する人の方が向いています。後ろでもたついているメンバーがいたら、1回止まってあげて声を聞いてあげて一緒に歩いてあげる。そういうことを何回もできるような人がホストクラブのリーダーには向いていますね。

――ホストクラブを卒業した後のことも見据えて社員教育をされていますね。

手塚:やはりホストクラブを卒業して他の場所に行くことになったとしても、その場で通用する人間になって欲しいという気持ちが強いです。

 また、自社の経営を考えても、強い組織とは個人が自由に動けるルールが出来ているところだと思っています。会社の創業期にはスピードは求められて、先頭を走る人に一所懸命についていくことも必要かもしれません。でも、ある程度の段階が来たら、それぞれが自立して物事を考えて面白いと思ったことを仕事にして回していける組織がいい組織だと思います。

 そして、社内で自由に動けるだけではなく、失敗しても次のチャンスがある、そういうルールや体制があるといいと思います。理想は若いメンバーが利益をどんどん出してくれて、僕は自分の考えたアイデアを小さく繰り返して実践していくことですね。

 従業員も年齢が高くなってきたので、別の事業展開もこれまで以上に考えています。従業員は300人弱ですが、会長の自分が食べさせていくというより、みんなが好きなことをして食べていけるプラットフォームを作りたいですね。

◆「不要不急」の価値を伝える

――『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』は歌舞伎町の歴史や20年間を歌舞伎町で過ごした手塚さんのエピソードが詰まった本でした。執筆のきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

手塚:一昨年、バタイユを読んでいたんです。その時に彼の言う「無意味の価値」はまさに歌舞伎町だなと思って。その頃ちょうど本の執筆のオファーを頂いていたので、「遊びの価値、無意味の価値をバタイユ的に解釈していく本を書きたい」と申し出ました。その頃は、「無意味の価値」を伝えるために歌舞伎町のガイドを執筆し、最後に歌舞伎町をバタイユ的に解釈した文章を掲載する予定でした。

 ところが、バタイユを読んでいくうちにまとめの文章は掲載しないでエピソードを集めて掲載してこれが「不要不急の価値」「無意味の価値」だと読者に感じ取って頂く方がいいと思い始めて。それで歴史の話も掲載して、エピソードを散りばめた今の本の形になりました。

――本にはヘアサロンについても書かれていますが、歌舞伎町ならではのお店のエピソードはありますか?

手塚:髪の毛は自分でセットしてもいいわけですよね。でも、そこに行くのは、スタッフ達が「いってらっしゃい」と背中を押してくれるからです。そして、お店の人たちとのコミュニケーションが楽しいというのもあります。

 出勤前に行って、お店の人に愚痴を聞いてもらったり、相談したり、自分で頑張った結果を褒めてもらう。誕生日だとしたら「誕生日頑張れ」と言ってくれて、次の日は「誕生日盛り上がったよ」と報告に行く。表参道の店で「今日は指名が4本入っている」という話はしないですよね。

 例えば居酒屋でも同じです。コロナ禍前は24時間営業していて、ホストクラブが終わった後行けるお店もありましたが、家族の代わりをしてくれます。歌舞伎町のお店には必ず誰かにとっての家族がいるはずです。

 ひょっとしたら、ホストクラブもそういう場所ではないかと思うんです。ホストはスナックのママさんみたいな感じです。ホストクラブにA君というホストがいたら、その店はA君のお店なんです。お客さんはA君に会いに行って「今日こんなことがあったんだよ」と報告する。それがお客さんにとっての活力や安らぎになるんです。

――歌舞伎町は「目指す街ではなく、漂流した末に辿り着く街」という言葉が印象に残りました。今改めて振り返ってみてどう思いますか?

手塚:やはり許してくれる町だったと思います。20代は無為に過ごした面もありますが、人を頼って人に依存して生きていました。本にもあるように、いろんな失敗をして人に迷惑を掛けたこともありますが、許してくれる街だからやって来れたのかもしれません。人は一人では生きてはいけません。いろんな人に助けてもらって歌舞伎町で「甘える力」を身に付けたと思っています。そして、今ではそのことに感謝しています。

――2度目の緊急事態宣言が発令中ですが、周囲の反応はいかがでしょうか?

手塚:変わらないという印象です。自分も含めて周りの経営者と特に話しているということもありません。というのも、1回目の緊急事態宣言の時には先を見据えてアクションしなければという思いが強かったのですが、その後の政府の対応は余りに中途半端な気がしています。

 しかし一方で、政府の対応も含めた世間の醸す空気感に合わせて商売が動いていることを勉強させられました。今は、新しい情報に振り回されることなく、現場の空気を見ながら目の前の一つ一つの判断をすることが大切だと思っています。

<取材・文/熊野雅恵>

【熊野雅恵】

くまのまさえ ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所・代表行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わる。

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