結婚直前の倒れリハビリ11年“全身不随”の夫から妻への4文字のラブレター

結婚直前の倒れリハビリ11年“全身不随”の夫から妻への4文字のラブレター

結婚直前の倒れリハビリ11年“全身不随”の夫から妻への4文字のラブレターの画像

「笑ってるの? そうか、カメラマンさんのカメラが気になるのね」

車いすの夫のにこやかな表情を見て、こう声をかける妻。彼女自身も柔らかな笑みを浮かべていた。

長野県飯田市。坂内秀行さん(42)と織子さん(45)は、この自然豊かな、のどかな町で暮らしている。

「カメラにギターと、彼はもともと多趣味な人で。出会いのきっかけもカメラなんです」

’08年春、2人はSNSのカメラ愛好家が集うコミュニティで知り合った。当時、織子さんは京都の実家から大阪の職場に通う販売員。いっぽう福島出身の秀行さんは、奈良の酒造会社に勤務していた。

「初心者の私がコミュニティで質問を書き込むと、いちばん丁寧に答えてくれるのが彼でした」

初対面はその年のゴールデンウイーク。休みを利用し彼が彼女のもとを訪ねてきたのだ。

「私は身長152cmですが、彼は180cmほど。『大きい人だな』が第一印象。派手なアロハシャツにデニム、ハンチング帽と少々イカついいでたちで(笑)。でも、とても優しい目をしていて、一緒にいると居心地がいい人だなって」

こうして交際を始めた2人。しかし、互いに結婚を意識し始めた’11年春、突然の悲劇に見舞われる。

「日曜日でした。桜の季節で、2人で写真を撮りに出かけた後、彼のアパートに戻って、夕食後にコーヒーを飲んでくつろいでいたら突然、彼が意識を失ってしまって」

救急搬送された病院で、秀行さんはくも膜下出血と診断され、緊急手術に臨むことに。

「まるで映画でも見ているかのようで。目の前で起こっていることが現実とは思えなかった。勝手に涙があふれてくるばかりでした」

夜を徹しての大手術だった。

「くも膜下出血の多くは、動脈瘤ができて、破裂して起こるそうです。でも彼の場合、首の後ろからつながる大事な太い血管の1本がちぎれて、そこから大出血していた。手術は無事終わりましたが、脳のダメージは相当なものだったようで、先生は『会わせたい人がいるなら呼んでください』と」

■当時は夫婦ではなかったけど『この先もずっと、一生一緒にいる』と決めた

関西に身内のいない秀行さん。織子さんは病院で「婚約者です」と自らを名乗り、医師からの説明を受け、手術の承認もし、秀行さんの実家に連絡も取った。

でも、厳密には婚約を交わしていたわけではない。手術の翌々日には、彼の母も福島から駆けつけた。医師からは「社会復帰は難しい。この先も寝たきり、あなたはみとるだけの生活になる」と非情な宣告まで受けた。それでも、織子さんは彼のもとを離れなかった。

「そうですよね、そこでお別れする人もいるのかもしれません。でも、私にはなぜか『彼はこのまま絶対終わらない』っていう確信があって。それに、私にとって彼は本当にかけがえのない存在でした。当時は夫婦ではなかったけど『この先もずっと、一生一緒にいる』と、その時点で私、決めたんです」

こうして、織子さんは術後のリハビリにもずっと付き添い続けた。

「でも、なんとなく病院からは匙を投げられている感じで。回復の見込める患者に対しては、病院も懸命にリハビリをさせてくれるんです。でも、彼の場合、その見込みは薄いと思われていた。体はどこも動かせなかったし。気管切開をしていますから、声でコミュニケーションも取れない。『とりあえず関節だけは動かしておきましょう』という感じで、形ばかりのリハビリしかさせてもらえなかった」

彼はこのまま終わらない、私が絶対よくしてみせるーー。強い信念のもと、彼女は奔走した。そして、秀行さんに手を差し伸べてくれる医師を求め、2人は奈良から彼の地元・福島、さらに山形へと転居・転院を繰り返した。

「山形で診てくださった嚥下機能のリハビリ専門の先生が、とても親身になってくれた。のみ込む力が回復してくると、彼の全身の状態もどんどんよくなっていったんです。それまで混濁しがちだった意識も、はっきりするように。その後、その先生が長野の病院に移ることになり、私たちも’17年の暮れ、ここに移住してきたんです」

’20年、彼の意識障害が癒えたことで、2人同意のもと入籍。はれて、2人は夫婦になったのだ。

■時間にして2分。左手を動かして書かれた4文字「しあわせ」

やがて、秀行さんは左手をかすかに動かせるまで回復。リハビリがてら、その左手でペンを持ち、妻の介助のもと、簡単な絵を描くのが日課の1つとなっていった。

「そのうち、たどたどしいですが、字も書けるようになって。でも、それは私がリクエストした言葉だけ。自分の内から言葉が出てくるまでには、なかなかならなくて。『こんにちはと書いて』と頼めば書けるけど『どんな気持ち?』と聞いても書けない、そんな感じで」

ところが、奇跡が起きる。

「今年の1月です。朝から彼、ずっとニコニコと私を見ていて。『言いたいことあるの?』と聞いても、ニコニコだけ。『試しに書いてみてよ』と、いつものペンとスケッチブックを用意すると……」

時間にしておよそ2分。懸命に左手を動かし続けた彼が記したのは「しあわせ」の4文字だった。

「『え、まさか!?』って、本当に驚いて朝から大号泣しました。『幸せって書いてくれたの?』って聞いても、彼はいまのようにニコニコと笑うだけでしたけど。もう、この4文字とその笑顔で、私の10年間は報われた、そう思えました」

病いに倒れる以前の秀行さんは、サプライズが大好きだったという。

「何も言わずにカメラをプレゼントしてくれたり。こっそりオヤツを作ってくれたことも。でも、この4文字が、これまでで最大の、サプライズかもしれませんね」

こう言って笑う織子さんの目に、光るものが浮かんで見えた。

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