「ダウン症の兄に守られていた」元ヤングケアラー語る過去

「ダウン症の兄に守られていた」元ヤングケアラー語る過去

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ヤングケアラー、それは無償で家族の世話や介護をする18歳未満の子供たちのことをいう。

「父は通信社のカメラマンで国内外での仕事も忙しく、家庭での子供の世話は、ほとんど母が一人で担っていました」

こう語るのは持田恭子さん(54)。持田さんもまた、親とダウン症の兄の世話を体験した“元ヤングケアラー”だ。

「小学生のころから父がアルコール依存症になり、母や私に暴力をふるうようになっていました。父自身、兄のター君をかわいがりながら、一方でター君の通院のせいで出世につながる転勤をできないなど、ストレスを抱えていたのだと思います」

父親の変貌ぶりに、今度は母親までうつ病を患い、毎日「死にたい」と口にするように。

「当時、父や母自身が、社会から取り残された、いわば被害者でした。でも10代の私には、そこまで理解できなかった」

25歳の時、転機が訪れる。イギリスの金融情報サービス企業への就職だった。しかし母は、渡英しようとする持田さんに詰め寄り、言った。

「もし私たちを捨ててイギリスに行くなら親子の縁を切る。ママはター君と死にます。あなたは殺人者の汚名を一生背負って生きていくのよ。よーく考えて、どちらかを選びなさい」

「私は自分の道を自分で選びたい。ママが死ぬなら、それはママの選択。でも、ター君を巻き込まないでほしい」 持田さんは、悩んだ末にイギリス行きを決心し、母に告げた。

「自分の気持ちを大切にして、本当にやりたいことがあるのならば家族から離れてもいい、自分らしく生きよう、そう思ったんです。イギリスでは、初めてストレスのない生活を体験しました。とはいえ、兄や家族を置いてきた自分は薄情な人間なんだと罪悪感を持ったまま過ごしていました」

海外生活が落ち着いていくなかで、こんな発見もあった。顧客に誘われ、初めてモータースポーツのF1を見に行ったときのこと。

「有名ドライバーの息子さんがダウン症で、病気の啓発やチャリティが行われていて。日本では陰に隠れて生活する印象でしたから、なんて進んでいるのかと衝撃を受けると同時に、社会全体で支えていく問題だと知るんです」

2年半後、ヘッドハンティングされて帰国し、外資系企業に転職した。絶縁状態だった母親もこれを喜び、実家との交流が再開する。

「帰国後、たまたまパソコン雑誌に掲載されていたダウン症の親御さんグループのホームページを見つけました。自分と同じ“ダウン症の兄がいる妹”に会ってみたいと思って連絡を取ろうとしましたが、なかなかきょうだいにつながれず、周囲から『自分でホームページを作ったら』と言われて、独学でサイトを立ち上げました」

96年10月、「ダウン症児・者の兄弟姉妹ネットワーク」がスタート。やがて日本各地の80人ものきょうだいたちとメーリングリストで意見を交わすようになり、持田さんは痛感する。

「こんなにいたんだ。家族の世話や将来のことで悩んでいたのは、私だけじゃなかったんだ」

仕事を終え帰宅すると、夜中までメール交換する日々を送っていた01年、父親の大腸がんが発覚。

「それまで父がやっていた兄の世話を、私が引き受けるようになりました。兄は、父のことを『殿』と呼んで慕っていました。その父から、夢だった息子とのキャッチボールができなくなった無念さや、会社の同僚たちが子供自慢をするときには『仕事があるから』とうそをついて席を外していたことなど初めて本音を聞かされるんです。親である父が、私たちきょうだいと同じ思いをしていたと知って驚きました。もっと早い時期に語り合えていたらと悔やみました」

2年間の闘病生活の末、父親が亡くなる直前のこと。ショートステイへ向かう兄が、病床の父に言った。

「39年間、ぼくを育ててくれてありがとうございました。ぼくは、だいじょうぶです」

そう言いながら、親指を立てるしぐさをすると、昏睡状態だったはずの父親が一瞬、目を開けた。

「驚いたのは、父も兄に向かって親指を立ててほほ笑んだんです。その数時間後、父は64歳の若さで息を引き取りました」

パニックに陥るからと反対する母親を押し切り、持田さんは兄に父の死を報告した。兄は電話口で、逆に持田さんに尋ねた。

「母は泣いてますか? 妹さんは泣いてますか?」

「泣いてないよ」

「じゃ、ぼくも泣きません」

必死で悲しみをこらえているのが電話越しにも伝わった。持田さんは瞳を潤ませながら、当時をこうふり返る。

「私はこのとき、自分のことより母と妹を心配してくれた兄の優しさに、初めて気づきました。そうか、守られていたのは、実は私だったんだと……」

持田さんは現在、ケアラー支援を行う「ケアラーアクションネットワーク協会(CAN)」代表理事。家族に守られながら、ヤングケアラーの孤独に寄り添っている。

「女性自身」2021年4月6日号 掲載

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