生きづらさを救う「理解のある彼くん」は実在するのか? 専門家に聞いた

生きづらさを救う「理解のある彼くん」は実在するのか? 専門家に聞いた

恋人を得れば心の病や生きづらさから救われる? 長年語られてきた都市伝説に専門家が答える

◆いつも唐突に登場する「理解のあるパートナー」

 うつなどの精神疾患、発達障害などにより日常生活がうまく送れず「生きづらさ」を感じていた人が、それを克服するまでの経験を出版したりSNSで発表する事例が増えている。そんな中、定期的に俎上にのるのが俗に言う「理解のある彼くん(または彼女)」問題である。

 そこにありがちな「今は理解あるパートナーに恵まれたおかげで幸せに暮らしています」というオチが、同じ悩みを抱える人々の不評を買っている現象だ。

 去る2月半ばにも、「理解のある彼くん」漫画が投稿され話題になったばかりである。

 多くの人がそうしたストーリーに違和感や不快感をおぼえる要因についてはすでに多く考察されてきたが、実際に「理解のある彼くん(または彼女)」の存在が救済につながるのか? 専門家の見解を聞いた。

 臨床心理学博士の黒川隆徳氏は精神医療の本場アメリカ・カリフォルニア州認定カウンセラーとして長年勤務した経験を持つ。他の心理セラピストのスーパービジョンや臨床指導においても高い評価を得ており、カップルカウンセリングの経験も豊富である。

 

 「結論から言うと、精神疾患や発達障害による生きづらさと、パートナーの有無は直接関係がありません。恋愛なしでうつ病を克服する人も多いですし、逆にパートナー関係が心を病む要因となっている場合もあります」(黒川氏)

 以下、問答形式で構成する。また、本稿ではメンタルの問題を「生きづらさ」と総称する。

◆恋愛関係はプラスになるが、病期によって及ぼす影響が異なる

――”生きづらさ”が語られる中で、唐突に登場する「理解のあるパートナー」はインターネットミームにもなり、揶揄の対象になっています。人々がそれに不快感をもよおす主な理由は、「病気と言っておきながら、ちゃっかり恋愛はしている」「自慢している」といったことのようです。実際に、パートナーの有無はメンタルヘルスにどのような影響をもたらすのでしょうか?

 黒川:まず精神疾患の面からお話します。

 良い恋愛関係はもちろんメンタルの回復においてプラスになりえますが、関係性を結んだ時期によって問題の質は大きく変わります。

 精神疾患の克服には、自分自身と向き合う作業も必要です。幼少期を振り返り、親子関係が現在の人間関係にどのように再現されているかなどを知り、トライアンドエラーを繰り返して回復していく。

 自分との関係性が改善すると、おのずと対人関係も良くなります。その段階で出会った相手であれば、良質な関係を結べる可能性はあります。

◆心を病んでいても誰かと繋がること自体は可能

ーー“孤独な戦い”をしている当事者たちからすると、パートナーを得たから克服したかのように見えてしまい、違和感をおぼえるということですね。そもそも、一般的にメンタルが不調のときに誰かと恋愛関係になることは、難しいのではないでしょうか?

 黒川:精神障害があるからといって、誰かと繋がれないわけではありません。

 完治していなくても、回復の過程で良い出会いがあるケースは少なくなりませんし、その新しい良い関係が回復を促進することも良くあります。

 とはいっても、こうしたケースは因果関係が逆であり、パートナーシップが精神疾患を治したというよりも、その人が誰かと親密になれるまでに精神疾患が改善していた、ということだと思います。

 一方、誰かと本当に親密になれるほどに回復していない状態で、たまたま調子が良いときに誰かと出会って恋に落ちるというケースもあります。ちょっとした躁状態であったり。恋愛依存の傾向のある方に多いかもしれません。

