ALS患者嘱託殺人 被害女性の“後悔”にどう応えるべきか

ALS患者嘱託殺人 被害女性の“後悔”にどう応えるべきか

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《医師は長くて1年、突然急に悪くなることもあると言うからそれに期待するしかない 確実に苦しくなってる 早く早く、、して》

ブログやSNSを通じて悲痛な叫びをあげ続けていた、難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性患者(当時51)が、医師によって殺害された。

7月23日に嘱託殺人容疑で逮捕されたのは、呼吸器内科医の大久保愉一容疑者(42)と、泌尿器科医の山本直樹容疑者(43)。2人は死を望んでいた被害女性とコンタクトを取り、昨年11月30日に訪問。薬物を投与して女性を殺害したのだ。

両容疑者は8月13日に起訴された。今後は法廷で、犯行の詳細と彼らの死生観が検証されることになるが、これまで明らかになっている両容疑者の発言やネット上の書き込みなどによると、自らの行為を正しいものと思っていた可能性が高い。

「しかし、どんなに正当化をしようと、今回の事件は医療とは言い難い行為です。金銭のやりとりがあり、主治医でないばかりか、SNS等でのやりとりのみで、患者やその家族との十分なコミュニケーションが取れていたとは思えません」

そう語るのは、かつて終末期医療で殺人罪が確定し、2年間の医業停止処分を科された大倉山診療所の院長で、呼吸器内科医の須田セツ子さん(65)だ。

「ご本人に精神的な苦痛があったことは理解できます。ALSは体を動かすさまざまな筋肉が徐々に衰え、やがては寝たきりになり、食べること、呼吸することすらできなくなる神経難病です。脳梗塞や脊椎損傷とは違い、動かない場所の感覚がクリアなことが特徴です。患者だけでなく、家族や周囲の負担も大きいため、生きることに絶望する患者さんも少なくありません。しかし、今回のケースでは、肉体的には生きる力があった。にもかかわらず、薬物で殺害する行為は、自殺を望む人に手を貸して死に至らしめたということです」

延命治療を施さずに緩やかに死を迎える「尊厳死」は日本でも受け入れられつつあるが、今回は薬剤投与という積極的な方法による死である「安楽死」とみられ、日本の法律では容認されない行為だ。

須田さんは「私が偉そうに意見できる立場ではありませんが……」と前置きしながらも、殺人罪に問われ、終末期医療のあり方に一石を投じた「川崎協同病院事件」を振り返りつつ、その胸中を語ってくれた。

須田さんは、大学卒業後、研修医時代も過ごした川崎協同病院の呼吸器科で勤務していた。公害による気管支ぜんそく患者の多い病院で、Aさんもその一人だった。

「外来診療で主治医を務めていました。そのAさんが’99年11月2日に重い発作を起こし、意識不明の状態で搬送されたのです」

懸命の救命処置を行ったが、Aさんは15分にわたる心肺停止状態で、脳に重大なダメージを受けている可能性が強く、容体が安定しても植物状態か、重大な障害が残ることが予想された。

「意識不明とはいえ、痰がつまれば苦しそうな咳を出すし、頬にすっと涙が伝います。これ以上の延命をするのか、ご家族とも話し合う必要を感じました。Aさんの妻も『子ども夫婦は孫の育児に追われ、看護することが難しい。施設に入れるにも、経済的余裕はない』と、不安を抱えていました」

搬送から2週間後の16日、妻が「抜管してほしい」と訴えてきた。自発呼吸ができていたため、人工呼吸器は外されていたが、気管にはチューブが差し込まれた状態。抜管すると気道をふさいだり、痰が吸引できず、近い将来、Aさんの死が訪れる可能性が高い。

