【吉田茂という反省】空いたポストにちゃっかり…吉田茂は「敗戦利得者」の親玉だ! 佐藤栄作内閣終了まで牛耳り

【吉田茂という反省】空いたポストにちゃっかり…吉田茂は「敗戦利得者」の親玉だ! 佐藤栄作内閣終了まで牛耳り

「敗戦利得者の親玉」という吉田元首相

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 一昨年亡くなった評論家の渡部昇一・上智大名誉教授がよく言っていたが、「敗戦利得者」という人たちがいる。

 日本が敗戦し、占領軍が昭和21(1946)年1月4日に出した公職追放令によって、戦争責任があるとして公職から追放された人たちがいる。公職だけではなく、財界、言論界にも職場を追われた人がおり、約21万人の人が職場を去った。これによって、その空いたポストに就いた人が要するに敗戦利得者だ。

 この人たちには、高いポストに早めに就くことになったにすぎない人もいるが、中には、通常では絶対にそうしたポストに就けるはずのないのに、公職追放があったために就くことができた人たちがいる。純粋な敗戦利得者である。

 さらに敗戦利得者には、戦争責任があって本来はポストを失わなければならないはずなのに、うまく立ち回り、あるいは画策して、そのポストを守り抜いた人たちも含まれる。

 前回取り上げた、真珠湾「だまし討ち」の責任者2人が外務省を辞めさせられず、外務次官まで上りつめたというのは、失うべき利益を守ったばかりか、さらに最高官職に上りつめたということになる。

 実は、外務省は「敗戦利得者の巣窟」になっていたのである。外務省は敗戦で人員整理があり、多くの人が辞めなければならなくなったが、辞めて出ていかされた人は、戦争にそれほど責任のない人ばかりであった。

 昭和27(52)年、日本が主権回復するとき、外務省の中枢に残っていたのは日米戦争の開戦時に、駐米大使館と駐独大使館に詰めていた人たちだった。戦争に最も責任のある人たちが結束して他を追い出し、戦後の外務省の中枢を固めていたのだ。

 そうした人事をしたのが外相を兼ねていた吉田茂だ。日本は戦後、佐藤栄作内閣が終わるころまで、こうした敗戦利得者によって、動かされてきたといえる。

 私には、敗戦利得者が、戦地に倒れていった兵士や空襲や原爆で死んだ人たちの思いを、深く心に留めたとは思えない。占領軍の政策を護持し、自分たちの利益の擁護のために国家を動かしてきたように感じる。

 吉田は、そうした「敗戦利得者の親玉」だということになる。そして、その敗戦利得者の次席に座っていたのが池田勇人や佐藤栄作だ。

 佐藤は、自由党幹事長時代、汚職事件(造船疑獄)に名を連ね、東京地検特捜部に逮捕される寸前だったが、首相の吉田が法相に指揮権を発動させたことによって、逮捕を免れた。佐藤は、吉田に次ぐ敗戦利得者として、最後は首相に上りつめた。

 佐藤は自身の首相時代に亡くなった吉田の国葬を行った。私は、国民の吉田への批判が出てこないように封じたと考えている。 =敬称略

 ■杉原誠四郎(すぎはら せいしろう) 教育研究家、日本近現代史研究家。1941年、広島県生まれ。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。城西大学教授、武蔵野大学教授を務めた。新しい歴史教科書をつくる会顧問。著書・共著に『外務省の罪を問う』『保守の使命』『吉田茂という反省−憲法改正をしても、吉田茂の反省がなければ何も変わらない』(いずれも自由社)など多数。

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