「夫の発明のおかげ」母との死別の悲哀が妻をガンから救った

「夫の発明のおかげ」母との死別の悲哀が妻をガンから救った

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小さなチップにたった数滴の血液を垂らすだけで、がんを検診できる。しかも大きさ0.1ミリ以下という超早期のがんまで見落とすことはない。そんな世界が注目する新技術、バイオチップの“プロテオ”を発明したのは長谷川克之さん(59)だ。

克之さんは兵庫県神戸市のバイオベンチャー「マイテック」の研究者だ。マイテックは、妻・幸子さん(54)が社長を務め克之さんと長男の裕起さん(32)ともう1人の研究者で構成されるたった4人のバイオベンチャー。いわば“家庭内手工業”のような小さな会社だ。

そんな小さな会社が、世界に先駆けて先端テクノロジーを世に送り出した。しかも克之さんはもともと医療分野とは無縁で、最終学歴は地元の公立中学校だという。

克之さんは、なぜ革命とも言える技術を発明できたのか。本人はこう自己分析をする。

「僕ね、できるまでやるんです。絶対にやめない。意地を形に変えたいっていうのがあったかも……。それで、医療分野の中でも誰もが一番困っているがんの検出に挑戦しようと考えたんです」

じつは、開発中に悲しい別れを経験していた。克之さんの母が、肺がんで他界したのだ。

「70歳まで保険証すら使ったことがないほど母は頑健で、『市から表彰状もろうた』と喜んでるような人でした。それが、このチップの研究を始めて間もなく、肺がんが見つかって。もう、末期やったと思います、入院して半年ほどしか持ちませんでしたから……。抗がん剤を入れると皮膚が荒れ、肌が真っ赤にただれてしまって……かわいそうでしたね。母の死は、やっぱり息子としてこたえました」

それから数年後、今から4年前にプロテオが完成したとき、克之さんは思った。

「僕らは医者と違うので、がんを治すことはできません。でも、少しでも早期に、がんを見つけることはできる。1人でも多くの人に、がんを早くに見つけられてよかった、そう思ってもらいたい」

プロテオの基礎研究から完成まで、10年以上がかかった。その間、研究費を捻出し研究を続けるために、家族一丸となって協力することになったという。しかし、妻の幸子さんは夫に振り回されたとは微塵も思っていなかった。

「私は、家族は協力するんが当たり前と思っていました。お金に困ったことも『子供たちは得難い経験、さしてもらってるな』って」

そんな父を、子供たちが改めて尊敬し直す日がやってきた。それは、プロテオの完成を発表した直後、15年8月。実用化を前に家族で試験的に検査を実施してみると、なんと幸子さんの検査結果がC判定だったのだ。がんのリスクが高い、という判定だ。

「半信半疑というのか……。夫と息子の作ったものが感度の高いチップだということはわかっていましたし、信じていました。でも、自分ががんだなんて。とにかくはっきりさせたいと、近くの病院でPET検査を受けました」

結果、幸子さんは乳がんと判明。毎年のようにマンモグラフィーなどの乳がんの検査を受けていた幸子さんは、まさか、という気持ちが強かったという。驚いたのは、検査を担当した医師も同じだ。乳がんがステージ0、超早期のものだったからだ。すぐに手術は行われ、幸子さんのがんは無事に取り除かれた。術後も、超早期の発見が幸いして追加の治療は必要なかったという幸子さん。

「しこりも何もない状態でしたから。『何で、症状もないのにがんを疑ったんですか?』ってなんども聞かれました。夫の発明が私を救ってくれたんだなと。プロテオが見つけてくれなかったら、きっと手遅れになってたんじゃないかと思います」

母の死という辛い記憶を抱えながらも、プロテオの開発に成功した克之さん。結果、がんで亡くなる人を1人でも少なくしたいというその情熱が妻を救った。現在プロテオは国内医療機関の60カ所で導入されている。これからも、克之さんの発明は多くの人を救うだろう。

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