 こうしたケースは短期的には良くても中期的、中期的にはうまくいかない場合が多いです。

◆もともとカップルの場合は、克服とともに関係性が変わる

――片方が回復するにつれて別れるパターンもありますね。

 黒川:先述の後者のケースです。精神疾患はその人の本来のメンタリティではないので、回復するにつれて関係性が変わる場合が多いです。

 慢性的な精神疾患においては、もともとパートナーがいる場合、その回復と成長の過程において、大きく分けると、Grow apart(成長による離別)とGrow Together(ともに成長する)のどちらかが起きてきます。

 ちなみに、ベストセラーになった体験漫画「ツレがうつになりまして。」や、映画「ぐるりのこと。」でも典型的なGrow Togetherが扱われていますね。

 たとえば共依存関係でも、片方が本格的な精神療法を受ける中で成長し、自立していくと、それまで病気のことで相手に依存していた人が次第に依存しなくなっていきますし、そうすると、相手を支えるという役割に依存していた側の人は、その役割に変化がでてくるので、その人自身相当な再適応を迫られることになります。

 この役割の変容を支える側がうまく受け入れられないと、このパートナーシップは遅かれ早かれ終わりが来ます。

 弱っている人を助けるのが好きな、ある種の救世主願望を持っているパートナーの場合は相手の回復を無意識下で歓迎しません。そうすると、二人の間に不和が起きますし、それで別れる場合もあれば、お互いに見捨てられたくないという力動関係が生じ、現状維持をしてしまうこともあります。

――その関係が「恋愛ではなく、友人ではダメなのか」という声もあります。

 黒川:関係性にかかわらず、重要なのは親密度です。大親友なら良いが、浅い関係だと治療効果が期待できない。当たり障りのない交友関係しか持てない人でも、恋愛関係ならばロマンスや肉体関係もあって表面上はすぐに親密さを得られます。だからこそ、問題が生じるのですが。

◆「女性のほうがパートナーをより獲得しやすい」は本当か

ーー発達障害やパーソナリティ障害の場合はいかがでしょうか。

 黒川:発達障害とパーソナリティ障害は分けて考える必要があります。

 まず、自閉症スペクトラムなどの発達障害ですが、遺伝的な部分は変わりませんが、ソーシャルスキルなどを身につけることでパートナーを得たり、既存のパートナーとの関係性が改善したり生きやすくなることは十分可能です。

 パーソナリティ障害の場合は逆に、理解ある協力者やパートナーの有無が非常に大きく関わってきます。

――そこで、「同じ生きづらさを抱えていても女性はモテるが、性別が逆だと難しい」という、性差を指摘する声もあります。このような通説については、どのようにお考えでしょうか?

◆実際には恋愛なしで精神疾患を克服するパターンのほうが多い

 黒川:確かに女性のほうが男性と比べて同じ精神疾患でも社会的サポートを得やすいという諸説はありますね。ただ、これは実際のところ様々な要素が関与している非常に複雑なお話です。

 たとえばこのコロナ渦で、日本と韓国で女性の自殺者が急増しているというデータがあります。社会経済的に女性は不利なことが多いですし、パートナーがいても、ジェンダーバイアスや配偶者からのモラルハラスメント、DVなどで心身は蝕まれていきますし、専業主婦の方がやむなく離婚して困窮していくケースは枚挙に暇がありません。

 先ほどお話に出てきた「理解のある彼くん(または彼女)」問題も、実際は人々が思っているほど多くはないのではないかと思います。

 むしろ例外的な事例であるからこそ多くの人が興味を持ち書籍化していくわけで、実話でハッピーエンディングのラブストーリーは多くの人に歓迎されます。

 しかし実のところ、こうしたラブストーリーなしで精神疾患から回復していった人たちのほうが多数派なのではないかと思います。

 これはメディアの影響であり、たとえば、飛行機事故で死亡する確率は自動車事故で死亡する確率とは比較にならないほど低いのに、自動車には普通に乗れるけれど飛行機は事故が怖くて乗れない、という人が相当数おられるのと同じことです。

