この10年間、原発を巡るウソに晒されて育った子供たち

この10年間、原発を巡るウソに晒されて育った子供たち

PIROKI / PIXTA(ピクスタ)

◆福島第一原発の事故から10年

 この10年を振り返って想うのは、家族が健康に過ごすことができて良かった、ということです。福島第一原発の事件があって東京から名古屋へ退避した当時、私の娘は9歳だったのですが、無事に成長して現在は大学生になっています。大学の学生寮に入るため、1年前に家を出ていきました。大学は京都市にあって、京都市は北陸地方の「原発銀座」から至近にあります。もしものときに飲むように、と安定ヨウ素剤の錠剤を渡して送り出しました。

 これでもう親としての任務は終了です。なんとか無事に乗り切ったという自負もあれば、もっとやれることがあったと想い返すこともありますが。ただ、娘に対してもうしわけない気持ちになるというのは、ぼんやりと無邪気に生きられるはずの子ども時代を、大変な緊張のなかで生きさせることになってしまったということです。これは私たち親のせいではなくて、経産省と東京電力のせいなのですが。

◆矛盾する言説に晒された子どもたち

 娘は9才のころから、ふたつの現実感を見て、生きてきました。ふたつというのは、放射能汚染をめぐる「危険論」と「安全論」です。

 家では、放射性物質を危険物とみなし、ぜったいに避ける原則で動いています。外食はしないし、出どころのわからない食べ物は廃棄します。市民測定所や避難者の集まりに行けば、大人たちはみな放射能汚染の危険性を語ります。市の学校給食センターが、東日本1都17県の食材を控えているということも、娘は知っています。

 他方で、テレビではまるで放射能汚染などなかったかのように、無邪気に食べ歩き番組を流しています。キノコ料理を食べたり、乳製品のお菓子をほおばったりしている。また、環境大臣が、がれきに空間線量計をあてて安全だと言っている姿が映されます。首相が福島第一原発は完全にコントロール下にあると発言する姿を流しています。そうした報道が流されるたびに、両親がテレビに向かって悪態をつくのを聞きながら、娘は育ってきたのです。

 これはけっして例外的な話ではなくて、全国に散った避難者の家族は、どこでも同じことを経験しているはずです。避難者の子どもたちは、危険論をとる大人と、安全論をとる大人と、両方を見ながら育ってきたのです。

◆報道を信頼できずに育った第二世代

 この子どもたちは、無邪気な幼年時代を早々に切り上げてしまうことになりました。と同時に、彼女たちは、物事の真贋を見きわめるための冷徹な批評的態度をもつことになります。なにごとも鵜呑みにすることはできないのです。

 私のような中高年世代は、政府や新聞やテレビをあるていど信頼できた時代を知っています。完全に報道を信じきっているわけではないけれども、めちゃくちゃな嘘を言うことはないだろうと、あるていど信用していました。

 しかし、避難者の第二世代は、そうではありません。彼女たちは物心がつきはじめたころから、テレビがあからさまな嘘を垂れ流すさまを見て育ってきたのです。ある特定の特殊な政治家が嘘の答弁を繰り返していた、というのではありません。政治家も政党も、報道機関も、学者も、嘘の共犯関係に呑み込まれてしまって、福島県が復興できるなどという途方もない空手形を信じたふりをしているのです。

 しかもこの嘘は、純粋な願望ではなくて、金銭の絡んだ嘘です。被害者への補償を打ち切り、賠償金額を圧縮し、原子力事業のバックエンド費用を圧縮するために、放射能安全論を繰り返し説いてきたわけです。こういうやりかたと構造を、避難者の第二世代は冷徹な目で見ています。そして無邪気でない彼女たちは、大学に進学し、議論に加わる力をつけていきます。

◆これからの世代が原発を問い直す

 私の娘の前で「リスクーベネフィット論」を開陳してみてください。瞬殺ですよ。誰のベネフィットのために誰がリスクを負わされることになったか、具体的な経験にもとづいて論点を整理しなおすでしょう。これは、私の娘が特別に優秀であるということではなくて、一般的な現象としてあらわれてくるということです。

 原子力公害事件から10年たって、当時生まれた子どもたちは現在小学4年生になっています。これからこの第二世代が成長し、力をつけ、私たちの世代とは違った視点で福島の事件を問題にしていくでしょう。のんびりと事件を振り返っている余裕などありませんし、「検証する」などと上段に構えているのも間違いです。これから私たちは、検証される対象になるのです。

<文/矢部史郎>

【矢部史郎】

愛知県春日井市在住。その思考は、フェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズ、アントニオ・ネグリ、パオロ・ヴィルノなど、フランス・イタリアの現代思想を基礎にしている。1990年代よりネオリベラリズム批判、管理社会批判を山の手緑らと行っている。ナショナリズムや男性中心主義への批判、大学問題なども論じている。ミニコミの編集・執筆などを経て,1990年代後半より、「現代思想」(青土社)、「文藝」(河出書房新社)などの思想誌・文芸誌などで執筆活動を行う。2006年には思想誌「VOL」(以文社)編集委員として同誌を立ち上げた。著書は無産大衆神髄(山の手緑との共著 河出書房新社、2001年)、愛と暴力の現代思想(山の手緑との共著 青土社、2006年)、原子力都市(以文社、2010年)、3・12の思想(以文社、2012年3月)など。

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