生稲晃子議員の評価が一転したワケ…いま必要なのは自分の言葉で語ること

生稲晃子議員の評価が一転したワケ…いま必要なのは自分の言葉で語ること

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旧統一教会の関連施設を訪問していたことが報じられた生稲晃子議員(54)。議員としての活動は本格化していないにもかかわらず、早くも窮地に立たされている。

7月の参院選で初当選を果たした生稲議員。公示直前の6月、萩生田光一政調会長(58)に連れられ、選挙の支援を要請するため旧統一教会の関連施設を訪れていたという。

「これについて生稲議員の事務所は17日、『新人の立場なので、多くの方に政策を聞いていただきたいという思いでスタッフが判断した』と説明しました。これほどの大問題ですからまず初めに自らの言葉を示す必要があったと思いますが、初手から事務所任せの生稲議員の対応は批判が殺到していました」(全国紙記者)

生稲委員は18日にようやくメディアの前に立ち、“暑かったので顔を治すことや、間違いないように喋ることに必死だったため、そのときは旧統一教会の関連施設という認識はなかった”と釈明。しかしそうした説明に国民からの納得は得られず、火に油を注ぐ形となった。

そもそも生稲議員は、選挙期間中から物議を醸す行動がたびたび取り沙汰されていた。

「NHKの候補者アンケートにはほぼ無回答で提出したかと思えば、東京新聞のアンケートでは他の候補者の回答と酷似した内容を提出したとして波紋を広げていました。また毎日新聞によるアンケートの“富裕層への課税強化”についての項目に『反対』と回答したいっぽうで、朝日新聞の同じ項目には『強化すべきだ』と矛盾した回答をしていました。

そのたびに、“本当に自分自身で考えて回答しているのか?”と疑問の声が上がっていました」(政治部記者)

すっかり批判一色となった生稲議員。だがもともと、彼女の周りはあたたかいエールがあふれていたはずだった。

15年11月、彼女は本誌で4年8カ月にも及ぶ乳がん闘病と乳房再建手術の経験を初めて告白した。当時、その勇気ある公表は大きな反響を呼び、読者からも応援の声が続出していた。

「生稲議員は元おニャン子クラブと知名度もありますし、もともと彼女の生き方に共感する人はいました。さらに生稲議員は参院選出馬に際し、“病気を抱えながら働いていく人を支援したい”と自身の闘病経験を踏まえて意気込んでおり、それに励まされた人も少なくありませんでした。このように本来、彼女のまわりには応援してくれる人が大勢いたはずなのです。

しかし今の彼女は自民党の看板を気にするあまり、自分自身の考えを伝えることができていません。その結果、批判一色となっています。今の彼女にとって本当に大切なのは新人として足並みをそろえることではなく、自分の言葉でしっかりと本音を話すことなのではないでしょうか」(前出・全国紙記者)

参議院議員としての任期は、これから6年間続く。起死回生なるか。

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