個人開発プロダクトの企業による買収が相次ぐ。買収された2つのサービスとは

個人開発プロダクトの企業による買収が相次ぐ。買収された2つのサービスとは

ブルーバックイメージ / PIXTA(ピクスタ)

◆特定のコミュニティに根ざしたサービスの売却が相次ぐ

 ここ最近、特定のコミュニティに根ざしたWebサービスが、立て続けに企業に買収されて、その界隈で話題になった。

 一つは、イラストやマンガ、音声といったオタク系のサービス Skeb だ。2月12日に、実業之日本社に10億円で買収された(実業之日本社)。もう一つは、ITエンジニア系の情報共有コミュニティ Zenn だ。オープンから4ヶ月半という異例の速度で、2月1日にクラスメソッドに買収された(クラスメソッド)。

 私は、オタク系、ITエンジニア系の両方で活動をしているので、この立て続けの買収劇には驚いた。そして「凄いな」と思った。なぜならば、この2つのサービスには共通点があるからだ。それは個人開発のプロダクトだからだ。

 Skeb のなるがみ氏のツイート、Zenn の catnose 氏のツイートにも、「個人運営」「個人開発」の文字がある。個人の活動として取り組み、企業に買収される。それも、そのコミュニティーで注目されていたサービスがだ。凄いと思ったのは、そうした理由からだ。

 というわけで今回は、Skeb や Zenn 、そして、日々生まれる新しいサービスについて書いていく。

◆Skebとはどんなサービスか

 Skeb というサービスを理解するためには、オタク系の同人誌即売会の文化である「スケブ」について知っておいた方がよい。スケブは、スケッチブックの略だ。

 同人誌即売会では、クリエイターがブースを出して、そこに同人誌を置いて売っている。そして、来場者がそのブースを訪れて同人誌を買う。それだけでなく、来場者の中には自分のスケッチブックを持って来て、ブースにいるクリエイターにイラストを依頼することがある。

 頼む絵は、それほど手の込んだものではない。ブースで接客している合間に、さらさらと描ける程度のものだ。ただ、描くのには、それなりの時間が掛かる。そのため、依頼した人は、時間を置いて再度やって来るというパターンが多い。そして、スケッチブックを受け取って、お礼を言うわけだ。私の観測範囲では、このスケブは無償で依頼して描いてもらう。

 こうしてイラストを描いてもらったスケッチブックには、自分が好きなさまざまなクリエイターに依頼した絵が並ぶことになる。その人にとっては個人的な宝物だ。

 私は昔、数ある趣味の一つとして、雑誌にイラストを投稿するハガキ職人をしていた。最盛期は10誌以上に送っており、絵を描く人間の横の繋がりもあった。コミケでみんなでイラスト誌を出したりもした。そうした界隈にいたため、周囲にスケブを描く側の人間も、描いてもらう側の人間も多くいた。両方やるという人も多かった。

 Skeb というサービスは、オタク系の人間なら「ああ、あのスケブのことか」とすぐに連想する名前だ。そして、元ネタのスケブの精神に貫かれている。規約とポリシーのクリエイターガイドラインには、その内容が色濃く出ている。

 クライアントとのやり取りは「リクエストをもらう」「納品する」の1往復だけだ。そして、見積もり・打ち合わせ・リテイク・リクエストに関する一切の連絡は禁止されている。

 クリエイターからクライアントへの権利譲渡はなし。すべての著作権は、クリエイターが保持し続ける。そしてクリエイターは、気に入ったリクエストだけ選んで描くことができる。

 ガイドラインには Skeb のことを、「投げ銭付お題募集サイト」と書いてある。作品の「お題」を送り、それに「投げ銭」を付ける。そうした立て付けのサービスだ。あくまでも、描いてもらったことに感謝のお金を送るサイトというわけだ。

 Skeb の買収が話題になったとき、「どうせ二次創作で儲けているんだろう」といったネット上のコメントも散見した。面白いのは、Skeb では、二次創作公認プログラムというものをおこなっている。ファンアートの売上の原則10%を、原著作者に支払うというものだ。

 二次創作公認プログラム 登録作品を見てみると、このプログラムの雰囲気が分かる。たとえば、東北ずん子、マシーナリーとも子、ハンバーガーちゃんのような名前を見付けることができる。

 Skeb の対象作品は、イラスト、漫画およびボイスとなっている。二次創作公認プログラムと、対象作品を掛け合わせてみると、現在隆盛中のVTuber系と相性がよいことが分かる。

 もちろん二次創作を依頼する必要はなく、一次創作のお題を送ればよい。オタクにとっては、性癖やシチュエーションなど、依頼したい内容はいくらでもある。推しのクリエイターに作品を作ってもらいたいという純粋な欲求もある。