 飛行機事故は比較的珍しいことで公益性があるので大々的に何度も放送されます。

 こうしたことから、たとえ女性のほうが男性よりも社会的サポートを得やすいという一面があっても、「同じような精神疾患において女性の方が男性よりも生きやすい」という説については私は懐疑的です。

◆もう一つの重要なポイント「愛着」

――結局、「生きづらさ」とは、社会や人と繋がれない苦しみに直結していると言えますね。だからこそ、特定のパートナーを得ることで承認されようとするのでしょうか。

 黒川:そういうところだと思います。人間は他者との関わり合いなしには生きられません。極度の孤独は人の精神を蝕みます。

 人間関係がうまくいかず、ソーシャルサポートが受けられない結果、二次障害としてうつを罹患するケースも多いです。たとえば、社交不安症や回避性パーソナリティ障害でうつ病を併発しているケースが多いのはこのためです。

ーーそこには、愛着形成の問題も関係しているように思います。

 黒川:確かに大きなポイントになります。精神疾患にしろ、発達障害にしろ良質なパートナーを得るにはある程度健全な愛着スタイルが形成されている必要があります。ボウルビィが提唱した愛着理論に「心の安全基地」という概念があります。

 平たくいえば「心の拠り所」ですが、これがあることで感情が安定し、人の好意を素直に受け取ったり正しく自己表現ができるようになる。

 「パートナーを得て一件落着」というオチにカタルシスを感じられないのは、人と繋がることに対してネガティブな思いを抱えている可能性があります。

 世の中の7割ほどの人々においてが、幼少期に身につけた愛着スタイルが生涯続くと言われていますが、残りの3割は良質な人間関係や精神療法によって変容していきます。

◆酷似しているゆえに誤診されがちな、愛着障害と発達障害

ーー発達障害のグレーゾーンにも、愛着不全が関わっているケースも多いと言われています。

 黒川:遺伝的問題がなくても、家庭環境が極端に悪く愛着に著しいダメージを受けると自閉症的な言動をするようになります。発達障害と酷似しているので誤診されがちですが、実際にはマルトリートメント(虐待)に由来するものも多く含まれていると思います。

 発達障害とは違って、本来なら他者に共感できるのにそこだけが発達不全だったりする。これらは、中長期的なセラピーによって変わる場合も少なくありません。

 

 子供のADHDも誤診が非常に多い。家庭不和の子供は多動だったり集中力がなかったりしますが、家庭環境がよくなるにつれ改善されていきます。

――今後も生きづらさの克服についてあらゆる形で共有されていくと思いますが、当事者が他者と比べてストレスを溜めないための方法はありますか?

 黒川:あくまで一つの事例として受け止め、「真に受けないこと」でしょう。

 繰り返しになりますが、パートナーの有無は副次的なものであり、メンタルヘルスの必須条件にはなりえません。生きづらさに伴う不調が人それぞれである以上、克服の過程で何を獲得するかも千差万別であることを知っておいてください。

【黒川隆徳氏】

 臨床心理学博士、米カリフォルニア州認定の臨床心理学者。アメリカ心理学会正会員。California School of Professional Psychology Los Angeles博士課程修了。California State University at Long Beach 心理学部卒。

60年の歴史ある精神力動的精神療法の名所「Airport Marina Counseling Service」(ロサンゼルス)にて史上最年少、および史上初の非アメリカ人クリニカル・スーパーバイザーに就任。現在は「みゆきクリニック」(東京都品川区)、慶應大学湘南藤沢キャンパスにてカウンセラーを勤める。カップルセラピーも得意とし、多くのカップルの結婚関係、恋愛関係を効果的に改善。専門:精神力動的精神療法、パーソナリティ障害、PTSD、カップルセラピー、テレセラピー、多文化心理学、復職支援、育児ノイローゼ、家族関係。

くろかわ心理サービス

<取材・文/安宿緑>

【安宿緑】

ライター、編集、翻訳者。米国心理学修士、韓国心理学会正会員。近著に「韓国の若者」(中央公論新社)。

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