脱「人質司法」の裁判所 保釈基準緩和の動き

脱「人質司法」の裁判所 保釈基準緩和の動き

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 裁判所が容疑者や被告の身柄拘束を解く判断基準を緩和する動きを強めている。日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告(65)については証拠隠滅の恐れを認めながら、裁判準備などを優先させて保釈を許可した。背景には、否認すれば勾留が長期化する「人質司法」批判の回避がある。一方で、逃亡や証拠隠滅などで捜査に支障を来すケースが続出。捜査現場から事件摘発への妨げや治安の悪化を懸念する声も上がる。

 司法統計によると、全国の裁判所が保釈請求を許可した割合(保釈率)は平成20年の15・2%から29年は32・7%と倍以上になった。最高裁によると、検察が逮捕された容疑者の身柄拘束の継続を求める勾留請求が却下された割合(却下率)も急増。21年に1・1%だった却下率は30年には5・9%(速報値)と約5倍になった。却下率は東京、大阪両地裁で突出して高い傾向がある。

 ■証拠隠滅より裁判準備

 「どれだけ証拠隠滅をしても問題にならないとの誤ったメッセージを社会に与えることになる」。東京地裁が4月25日、会社法違反(特別背任)の罪で起訴されたゴーン被告の保釈を認めたことについて、ある検察幹部はこう憤る。

 検察側はゴーン被告の妻が事件関係者に接触していたことを突き止め、証拠隠滅の恐れが極めて高いとして保釈に猛反対した。地裁はこれを認めながら弁護人の指導が徹底されているから問題ないとし、裁判準備や健康状態なども考慮して保釈を許可したのだ。

 これまでは被告が起訴内容を否認している場合、証拠隠滅の恐れがあるとして公判前整理手続きで争点が明確になるまでは保釈されず、勾留が1年以上に及ぶケースもあった。ゴーン被告は3月にもいったん保釈されており、異例の判断が続いたことになる。

 ゴーン被告の事件をめぐっては、海外メディアから日本の刑事司法制度に対し「人質司法」「長期勾留」といった批判が向けられていただけに、検察側からは「外圧に屈した」などの不満も噴出した。

 これに対し、ベテラン裁判官は「海外の批判は関係ない」と強調。「人質司法は昔から日弁連(日本弁護士連合会)などから批判されてきたこと。それを見直そうという大きな流れが司法制度改革と同時にできた」と解説する。

 裁判員制度が21年に導入され、捜査機関が作成した供述調書より法廷でのやり取りが重視されるようになり、被告と弁護人の打ち合わせの機会を十分確保するため、裁判官の間で勾留の必要性を慎重に判断する考えが広がったことが背景にある。

 ■重大事件でも許可

 こうした流れに、捜査や裁判の現場では弊害を問題視する声が渦巻く。

 性犯罪被害者を支援する上谷(かみたに)さくら弁護士は「3年ほど前から強制性交罪のような事件の被告も保釈されるようになった」と指摘する。性犯罪で保釈中の被告が関係者と口裏合わせをし、保釈が取り消されたケースもあったという。

 東京地裁は3月、殺人罪で懲役11年の実刑判決を受けた被告の保釈も認めた。東京高裁が許可しなかったが、身柄拘束を解く基準緩和の流れは加速している。裁判所関係者は「裁判官は犯行態様などから逃亡や証拠隠滅の恐れがどの程度あるのか、きめ細かく考えて判断している」と話す。

 だが3月に東京地裁で予定されていた詐欺事件の判決公判に姿を見せず、海外に逃亡したとみられる被告の男について、検察側が、逮捕前に妻の親族の住む海外に一時逃亡していたことから逃亡の恐れが格段に高いとして保釈に強く反対していたにもかかわらず、地裁は許可していた。

 ある検察幹部は「身柄拘束を解く基準の大幅緩和で事件が潰れるケースも増えている。捜査や治安への影響は計り知れない」と批判する。

 ■「被害者見ずに基準緩和」「防御権に重きを」

 裁判所の姿勢に対する有識者の見解はさまざまだ。

 常磐大の諸沢英道元学長(刑事法)の話「『人質司法』を議論する前に、被害者保護の議論をしなければならない。殺人や性犯罪などの生命・身体犯では、容疑者や被告が被害者に口止め工作をしたり、お礼参りをしたりすることも考えられる。勾留短期化の流れ自体は否定しないが、その前に被害者の安全を最優先に考えるべきだ。治安維持の観点も考慮されなければならず、そのための法整備や被害者の支援制度なども必要だ。裁判所は被害者を見ずに、身柄拘束を解く基準を緩和していると言わざるを得ない」

 元裁判官の水野智幸法政大法科大学院教授(刑事法)の話「保釈されたほとんどの被告は逃亡や証拠隠滅をしておらず、個々の裁判官の間で保釈を原則認める考え方が広がってきた。身柄拘束されたまま裁判準備をするのは大変で、早期の保釈の必要性は極めて高い。ごく少数とはいえ、保釈中の事件も起きており、治安維持の観点も念頭に置かなければならないが、これまではその意識が強すぎ、被告の防御権を軽んじてきた。勾留制度は裁判を適正に行うためのもので、再犯防止や被害者の保護は直接の目的ではない」

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 【用語解説】

 (1)勾留 刑事訴訟法は、逮捕された容疑者の身柄拘束を続けるときは、検察が裁判所に勾留を請求しなければならないと規定。裁判所は逃亡や証拠隠滅の恐れがあるかどうかを検討し、必要だと判断すれば10日間の勾留を認める。検察は証拠収集などの観点から、さらに拘束すべきだと考えれば勾留の延長を請求。やむを得ない理由がある場合に限り最長で10日間の延長を許可する。

 (2)保釈 起訴後、被告の身柄拘束を解く手続き。被告本人や弁護人らが請求し、裁判所が検察官の意見を聞いた上で可否を判断する。刑事訴訟法は、逃亡や証拠隠滅の恐れがある場合などを除き、保釈しなければならないと規定。裁判所が証拠隠滅などの恐れの程度と、勾留によって被告が受ける健康上や公判準備上などの不利益の程度を考慮し、裁量で保釈を認めることもできるとしている。

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