【目黒女児虐待死、父親被告人質問詳報】(6)上京後の暴力は「多数回、多数日」 抵抗感「次第に薄れていった」

【目黒女児虐待死、父親被告人質問詳報】(6)上京後の暴力は「多数回、多数日」 抵抗感「次第に薄れていった」

船戸結愛ちゃんが暮らしていたアパート=東京都目黒区

 《東京都目黒区で昨年3月、船戸結愛(ゆあ)ちゃん=当時(5)=を虐待して死なせたとして、保護責任者遺棄致死などの罪に問われた父親の雄大被告(34)の裁判員裁判の第4回公判は、休廷を挟んで午後1時半頃、再開した》

 《午後は検察側の被告人質問から始まった。雄大被告は暗い表情で、うつむき加減で入廷。まばたきが多く、ごくりと、つばを飲むなど、どこか落ち着かない様子も見られた》

 《検察官は傍聴席には見えない形で、結愛ちゃんの体の傷のイラストを雄大被告に提示したようだ》

 検察官「右下の腕の傷は何によってできたものか分かりますか」

 雄大被告「具体的には分かりませんが、私が原因のものだと思います」

 検察官「背中の方について伺います。背中にL字型の弧を描くような傷がありますが、何によるものですか」

 雄大被告「これも同じく明確な、具体的なことは分からないですが、私が原因ではと思います」

 検察官「結愛ちゃんのいた6畳間に布団たたきがありましたが、布団たたきでたたいたということはありますか」

 雄大被告「分かりません」

 検察官「足の裏に左右で各20個ずつ丸い傷があります」

 雄大被告「明確なことは分かりません」

 《検察官は、雄大被告がインターネットで足が腫れているというような内容を検索した履歴があると指摘したが、雄大被告は「あるのかもしれません」と答えるのみ。これに対し、裁判長が、検索したということは何かを認識していたのではないかといった疑問を投げかけた》

 雄大被告「足の甲が腫れているのを私が見て、青くなっている感じの印象で、理由は分からず私の暴行によると思い調べました」

 検察官「あなたは、たばこを吸いますか」

 雄大被告「吸います」

 検察官「(たばこの火を押しつける)“根性焼き”による傷ということはないんですか」

 雄大被告「それは絶対にあり得ないという記憶があります」

 《傷の詳細については「分からない」などと繰り返したが、“根性焼き”については「あり得ない」ときっぱりと否定した》

 検察官「東京に来てからはどのくらいの頻度で暴行していたんですか」

 雄大被告「多数回、多数日です」

 検察官「毎日ということですか」

 雄大被告「毎日私が家にいたわけではないです。数が多かったと認識しています」

 検察官「香川県での暴行は?」

 雄大被告「明確な頻度は難しいですが、東京と香川では力の強さや頻度にかなり大きな差があったのでは、という認識です」

 検察官「暴力をすることに抵抗はなかったんですか」

 雄大被告「なくはなかったですが、次第に薄れていきました」

 《香川県で結愛ちゃんが一時保護されたことで「暴力はよくない」という認識を強めたという雄大被告。それにもかかわらず、暴力はなくならなかった》

 検察官「なぜ一時保護の後も暴力をしたのですか」

 雄大被告「私が感情のコントロールがうまくできなかったからです。全て私自身の責任、問題です」

 《雄大被告は自宅で大麻約2・4グラムを所持したとする大麻取締法違反罪でも起訴されている》

 検察官「初めて大麻を使ったのはいつですか」

 雄大被告「大学のどこかのとき。2〜3年くらいのときだと思います」

 検察官「きっかけは?」

 雄大被告「海外旅行に行ったときに、誘われて使ったのが初めてだったと記憶しています」

 検察官「大麻が違法であることは知っていましたか」

 雄大被告「理解していました」

 検察官「東京に来て以降、大麻を使ったことはありましたか」

 雄大被告「あったと思います」

 検察官「いつ、どこで?」

 雄大被告「おそらく目黒の自宅の中で、荷物が到着する前に一人でいるときに使ったと記憶しています」

 《検察側による被告人質問の後、弁護人が補足の質問を行った。検察側の被告人質問の中で、暴行の頻度について雄大被告が「明確な頻度は(答えるのが)難しい」としたところ、検察官が、捜査段階では答えていたと指摘する場面があったが、そのことに関連した質問のようだ》

 弁護人「3月3日、3月4日の(逮捕直後の)取り調べのときの心理状況はどうでしたか」

 雄大被告「言葉にするのは難しいですが、パニックで、何が起こっているのかよく分からない心理状況だったと思います」

 弁護人「取調官から記憶を喚起する資料を見せてもらうことはありましたか」

 雄大被告「なかったです」

 弁護人「3月3日と4日に弁護士は着いていましたか」

 雄大被告「私が覚えているのは着いていなかったんじゃないかと思います」

 《その後、裁判員による質問が行われた》

 裁判員「オムツを履かせたのはどういう状況でしたか」

 雄大被告「たしか結愛が布団で横になってしんどそうにしていて、どこかのタイミングで漏らしてしまったことがあり、私が『トイレに行くのがしんどいのかい?』と聞いたら『しんどい』と。『オムツ履く?』と言ったら『うん』と言い、本人のものはないので、あり合わせで息子が使っているものを引っ張り出して履かせようと試みたところ入ってしまいました」

 《雄大被告は結愛ちゃんに体重を記録させていた。しかし、裁判員によると、途中からメモがないのだという》

 裁判員「計測すると決めたことをやるように言っていました。なぜ計測するよう言わなかったのですか」

 雄大被告「言ったか言っていないかという記憶はあいまいです。私が言ったのに娘…結愛がしなかった可能性もあるし、明確には分からないです」

 裁判員「体重制限をしたのは痩せてきれいでかわいくなってほしいという理想があったそうですが、東京に来て体重が減る中で理想に近づきましたか」

 雄大被告「東京にいる段階では自分のエゴを押しつけるためという思いの方が強かったと感じています」

 裁判長「(体重のメモについて)書けと指示を続けていて、書かなかったら怒りが爆発とはならなかったんですか」

 雄大被告「全日程、朝昼晩書いていたか記憶がなく、記憶があいまいです」

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