『君の名は。』ハリウッド実写版を手がける監督の半自伝映画『ミナリ』。韓国系移民の奮闘描く

『君の名は。』ハリウッド実写版を手がける監督の半自伝映画『ミナリ』。韓国系移民の奮闘描く

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 3月19日より、アメリカ映画『ミナリ』が公開される。

 本作は、『ムーンライト』(2016)や『ミッドサマー』(2019)など新進気鋭の監督の作家性を生かした作品を世に送り続けるスタジオA24および、『それでも夜が明ける』(2013)でアカデミー賞作品賞を受賞したブラッド・ピット率いるPLAN Bという、強力なタッグで製作された。すでに各国の映画祭の観客賞および権威ある賞を次々とおさえ、批評サイトRottenTomatoesでは一時期に100%の支持率を得るなど、絶賛に次ぐ絶賛で迎えられている。

 タイトルの「ミナリ」とは韓国語で香味野菜のセリ(芹)を指している。そこには、たくましく地に根を張り、2度目の旬が最もおいしいことから、子ども世代の幸せのために、親の世代が懸命に生きるという意味が込められている。本編もまた、不安がはびこる今の世の中でこそ響く、家族の姿を丹念に追った作品であった。さらなる作品の魅力を解説していこう。

◆田舎に引っ越してきた家族の奮闘記

 1980年代、韓国系移民のジェイコブは、喜び勇んでアメリカ南部のアーカンソー州の高原に家族と共に引っ越してきた。しかし、そこは心臓に病を抱える息子のデビッドの病院からは遠く、荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを見て、妻のモニカは不安を募らせる。それでも、しっかりものの長女アンと好奇心旺盛なデビッドは新しい土地に希望を見出していくのだが、やがて家族は予期せぬ災難に見舞われる。

 簡潔に内容を表すのであれば、「田舎に引っ越してきた家族の奮闘記」だ。荒れた土地では水を満足に得ることも難しく、隣人も怪しくてすぐには信用できない。夫と妻は共に不安を抱え、激しい口喧嘩もしてしまう。そんな環境であっても、子どもたちはなんだかんだで楽しく暮らしていて、友だちもできたりもする。乱暴な言い方をすれば、「より生活が困難で両親が不仲でファンタジーのない実写版『となりのトトロ』(1988)」な内容でもあるのだ。

◆「自然に見えるが実は計算されつくしている」作品

 劇中では何気ない日常が淡々と映し出されているようにも見えるが、この生活が破綻してしまいそうな「ほころび」がどこかに垣間見え、後で何気ないセリフや行動がしっかりと意味を持つようになるということも重要だ。

 この「自然に見えるが実は計算されつくしている」という印象は、日本で言うところの是枝裕和監督の作品にも近い。その作品の中では、田舎での家族の関係性を「何も起こらない」中で描いた『歩いても歩いても』(2008)、両親が口喧嘩をしてしまう環境でも健やかに育つ子どもの成長を追った『奇跡』(2011)、貧困の中でも懸命に生きる家族の姿を描いた『万引き家族』(2018)、それぞれを思い起こすところがあった。他にも、田舎で暮らす家族の閉塞感をリアルに綴ったラッセ・ハルストレム監督の『ギルバート・グレイプ』(1993)を連想する方も多いだろう。

 そんなわけで、この『ミナリ』の本編には(終盤のある展開を除いて)ほとんど派手さはない。それでも興味が持続し、面白いと思えるのは、俳優陣の演技力はもちろん、画作りや演出、脚本がとても作り込まれているからだろう。映画館のスクリーンで集中して観れば、より「自然に見えるが実は計算されつくしている」特徴がわかるはずだ。

◆小津安二郎やスピルバーグからの影響も

 是枝裕和監督作品を思わせると前述したが、実はリー・アイザック・チョン監督と撮影監督のラクラン・ミルンは、小津安二郎監督作品の空間設計も、参考にする作品の1つとして話し合っていたのだという。会話から人の心情を丁寧に語るその作風にも、小津作品らしさを存分に感じさせた。

 他にも、西部劇に出てくる荒野の映像、そして子どもの精神を表現するスティーブン・スピルバーグ監督作品も参考にしていたそうだ。確かに荒れた土地の寂しさと美しさを両立した画は西部劇らしいし、子どもの目線で(少しだけ)冒険が描かれる様はスピルバーグ監督作品を連想させる。こうした先人たちの敬意と研究もまた、作品のクオリティの高さに繋がったのは間違いないだろう。

◆貧困以外にもある『パラサイト 半地下の家族』との共通点

 もう1つ、この『ミナリ』を観て多くの方が連想するのは、『パラサイト半地下の家族』(2019)だろう。何しろ、劇中の家族が韓国系移民であり、貧しい住処であの手この手を尽くすという、「貧困からの脱却を試みる」ことが物語の根底にあるからだ。

