【阪神大震災25年】次の巨大災害にどう立ち向かうのか 本紙座談会

【阪神大震災25年】次の巨大災害にどう立ち向かうのか 本紙座談会

阪神大震災25年座談会で話す大阪市立大学の宮野道雄学長補佐=19日午後、大阪市浪速区の産経新聞大阪本社(鳥越瑞絵撮影)

  阪神・淡路大震災からまもなく25年。この間、国内では東日本大震災で甚大な被害を受け、南海トラフ巨大地震への懸念も高まる。近年は地球温暖化の影響とみられる気象の極端化で、強大な台風、記録的豪雨による災害も相次ぐ。震災の教訓は生きているのか。災害に強い国土づくりに何が必要なのか。これらをテーマに産経新聞が実施した被災地でのアンケートの分析に当たってきた大阪市立大特任教授の宮野道雄氏、全国初の防災教育の学科を創設した兵庫県立舞子高校卒業生の宮本好氏、震災報道に携わってきた産経新聞編集局の上坂徹編集委員が対談。産経新聞が今回、神戸市内で実施した防災意識を尋ねるアンケートについても意見を交わした。

■「生きた声」行政のヒントに

 −−被災地アンケートの意義は何でしょうか

 宮本 「神戸を離れたくない」という人が9割を超えた震災から1カ月後の調査からは、被災者の地元への愛着心が分かりました。東日本大震災で津波被害に遭った中学生が「震災前まで田舎と思っていたけど海で遊べなくなったら海が恋しい」と話していた。震災を機に地元の魅力を感じていた。生まれ育った町を愛する人が多いと知ることは大きな意味があると思う。

 上坂 震災直後だから「こんな怖い場所から離れたい」という人が多いと思っていましたが、全く違う結果。これは驚きでした。

 宮野 「被災者が自分の地域に帰りたい」という気持ちは復興への大きな支え。暗い面だけでなく、被災者の力になれるような調査を目指していた。

 宮本 私は震災時、母のおなかの中だったが、東日本や熊本地震の被災地に行ったときも被災者から同じものを感じました。被災者が思い返すのはやはり故郷なんだなと。

 −−アンケートはどのように生かされたのでしょうか

 宮本 数字だけポンと出されても数字の大きい部分しか伝わらないが、積み重ねたからこそ本当に重要な小さな声が拾えたこともあったと思う。行政側もどこに支援が必要かを分かったのではないでしょうか。

 上坂 ほかにも光に敏感な人がいる避難所で照明の光はどうあるべきかも調査しましたね。

 宮野 アンケートにはソフト対策のノウハウが詰まっていて、行政のヒントにしていただいた。

 −−今後求められる災害報道はどんな形でしょうか

 宮野 失敗した点だけでなく、成功した点も報じてほしい。昨年の台風も大阪湾の河口防潮水門があったおかげで高潮被害を防いだとか、東京も地下放水路があったから水があふれなかったことを伝えてほしい。

 宮本 どれだけ時間が経過しても、アンケートで取れるのは生きた声。仮設住宅で底冷えする、足元が寒い、隙間風が寒いなど、そこで拾えなければ生かされなかった声が後の災害で生かされる。被災者にリアルタイムで聞くからこそだと思います。

■経験から学び「想定外」をなくす

 −−さまざまな災害が続いていますが、阪神・淡路大震災の教訓は生かされているのでしょうか

 宮野 災害は常に別の顔を持って現れる。新潟地震(昭和39年)で液状化現象があり、宮城県沖地震(53年)は中高層の集合住宅が被害を受けた。阪神では、神戸市役所6階など建物の中間層の崩壊があった。どれも日本は経験がなかった。だから「次の災害に過去の経験をもって備えよう」といっても、どうしても難しい部分があります。

 −−教訓は生かせないということでしょうか

 宮野 ただ、経験は貴重。災害経験があるからハザードマップの大切さも分かり、避難のタイミングも分かる。まず経験から学ぶ必要がありますが、イマジネーションを持ち続けなければいけない。災害を引き起こす実態も知らないといけません。海溝型、内陸型の地震の違いなど、自然現象の原理原則も知る必要がある。そこから経験、イマジネーションができ、想定外をなくすことにつながります。

 上坂 私は震災経験の大部分が災害対策に生きていると思います。阪神は80%以上が建物倒壊などによる圧死。阪神高速の橋脚倒壊などインフラも大きな被害があった。それまでの建築技術が想定していない揺れを考えるきっかけになった。ただ、多くの災害では、発生後に必ずといっていいほど「想定外だった」という言葉を聞く。過去の何倍かの被害が起きる想定で対策ができていない。単純に阪神を検証した範囲内での対策はできている部分はあるが、想像力の欠如があると思う。

