【朝日新聞研究】70年代、極左勢力のテロ事件が頻発… 朝日新聞の熱心なフォローが“温床”作り出した

【朝日新聞研究】70年代、極左勢力のテロ事件が頻発… 朝日新聞の熱心なフォローが“温床”作り出した

朝日新聞社

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 歌手で俳優の萩原健一さんが3月26日、亡くなった。68歳だった。8年も前から、消化管間質腫瘍で闘病生活に入っていたという。

 新聞各紙には29日に記事が掲載されたが、基本的には各紙とも同様で、グループサウンズ「ザ・テンプターズ」のボーカルから出発したこと。その後、俳優に転じて、テレビドラマや映画で、個性的な演技で活躍したことが詳しく語られていた。スキャンダルとして、大麻の不法所持や、映画出演料をめぐる恐喝未遂事件などが付け加えられている。

 俳優としての作品では、テレビドラマの「太陽にほえろ!」と「傷だらけの天使」が必ず言及されていた。だが、その解説の仕方において、朝日新聞の場合、顕著な特徴が見られた。

 まず、朝日新聞は29日朝刊で、「72年に始まった日本テレビのドラマ『太陽にほえろ!』に『マカロニ刑事』の役で出演。スタイリッシュな容姿と常識破りなキャラクターで、反体制的な70年代の若者の支持を集める」と述べる。

 次いで、「74〜75年の『傷だらけの天使』では、水谷豊さんとのコンビで探偵社の下働き役を好演。不真面目ながら筋を通す若者像は、学生運動に敗れ去った後の冷めた社会の空気を象徴する存在となった」と説明する。

 つまり、萩原さんを、反体制の学生運動が流行した当時の時代背景と、わざわざ結び付けて回顧していたのだ。

 この1960年代から70年代にわたる、左翼勢力の活動を熱心にフォローし、彼らの側に立つような報道をしたのが朝日新聞であり、中核となったのが今はなき週刊誌『朝日ジャーナル』だった。

 それは、3月13日夕刊の「あのとき それから」欄の、東大安田講堂事件(69年1月)の論調に、見事なまでに再現されている。当時、講堂を封鎖した全共闘側の意見が、何人も紹介される記事になった。

 しかし、前出の2つのドラマが放送された70年代前半は、60年代の大学紛争で敗北した極左勢力が、凶悪なテロ犯罪に乗り出した時代だった。

 70年には、共産主義者同盟赤軍派が「よど号ハイジャック事件」を起こした。72年には連合赤軍による、仲間同士の「大量虐殺事件」が明るみに出た。74年には、8人の死者と400人近い負傷者を出した、東アジア反日武装戦線による三菱重工爆破事件など、「連続企業爆破事件」が発生した。極左勢力によるテロ事件は、まだまだ、たくさんあった。

 それがすっかり忘れられているのは、メディアが「歴史の真実」を正確に回顧していないからではないか。学生が大学紛争に熱中して、身を誤ったのは自己責任だが、大学紛争とテロで、大学関係者や一般人に多くの犠牲者が出ている。

 私には、朝日新聞が、左翼をかき立てるような報道をしたことによって、凶悪な暴力事件が発生する温床を作り出したとしか思えない。

 ■酒井信彦(さかい・のぶひこ) 元東京大学教授。1943年、神奈川県生まれ。70年3月、東大大学院人文科学研究科修士課程修了。同年4月、東大史料編纂所に勤務し、「大日本史料」(11編・10編)の編纂に従事する一方、アジアの民族問題などを中心に研究する。2006年3月、定年退職。現在、新聞や月刊誌で記事やコラムを執筆する。著書に『虐日偽善に狂う朝日新聞』(日新報道)など。

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