カルテにも、須田さんは《家族の抜管希望強し。大変辛いが夕方、家族が集まってから抜管することとする》と書き込んでいる。

「そのときは、抜管で急変するとは考えておらず、ゆるやかに死に向かうと思っていました」

ところが抜管後、Aさんは苦しそうに体を反らせ始めた。

「病室にはご家族が10人くらい集まり、小さなお孫さんもいたので、苦しみを取るように鎮静剤を投与したんです。その後も、ゴーゴーという苦しげな呼吸が続いたので、同僚医師に相談して筋弛緩剤を少量ずつ点滴で投与。Aさんの呼吸が次第に弱まり、死亡を確認しました」

その3年後、一連の行為をした須田さんが殺人容疑で逮捕された。

「患者さんが苦しむことが予想できなかったことは申し訳ないですが、私の行ったのは医療であるという信念があります」

11年もの歳月をかけ、最高裁まで争ったが、殺人罪が確定。しかし量刑は懲役1年6カ月、執行猶予3年と非常に軽かった。判決文にも《この問題は、国を挙げて議論・検討すべきものであって、司法だけで抜本的な解決が図れるような問題ではないのである》とあるように、最高裁にとっても苦渋の決断だったことがうかがえる。

だが、この判決後に、尊厳死や安楽死が日本でしっかりと議論されてきたとは言い難い。

「たとえば、延命効果のある胃ろうや人工透析、人工呼吸器などの取り外しに関しても、そろそろ本音で議論すべきです。現状、一度つないだ延命装置を外すのは、殺人に問われる恐れもあり、医療現場ではちゅうちょされる行為。その結果、積極的な医療に踏み出せない。ALS患者は、7割が人工呼吸器を拒否、つまりその後の死を選択しているのです」

今回の事件で被害女性は、栄養剤を注入する胃ろうに関して、後悔の念をブログやSNSでつづっている。

《胃ろう、、、つくらなきゃ良かった、、造らないという選択を選べるなら、使わないという選択はできないのか、、、??》

こうした声は無視できない。

「患者の容体急変で、考える時間がなく、『ともかく救ってください』と延命治療を始めるようなケースもあります。しかしその後“こんなはずではなかった”と後悔したとき、病状や年齢、経済状況などを含めた患者や家族の思いに医師が寄り添い、尊厳ある死を迎える方法を選択できる道筋が必要なのではないでしょうか」

須田さん自身、ALS患者の医療について葛藤した過去がある。

「私自身も呼吸困難で意識が混濁したALSの患者さんに人工呼吸器を入れて、本当にこれでよかったのか自問したことがあります。そのときは患者さんの容体が安定してから、ご本人に生きたいという意識があったことを知ってホッとした覚えがあります」

しかし、仮にその患者が治療を望んでいなかった場合、後からそのことが判明しても、人工呼吸器の管を抜くことは罪に問われる可能性が高い。当事者や患者家族はどう感じているのだろうか。

被害女性の父親は、京都新聞(7月28日配信)の取材に対し《犯人にくそったれ、と思う。悔しい。許せない。なんでこんな卑劣なやり方するんや》と感想を述べつつ《精いっぱい生きた。娘本人が納得して選んだこと》と複雑な心境を述べている。

日本ALS協会は《当協会はこれまで「尊厳死」の法制化に賛成できない旨の声明を出したことがあります。また今回の事件で報じられている薬物による死を早める「安楽死」に関して、個人としての意見はあっても協会組織として認めておりません》と、ALS患者でもある嶋守恵之会長名義で声明を発表している。

ALS患者の妻を持つ、同協会常務理事の岸川忠彦さんが、こう付け加える。

「妻はゆっくりと進行するタイプで、発症から13年たっています。かつては『死にたい』と漏らすこともありましたが、その気持ちは時間の経過とともに変化しました。今後は、心のケアにもより力を入れなくてはなりません。また、人工呼吸器などは、装着した時点で臓器の一部になっていると、私自身は考えているので、それを取り外すことには疑問を感じます」

医療の進歩により“死なない社会”が加速するなか、どのように尊厳ある、自分らしい死に方を迎えればいいのだろうか。被害女性の問いかけに、われわれは答えを出さなくてはならない。

「女性自身」2020年9月1日 掲載

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