【瓦礫の教えはいま 震災25年】(2)繰り返される孤独死 ボランティア頼みに限界

【瓦礫の教えはいま 震災25年】(2)繰り返される孤独死 ボランティア頼みに限界

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 警察官の立ち合いで玄関のドアを開けると、嗅いだことのない異臭が鼻を突いた。阪神大震災から約5年が過ぎた平成12年7月、神戸市長田区の復興住宅の一室。1人暮らしの男性=当時(54)=が、誰にもみとられずに亡くなる「孤独死」を遂げていた。

 「挫折感しかなかった。それを防ぐために活動していたのに…」。現場に遭遇したボランティア団体「チーム神戸」代表の金田真須美さん(60)は自責の念にかられた。

 生前の男性の姿が最後に確認されたのは遺体発見の3日前。復興住宅を訪れ、弁当を手渡した男性スタッフは「顔色が悪くてお酒のにおいがプンプンした」と振り返った。以降、いくらチャイムを押しても返事がない。近くの交番に相談に行った結果が、遺体の発見だった。

 神戸の経験を生かそうと、見守り活動などを行うボランティア団体を立ち上げた金田さん。現在も全国各地の被災地にできた仮設住宅などを訪問している。

 昨年12月、観測史上初めて同地域で震度7を2度記録した28年の熊本地震の被災地、熊本県益城町の「津森仮設」に、金田さんの姿があった。

 集会所でミカンやお茶が置かれたテーブルを囲み談笑する高齢女性ら。「元気にしてた? みんなでケーキを作りたかったけどイチゴが売ってなくて」。金田さんは親しげに1人1人の名前を呼びかける。

 地震発生以降、ここには何度も足を運んだ。「毎日会っても油断できない。厚かましいくらい相手に踏み込んで、さらに乗り越えていかないと微妙な変化に気づけない」。かつての悲しい経験が活動の原点だ。

 ■住民バラバラに

 阪神大震災を機にクローズアップされるようになった孤独死。その被災地では、仮設住宅が解消するまでの約5年間で233人が亡くなった。

 特に問題とされたのが入居時に抽選を行い高齢者らを優先した結果、地域住民がバラバラになったこと。神戸市職員として復興に関わった神戸学院大の中山久憲教授(70)=防災行政学=は「コミュニティーや人間関係の分断」を孤独死の要因に挙げ、「特に中高年の男性は女性中心のコミュニティーに入りづらく、寂しさからアルコールにおぼれて部屋で亡くなる人もいた」と指摘する。

 しかし、16年に起きた新潟県中越地震の被災地では阪神を踏まえ地区単位の入居としたが、23年の東日本大震災では神戸市と同様に抽選方式をとった自治体が多かった。被害が広範囲に及び、被災者が膨大な数に上った東日本の被災地では仮設住宅の敷地が不足した上、「抽選方式が公平」と判断したケースもあった。

 神戸大の室崎益輝名誉教授(75)=防災計画=は「東日本以降の被災地で教訓が伝わっていない。国も自治体も不勉強で、阪神の教訓を知らなかったことが問題だ。孤独死対策の検討が欠落している」と指摘する。

 ■自治体が救済を

 結果、各地の被災地では金田さんのようなボランティアによる見守り活動が続き、自治体も“ボランティア頼み”の感が否めない。

 「自助、共助、公助の関係を正しくとらえる必要がある。見守りに限らず、瓦礫(がれき)の撤去や心のケアなどをボランティアに押し付ける傾向がますます強まっている」。室崎名誉教授は孤独死対策の問題を指摘し、災害救助法や災害対策基本法を根拠に「被災者の救済は、自治体に基本的責務があることを再認識しなければならない」と強調する。

 阪神以降も各地の被災地で孤独死が問題視され、経験や教訓を積み重ねてきたはずだが、今もなお「避けられた死」が積み重なっていく。「(国や自治体の)危機感のなさや被災者に対する冷たさが問題で、それを正さなければ孤独死はなくならない」。室崎名誉教授はこう警鐘を鳴らした。

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