 夫は10年間もヒヨコのオスとメスを鑑別する仕事しているが、心底その仕事にうんざりしている。そこで、彼は3年間はヒヨコ鑑別と農業を両立しながらも、韓国野菜を栽培するという計画を思いつく。当時はアメリカに移住する韓国人が年間で3万人もいて、その需要があると読んだのだが、そのために購入したのは誰も買いたがらないいわくつきの土地だった。

 それだけでも、この後に生活が上手くいかなくなることが十分に予想できるのだが、夫はダウジングで水脈を見つけられると言い寄ってきた男の提案を突っぱねて、息子に「タダで見つけられるものに金を払うな」と言った挙句に、闇雲に荒れた土地で穴を掘っていたりする。夫が望まない仕事をし続けていた経験が、おそらくは人を信用しなくなった、また未来を見据えた投資をしないという考えにつながるという、悪循環を生んでいることも容易に想像できて、なんとも切なくなってしまう。

 そして、この『ミナリ』の面白さは、登場人物の印象がその後に変わっていくことにもある。例えば、途中からやってくる祖母は騒がしくて毒舌で、その上に料理も全くできず英語もほとんど話せないという、ほとんど厄介者のような存在だったのだが、そんな彼女の言動が思わぬ形で家族にプラスの影響を与えていることもあったりする。その他にも、風変わりな隣人たちに対して「こういう人なんだろうな」という先入観が、その後にガラリと覆されたりもするのだ。

 それもまた『パラサイト 半地下の家族』と共通している魅力だろう。「その人の本質は第一印象ではわからない」という提言が根底にあり、登場人物がステレオタイプではない複雑な内面を持っているからこその、映画としての豊かさがあるのだ。両者がトーンもジャンルも全く異なる作品であるのに、ここまでの共通点を見出せるというのも、また面白い。

◆監督の半自伝的な内容に

 劇中の幼い少年デビッドは、リー・アイザック・チョン監督を投影したキャラクターだという。監督は自身の娘と同じ頃の思い出を書き出してみたところ、「両親が激しく口喧嘩していた」こと、「父のもとで働いていた男性が十字架を引きずって街を歩いた」ことなどがあり、「自分が語り継ぎたいのはこういう物語なのだ」と実感したそうだ。その思い出がそのまま『ミナリ』の劇中に反映されている、つまりは監督の半自伝的内容となっているというわけだ。

 また、チョン監督は、自身の父が『大いなる西部』(1958)などの映画を観て、豊かな土地に憧れを抱いてアメリカにやって来たのだが、現実は厳しく、父が夜中の2時に雪の中で木々に覆いをかけていた姿を今でも覚えていたのだそうだ。

 そのような幼い頃の経験があってこそ、チョン監督は「農業は一定のリスクを伴うけど、それを描いている映画は非常に少ない。だから、そういう部分を見せたかったし、それと対比して自然が優しさを見せてくれる部分も表現してしたかった」という想いを作品に込めたのだという。

 劇中の「農業を始めようとしてもちっとも上手くいかない」リアルさもまた、チョン監督の実体験が反映されたからこそ、表現し得たものだろう。それと同時に、劇中では自然が恵みを与えてくれることもしっかりと描写されている。その自然の厳しさと優しさの二面を描いていることも、本作の美点だ。

 そして、どれだけ理不尽かつ不条理な運命に倒れたりしても、人はまた立ち上がることができる。そして、幸せへの道は1つではないということも教えてくれる。『ミナリ』はそんな究極の人間賛歌の物語として読み取れる。自然災害や、それこそ新型コロナウイルスなど、環境によって苦しんだ経験がある人にとっては、希望そのものの物語としても映るだろう。

◆ハリウッド実写映画版『君の名は。』との作家性は合う?

 この『ミナリ』のもう1つの注目ポイントは、リー・アイザック・チョン監督が、言わずと知れた新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』(2016)のハリウッド実写映画版を手がけることが決まっているという事実だろう。

 『ミナリ』はゆったりしたテンポでじっくりと登場人物の心理を描く作品であり、ハイスピードで展開していた『君の名は。』とは全く作風が異なるのではないか、という懸念もある。だが、考えてみれば、どちらも「田舎の閉塞感を描く」内容でもあるので、確かに監督の作家性がハマるのではないか?という期待も持てるようになっていた。

 いずれにせよ、実力があり、また日本映画にリスペクトのある監督が、『君の名は。』をどのように実写でリメイクしてくれるのか、という興味は尽きない。その期待をさらに膨らませるためにも、ぜひ劇場で『ミナリ』を観ていただきたい。

<文/ヒナタカ>

【ヒナタカ】

雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF

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