 宮本 教訓はどの災害もハード面で生かされているが、ソフト面ではどうしても「風化」の言葉が出てきます。25年前の震災で「語り継ぐ」や「寄り添う」に象徴されるボランティア精神が生まれた。教訓が継続するかどうかは人の力次第だが、ソフト面を考えることはとても重要です。

 私も両親に震災当時のことを聞くきっかけがなかった。舞子高校環境防災科に入学したから、母に「当時妊婦で水の確保に苦労した」と聞けました。家族内の教訓を共有している神戸市民はどれだけいるんだろうと思います。個人が持つ小さな教訓が次世代にどれだけ生かされたかは見えづらい。

 −−現在の災害への備えに足りないものは何でしょうか

 宮本 地域防災に携わっていますが、圧倒的に知識が足りていません。管理組合で備蓄品を保管しても何があるか知らなかったり、発電機などがあっても使い方が分からない人は多い。どんな場面で必要か理解しないといけないが、災害を経験しないと考えが至らない。これらが広がらないと、本当に災害に備えているとはいえない。

 宮野 災害をなかなか自分事にできないんです。それと、経験は大事だが、引っ張られ過ぎてはいけない。阪神前は関東大震災の影響で大都市火災に、一方で阪神後は内陸型の大規模直下で多くの建物が倒れる想定にシフトしてしまう。神戸は斜面崩壊なども考えられる。直近の経験に引っ張られ過ぎてはいけない。

 上坂 過去の災害の1・5倍くらいの被害を想定して対応するのが理想。現実は難しいが、できる限り想定し、地域のつながりを強めておく。これに尽きるのではないか。新聞社としても、大げさにでも報道で警鐘を鳴らしていくことが必要。災害対策であおり過ぎて不都合なことは何もないから。

 −−災害から命を守るために伝えたいことは

 宮本 大切な人を一人でも増やしてほしい。そうすれば救われる命もその分増えるはず。「救う」と思い続けることが、一人も取り残されないことにつながると思います。

 宮野 防災はハードが基本。かつてダム不要論もあったが、昨年の水害でやはり見直された。ソフトが支えるのはハードで対応できない部分。千年単位で起こる危険性のある災害に目配りし、もう一度ハード面から日本の防災対策を立て直す対策が必要です。

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【座談会参加者のプロフィール】

宮野道雄(みやの・みちお) 大阪市立大学特任教授・学長補佐。工学博士。大阪市立大学大学院生活科学研究科長・生活科学部長、理事兼副学長を歴任し、平成28年4月から現職。国内外の地震や風水害などの災害現場での調査のほか住宅内外で発生する日常生活事故に関する研究を重ね、安全で快適な生活環境の策定を目指す。被災地での産経新聞との合同調査により、問題を浮き彫りにしてきた。22年に地域安全学会技術賞、日本生理人類学会賞を受賞。

宮本好(みやもと・このみ) 震災約2カ月後の平成7年3月、神戸市垂水区生まれ。震災を機に創設された兵庫県立舞子高環境防災科卒業。神戸学院大卒業後、防災を楽しく伝えるNPO法人「プラス・アーツ」(同市)に就職。社会の課題に取り組む企業「HITOTOWA」(東京)に移り、防災士の資格を取得。防災意識を広める活動に加え、街の課題を人のつながりで解決する「ネイバーフッドデザイン」に取り組む。

上坂徹(うえさか・とおる) 昭和56年、産経新聞入社。奈良支局、社会部を経て、神戸支(総)局次長(デスク)のときに、阪神・淡路大震災に遭遇。最前線での取材を続け、被災地アンケートをまとめた「阪神大震災 はや5年まだ5年」(学芸出版社)の出版を手掛けた。その後、東京・大阪各本社文化部長を経て、大阪本社編集長。大阪・東京各制作局長、日本工業新聞社社長を歴任し、昨年7月、10年ぶりに編集委員として、編集に復帰した。

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【被災地アンケート】

 産経新聞大阪本社編集局は、平成7年の阪神・淡路大震災後、大阪市立大で教える宮野道雄氏とともに、毎月にわたって被災地でのアンケートを行ってきた。調査報道のひとつ「データジャーナリズム」と呼ばれる手法で、自宅や家族を失った被災者らの要望や不満、訴えなどをまとめて、「声」として世に届けることが目的だった。

 震災から1カ月後のアンケートでは、被害の大きかった神戸市長田、東灘区などの被災者の9割近くが「神戸を離れたくない」とし、ふるさとへの愛着の強さを伝えた。作家の故・田辺聖子さんが著書でこの報道に触れ、「古風な人肌のぬくみを地熱のように持っている。それを知って私はびっくりした」と記すなど反響を呼んだ。

 その後も、23年の東日本大震災、28年の熊本地震、30年の西日本豪雨の被災地でもアンケートに取り組んだ。

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