 名前こそ同人誌即売会のスケブ文化を想起させるが、Skeb は新しいネット文化時代にアップデートしたスケブとして成長していくのだろう。

◆Zennとはどんなサービスか

 Zenn を理解するには、先行サービスとして Qiita というITエンジニア系情報共有サービスを知っておく必要がある。Zenn が登場するまでは、日本のITエンジニア系の情報共有サービスは、Qiita 一色といってよいほどよく話題になっていた。

 今でも、やはり Qiita が強いのだが、Qiita はコミュニティーが大きくなるにつれ、問題点が指摘されていた。

 「ポエムが多くなってきた」というものだ。ポエムというのはスラングになるのだが、「情報としての密度が薄い」「お気持ちや感想を綴ったような記事」のことを指す。

 コミュニティーが大きくなっていきSNS化していくと、利用者の承認要求が刺激されるようになる。注目されたい。ランキングで上位に入りたい。そうした人の気持ちが入ってくると、話題になりそうなネタを連投するといった行動が出てくるようになる。また単純に、多くの人が利用するようになり、日記的に使われたり、勉強の記録用に使われたり、他人に共有する意味が少ない記事も増えていくようになる。

 そうした問題が指摘されていた時期に、Zenn は登場した。それも、記事を「Web上の本」として売ることもできるサービスとしてだ。当時、Qiita + note と評する人が多かった。ボリュームのある記事を、Web上の本として販売できる。売れるものにするためには、密度の高い内容にしなければならない。

 また、Qiita で指摘されていたポエム問題への対策だと思うのだが、Zenn では現状、Tech と Idea という2種類の記事が投稿できるようになっている。

 Tech は、プログラミングやソフトフェア開発、インフラなどに関する技術記事だ。サイトに来る人が求めている、問題解決に繋がる記事ということになる。Idea は、個人的な意見やポエム、キャリアについての記事だ。そうした内容を避けたい人は、こちらをスルーすればよい。

 Zenn が短い期間で急激に勢力を広げたのは、こうした問題解決が盛り込まれていたこともあるが、スタートダッシュがよかったことも大きい。開設直後、業界で名が知られた人たちが、有料の本を書いて販売した。

 技術書典など、技術書の同人誌販売が熱を帯びていた時期だったために多くの人が購入した。そして、有料の本を書いた人の中には、どれぐらい売れたか数字を公開した人もいた(Zenn)。おかげで大いに盛り上がり、よいサイクルに入った。

 初期に本を書いた業界の有名人たちが、運営者と繋がりがあったのかは知らない。しかし、コミュニティーが一気に大きくなるためには、何らかの起爆剤が必要だと感じた。そうしたスタートダッシュがあったために、開設から4ヶ月半という異例の速さでの買収劇となったのだろう。

◆多くのサービスが、日々生まれている

 さて、上手く買収までいたった2つの個人開発・個人運営のサービスを見てきた。しかし現実には、こうした成功したサービスは異例中の異例だと言わざるをえない。

 私は色々と、同人界隈、技術書界隈で活動をしている。そうすると、月に数度ぐらい、新しいサービスを使ってみないかという誘いが、Twitter経由で届く。

 サービスを立ち上げたら、商品となるものが必要になる。商品がなければ、買う人は来ない。そして、作り手がいなければ商品はできない。そのため、まずは私のような業界の端っこにいるような人にも、営業のメッセージを送るわけである。その結果私は、多くのサービスが立ち上げに苦戦している様子を見続けている。

 正直なところ、物が売れるかどうかは、システムが素晴らしいかよりも、賑わっているかの方が大きい。最初の時点で閑散としている印象だったら、そこに自分の作品を登録するために手間を掛けようと思う人は少ない。

 地道に賑わいを育てていくか、スタートダッシュをかけられるように賑わいを演出するか。いずれにしても賑わいは大切だ。

 Skeb の創業者インタビューで、代表の喜田一成氏が「コミュニティのプレイヤーであること」の重要さを語っていた。

 「この人がやっているなら信用できる」と思われること。初期の賑わいを作るためには、中心人物が「他人」であってはいけないのだろう。個人の、日頃からのコミュニティーへの関与が、正否を大きく分けるのだと感じる。

 今後、どんなサービスが出てきて成功するのだろうか。Skeb と Zenn の買収を見て、どんどん明るい話題が続くといいなと思った。

<文/柳井政和>

【柳井政和】

やない まさかず。クロノス・クラウン合同会社の代表社員。ゲームやアプリの開発、プログラミング系技術書や記事、マンガの執筆をおこなう。2001年オンラインソフト大賞に入賞した『めもりーくりーなー』は、累計500万ダウンロード以上。2016年、第23回松本清張賞応募作『バックドア』が最終候補となり、改題した『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』にて文藝春秋から小説家デビュー。近著は新潮社『レトロゲームファクトリー』。2019年12月に Nintendo Switch で、個人で開発した『Little Bit War(リトルビットウォー)』を出した。2021年2月には、SBクリエイティブから『JavaScript[完全]入門』が出版される。

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